第九話「化けもの」
……………………可愛いのう。
さあ、次世代の若者の手助けをしてやろうなんて思っていたのだが自分の口元が緩んでしまう。
あれほど休息を欲しながらも、礼を欠かさぬ若者はそういない。
なにより初手の陣形を捌き切った体幹と判断能力。
利き手と反対側の攻撃を弾き、尚且つ、前後から迫る攻撃を薄皮一枚に留めていた。緩急をつけて隙間を射抜いてきた剣にも動じぬ覇気。
王家につかえる騎士だろうと死角を取られれば一巻の終わりだ。
誰もが自身の死を予告する。
故に踏み出す覚悟がなければ、あのような動作にはならない。
あの少年を戦闘面で見るに、末恐ろしい、とだけ心の評価が定められるのだ。
本人は汗だくで背中までもびっしょりで、優先すべき目的達成の足がかりすら見えていないだろうが。
「稀ですな。稀代の逸材だ。島国の巫女様にも劣らぬ、まるで人の形をした魔物ですな。本人が自覚してないだけで、常人の倍以上ほど成長速度が段違いに早い」
少年の動作には粗はある。
無駄な動きなんて数えきれないほどある。
単純に実戦経験が少ないのだろう。
だが、理想的な体術の像は自身の中で出来上がっておる。
「してあの少年はどこの誰なのですかな? ライオット殿」
……………………嫌でも長生きすれば考えることも増えるというものだ。
青い空は自分が若い頃となんら変わらないが、目の前の光景はかつてないほど光に満ちていた。
あまりにも眩しくて目元にしわが出来てしまう。
あの少年には魔力がない。
例えれば、砂漠の砂一粒ほども感じない。いや確かに少年の中に”あるのに燃えてない”のだ。なんと勿体ないことか。
なにより本人は力を抑制する術を知るために奔走しているのだと聞く。
素のスペックであれならば、身体強化などすれば山くらい一息で穿ち抜けるのではなかろうか。
「俺にもさっぱりっす。捨て子としか」
「それは初対面の姿を見ればわかります。魔力もなしに、あそこまでのポテンシャルを引き出すとは。いやだがなんと可愛いことか。なんと純粋で、今を一生懸命に生きようとしていることか。
取りこぼしのないように、嫌なことでも逃さず瞳に映す。
あのような若者は少ない。今日はいい日ですな。彼ならば、老兵亡き後の世界を任せられる気がします」
「………………それは早いんじゃないっすかね?」
「ふははははははははは!!! 冗談ですよ、まだまだ現役ですからな!! それに、子供を戦地に送る気は万が一にもありませぬ」
思いっきり肺の空気を吐き出した後、肩を竦める。
「………………あと、彼の将来の夢は?」
「まだ聞いたこともないっすね。今日あったばっかなんすよ」
「ああ、そうですか」
いけない癖だ。見えない先までも配慮してしまう。だが、あの少年はきっと化ける類だ。
前例のないフィジカル、恐怖に打ち勝つ強固な意志。
それはきっと少年が望む結果は生まないかもしれない。この世界にはどの歴史文献にも英雄なんていない。
理由は簡単だ。
皆、志半ばで命を落とすからである。ある者は裏切られ、ある者は誰かの身代わりとなり、ある者は心身ともに摩耗して死んでいく。
あの目には見おぼえがある。
少なくとも、悪に身を投げようとは思っていない光の目だ。
「やつらも、ライオット殿にしごかれて随分と良い顔になりました。ですがわかるでしょう? 剣を持ち、戦に立つということは幸せを無為にすることだと。あの少年は、それを知っているのですかな」
「さあ…………俺は、ただ恩返しをしているだけっす。このままだと、彼は後で後悔することになるっすから」
「………………」
「それに今は遠くのことは考えなくていいっす。今は、なにが大切なのかを決める時期っすから。具体的な目標を糧に、目の前の問題を片付ければいいっすよ」
言われてみればそうだと自分の眼が見開いた。
………………いけない。そうだ。そうだった。あの少年は年齢にふさわしくないほど卓越しているが、いまだに幼児の齢である。
戦争に身を置きすぎればこうなることもあるのだなと思う。
特別なだけで、幼児を戦士に置き換えて話を立ててしまうとは何事か。
「そうですな。失敬」
「いえいえ」
そんな会話を続けているうちにも少年は容赦のない連撃にさらされ、呼吸すら乱している。
両瞼は上に縫い付けられているように閉じず、騎士の四人を視界に収めている。
すると、だ。
自分の指先には石粒が当たるような感触が走る。
まるで温泉でも上がったのかと思うほどの地面の噴出が、少年の打ち下ろした拳によって巻き起こったのである。
だが少年はこの訓練の意味を理解している。
ギブアップという意思表示でもなく、騎士たちが振るう体の軌道を砂煙を使って予測しているのだ。
