ドラゴンの夜
「全員、起きて! 街が襲撃されるわ!」
いち早く装備を身に着け、私は宿の仲間を怒鳴りつけるように、起こしていった。比較的に軽装である、魔法使いと僧侶が私に続いて身支度を終える。
「街の中央広場へ移動して! そこからなら、どの方面へも行ける。住民の避難を最優先にするわよ!」
野伏の私は、パーティーの中でもっとも、救助活動に向いている。これからが、このゲーム世界での最終決戦である。まずは街の住民を守り、それから竜の王と戦うのだ。
宿を出て、私と魔法使いと僧侶が中央広場へ走る。石畳を駆け抜けて、逃げ惑う人々を横目で見ながら到着した広場で、夜空を見上げる。竜の王が単独で飛んでくるのが分かった。
爆撃機を思わせる、赤い肌の巨体である。翼をはためかせながら、遥か上空から炎を吐いてきた。直撃を受ければ、ひとたまりもない。幸か不幸か、竜の王は私たちなど眼中になく、無差別に街の家屋を焼いていった。もちろん、この世界に消防車などはない。
「魔法使いは水魔法で、できるだけ火災を消して! 僧侶は怪我人を探して、回復呪文で手当てを! 二人とも手分けをして、できる範囲で消火と回復をお願い!」
「わかった!」、「わかりました!」と、私の指示で二人が離れていく。憲兵が住民の避難誘導をしていて、私がいる中央広場には戦士が合流してきた。
「戦士は家が崩れた跡に、下敷きになった人がいないか確認して! 可能なら石をどかして、怪我人がいたら救助を。臨機応変にお願い!」
「あいよ、了解!」
街の家屋は石造りで、木造より火災が燃え広がることは少ないが、崩れたときの落石が怖い。そんなところに行けと言われて、死の危険も顧みず、ただ戦士は走っていった。
「レ、野伏! 私は何をすればいいの? ねぇ、指示を出して!」
最後に広場へ合流してきた、勇者が私へ、縋るような目を向けてくる。戦闘ではリーダーであり、普段のパーティーをまとめる役割の彼女は今、とても無力だった。彼女だけではない。大いなる災いの下では、個人など無力なものなのである。
空から火を吐く、竜の王を討伐できる軍隊などはいない。眠っている竜を倒すべく大部隊が展開すれば、却って竜の王が目覚めかねなかった。だから勇者が率いる私たち五人パーティーが、竜を暗殺するべく結成されたのである。その私たちも、今や分断された状態だ。
前世のゲームだと、ここで私は選択を迫られる。あちこちに分かれたパーティーの仲間の、誰か一人と私は合流を目指すのだ。そして──私と、合流を果たした一人の仲間しか、生き残ることはできない。他の三人は竜の炎に巻かれて、この世を去ってしまう。
私は仲間の一人と共に竜の王を倒し、好感度を上げていれば、めでたく仲間と結ばれてエンディングとなる。先に述べたとおり、この世界に蘇生魔法はない。生き残った私たちは、仲間の死を乗り越えて力強く生きていくのだった。それがゲームのシナリオだ。
「……勇者は、私と一緒に来て。やってほしいことがあるの」
「なにか作戦があるのね。いいわ、早く行きましょう!」
そう、私には考えがある。決して、四人の仲間の誰も死なせはしない。ゲームには別のシナリオもあって、その実現には勇者の存在が不可欠なのである。火災の煙ではぐれないように、勇者の手を取って私は街なかを走った。
おかしな話だが、この状況で私が勇者と離れない限り、他の仲間が死ぬことはない。前世のゲームシステムがそうなっているのだ。私たち五人パーティー全員が、街の人々を避難させるため散り散りになると、女主人公の私が合流する仲間を誰にするか選ぶイベントが始まる。
いわば、三人の仲間が死ぬ進路が確定するのであり。逆に言うと、ここで特定の行動を起こせば、四人の仲間が生存するルートへ移行できるのだ。私と勇者は教会の前へ到着していた。
「街の建物のなかで、ここはまだ無傷なのね……。神のご加護かしら」
信じてもいないのに、そんな言葉が私の口から漏れて、思わず苦笑する。ここへ来たのは、神さまに助けを求めるためではない。単に、高い建物を私は探していただけだ。教会は尖塔となっていて、街の何処からでも見つけられるよう、もっとも縦に長く造られた建物なのだった。
「ねぇ、どうするの? 竜の王は上空から炎を吐いてくる。まともな戦いにすら、ならないわ」
勇者の言うとおりだった。前世のゲームだと、正規のルートでは仲間の一人が、竜を地上へと引き寄せるのだ(そのとき、すでに三人の仲間は息絶えている)。戦士なら槍を投擲して、竜の王の翼にダメージを与える。魔法使いなら攻撃魔法、僧侶なら目を眩ませる光魔法で竜を怒らせて地上戦に持ち込む。
勇者の場合は、仲間の死によって覚醒した彼女が、装備している伝説の武具の魔力を引き出す。竜の王は飛べなくなって、最強となった勇者に討伐されるのである。いずれにしろ、仲間の犠牲がないと地上戦には持ち込めない。
「勇者、私に補助魔法をかけて。あとは私が、片をつけるから」
「……強化魔法のこと? ひ、一人で戦うつもり⁉ 無茶よ、逃げましょう!」
これが私の選ぶルートである。勇者は仲間の戦闘力をアップさせる魔法をかけることができる。そして私は野伏で、このゲーム世界では災害時など、今のような危機的な状況で戦闘力が跳ね上がるのだ。勇者の魔法を加えれば、更に能力はプラスされる。
以前も述べたように、このゲーム世界には地形効果というシステムがあった。燃え盛る街があるエリアでは、その上空も含めて、ほとんどのキャラクターは戦闘力がダウンする。それは竜の王も例外ではなく、──私だけが今の状況で、戦闘力が上がるのだ。
比喩でなく、この場では私が世界最強になれるのだった。こういうのを主人公補正というんだろうなぁ。
「勇者が言うセリフじゃないわねぇ、『逃げましょう』っていうのは。世界を救うんでしょ」
「なら私も戦わせてよ! どうして一人で、私を置いていこうとするのよぉ……」
「ごめんねぇ、これがベストの方法なの。貴女は生き残って、世界に希望を与え続けて」
街を焼き払っている竜の王が、何度目かの周回で上空から近寄ってくる。目で促して、私は勇者に魔法をかけてもらった。筋力が一時的に強化されたことを実感する。
「早く、ここから離れて。大丈夫だってば。必ず、私は帰ってくるから」
勇者の背中を押すように、私は大嘘をついた。涙ぐみながら走り去っていく、彼女の姿を見送りながら、ゲーム世界のイベント進路が確定したと肌でわかる。これで仲間が死ぬことはない。心置きなく、私は教会へと疾走した。
石造りの、垂直の壁を一気に駆け上がる。勢いを止めず、尖塔の屋根を蹴って宙へと飛び出し、ざっと百メートルの上空で私は竜の王の背中へと降り立った。間髪を入れず、竜の長い首を走って、頭に近い首の裏側に登山用のピッケルを撃ち込む。つるはしのような形状の道具だ。
首から振り落とされないよう私は左手でピッケルを掴み、右手の大きな山刀で攻撃を加えた。鼓膜が破れそうな咆哮をあげて、空中で竜が暴れる。無視して右手の刃物で、固い鱗を断ち割り、更に肉まで切り裂いた。灼熱の血液が噴き出して、私の肌を焼いていく。それも無視して骨を断つまで私は斬撃を加え続けた。
もう目も見えないが問題ない。生きものの急所は感覚でわかっている。持ってる武器はゲーム世界で最高級の強度だ。竜と私が壊れるまで、折れることもなく仕事を終えてくれるだろう。ふと手応えが変わって、竜の首の骨を切断できたとわかった。
首が半ば、ねじ切れた状態となったことで、左手で握っていたピッケルが肉から抜ける。支えがなくなって、私は宙へと放り出された。竜と私が墜落していくのは見なくても理解できる。街の建物は石造りで、道も石畳だ。加速度をつけて落ちれば間違いなく竜は絶命するだろう。
これでゲームエンドだ。勇者は私の死を乗り越えて、世界に希望を与える存在となっていく。詳しくは覚えてないけど、戦士と僧侶と魔法使いは、勇者を補佐して伝説的なメンバーとして後世まで語り継がれるんじゃなかったかな。戦死した私は、人々の記憶に残らない。モブな私にふさわしい最期だ。仲間たちにさえ覚えてもらえれば、名誉なんか私は要らない。
所詮、私は四股レンジャーである。ゴレンジャーなんかとは大違いだ。生き残ったところで、むしろ仲間から殺されるのがオチじゃないだろうか。戦士なんか、私の首を刎ねるとか言ってたし。世界と仲間を救う程度のことをしなければ、許してもらえないだろうと私は思った。
ただただ私は、仲間が愛おしかった。ゲーム世界の中で知れば知るほど、彼女たちが死ぬことなど、とても耐えられなくなった。私には前世の記憶もある。それも合わせれば、十分すぎるほど楽しく生きていけたといえる。満足感に包まれて、私の意識は途切れていった。