「あの少年は崩れませんな。騎士たちも魔力探知は不得手でして、これはいったん休憩というやつでしょうな」
「おかげで両者の死角は増えましたっすけど、少年の方は的としては小さいっすからね」
なにより先ほどと比べて体の動作に粗が少ない。
四人の騎士たちの動きを真似ているのか、これなら少年が体の制御を手にするまで遅くて七日。
いや、五日ほどか。
だがライオット殿はそんな気はなかったようで腰に手を付けてこう言うのだ。
「あ。九十分ほどつづけていっすかね? 少年の息は上がってるっすけど、たぶん吐けてないだけっす。集中すれば涎垂らしながらでも戦えそうっすし」
「ほう?」
たった九十分とは、頭の中で敬語を忘れてしまった。こほんと咳することなく声を続けてしまう儂である。
「倒れるまででよい」
「………………………マジっすか?」
ライオットは少年から目を離すことはないが、嬉しそうに口を曲げていた。
また向こう側で激しい火花が散ると、少年の膝ががくんと揺れる。
それでも倒れない。
むしろ、土煙が晴れた瞬間に騎士にも劣らない身の振り方を披露していた。
土煙の中から学んでいたのか、彼は理論的に物事を組み立てるタイプなのだろう。
「それなら助かるっす」
ライオット殿は肩を大きく張って、震えるように笑っていた。
また白い歯をむきだしにすると下を向くのだ。
「…………どうしましたかな?」
やはりライオット殿にも戦闘に投じたことで、何かしらの欲求が生まれたのではなかろうか。
あの少年は戦闘における達人の見解を超えていく。
心に残るようなゾクゾクをこれでもかと感じさせる魅力があるから。
「いえ。砂煙が目に入って痛いだけっす」
「ほほッ」
なんて杞憂は空の彼方にぶっ飛んでいった。
ライオット殿が目を擦り、少年は四つん這いになって獣みたく駆けていく。
やはり二度目の手が通用しないことはわかるのか。
だが、体力の差は歴然である。それとも互角とさえいえるのだろう。
「ヒール」
最後尾に立った騎士の一人が緑の光に満ち溢れる。
すると、剣を地面に刺せば丸腰で跳躍するのだ。
まるで陰から陰に移動するように。これまでに削られた体力が回復した騎士は、少年にとっては驚異的だったのか。
これまでにないくらい目を丸めて叫ぶのだ。
あんなに汗をかいているのに、笑みは欠かさないのだ。
「魔法…………………ッッ!!!」
すかさず騎士と肉弾戦を繰り広げていく。
といっても分厚い鎧から撃ち込まれる掌底をかわし、指先に挟んだ木の剣で詰まった間合いを稼ぐだけだ。
すると獣のような姿勢から頭を地面につけ、竜巻がごとく体を回転させる少年。
型はどれも奇抜なものばかりで、肉薄した騎士も攻撃を避けるので精一杯。
何分、初見の対応というのはプロでも虚を突かれるのだ。
それをあの少年は学習しているのだ。
風を浴びても瞑らないギラギラと輝いた瞳が告げている。
なによりどれも次の型に繋げるように、一秒たりとも体幹は崩さない。
なるほど、これは巧い。その瞬発性は騎士たちにはないものだ。奴らは作戦会議など夜な夜な練ってから鍛錬やパトロールに挑む。
だが、少年はおそらく戦いの中で工夫を増やし、気づきを瞬時に知恵へと変えている。
20年と武芸を重ねた騎士たちを幼児が超えていく事実。
それは理解はしているものの、改めてイメージを確立できなかった光景に興奮せざるを得ない。
「あやつらも騎士の中では上澄みなのだがな。鍛えなおしか」
また少年は回転した反動で宙に舞った後、背後から投擲された鉄の剣を蹴り壊すのだ。
見ているこちらの肌でも空気に張り付くような感じ。
これには騎士たちも頭をゴンゴンと叩いたり、少年単体を狙うのではなく足場から崩そうと動き出す。
Cランクモンスターでも相手にしているようだ。
また着地の隙を狙われた少年は、逃げ場を失うことなく攻撃をいなしていた。その隙間を通した連撃に対しても、足をうまくさばいて対応していく。
思わずなのか騎士の指先が震えている。
彼らが戦闘中に、不要な言葉を発するわけにはいかない。だが無意識な反応でわかってくる。
「ははははははははははは!! 儂の命令が一度でも間違っていたことがあるかの!! その少年は手ごわいぞ!! 全力でかかれーー!!」
「ちょっ…………!!」
「お? なんじゃ!? もしかしてもうギブか!!? ええ!? そりゃ残念!!」
するとこちらを一瞬だけ覗いて、赤い頬を膨らませる少年である。
そんな隙もあるのか。やはり良い。良いぞ。つい悪戯心が沸いてくるほどかわいいし、これは一週間ほどは退屈せずに済みそうである。
「いいえ!! お願いします!! 全力で!!!」
結局最後までそんな反発心を殺さずに、前へとつなげる選択を取れる子だったのである。




