エピローグ
不思議な空間に、私は居た。ここは死後の世界であり、ゲームで言えばエンディング画面に当たる。そこには私の他に、一人の少女がいる。宿屋の前で、花を売っていた少女だ。今は赤い頭巾を外して、神々しい素顔を晒していた。その正体は──遥か昔、竜の王に喰われた聖女なのである。
「ゲームクリア、おめでとう。貴女、転生者なんでしょう? 私もそうなのよ」
「え、聖女さまも? そうなの? 竜の中で千年とか、意識を保っていたってわけ?」
ビックリもビックリだ。確か、聖女って、この国の宗教を最初に作った人のはずだ。ゲームの設定資料集に書かれていたから間違いない。
「ううん、私が転生してきて意識を持ったのは、ここ最近でさ。つまり貴女が冒険者として、この世界でゲームを開始したのと、同じ時期ね。ずっと見てたわよ、貴女たちのこと」
聖女が転生者だったというのは知らなかったけれど。ゲーム知識がない人は、今の状況がわからないだろうから説明させていただこう。千年くらい前、竜の王に聖女が食べられたことは既に述べた。死した後も聖女は、いわば女神となって体内から、竜の王を眠らせていたのである。
そして最近、聖女の説明によれば私たちが冒険を始めてから、彼女は竜の中で人としての意識を取り戻したそうで。肉体がない聖女は、意識だけを私たちがいる街へと投影させて、花売りの少女となって出現したのである。幽体離脱みたいな状態、と言えばわかるだろうか。
「ずいぶんと花を買わせてもらったねぇ。貴女も恋愛モードの攻略対象者だから、すべての街で話しかけて、好感度をマックスにさせてもらったわぁ。私がパーティーの誰とも結ばれなくても、貴女とのエンディングはあるから。ここで、二人で語り合いましょ」
陰から私たちパーティーを見守ってくれていたのが、聖女である。死後の世界で二人きりになる聖女エンドは、ゲームではバッドエンドとして扱われているけど、そんなに悪い終わり方じゃないと私は思う。ずっと聖女は一人で頑張っていたのだ。せめて私だけでも、連れ添ってあげるべきだろう。同じ転生者同士、話も弾みそうだし。
「なに言ってるの? 貴女は私も含めて、攻略対象者の全員を好感度マックスにしたじゃない。クリア条件を達成したから、これから真・エンディングが始まるわよ」
え、なにそれ? 知らないんですけど。そういえば前世でも、対象者全員の好感度マックスって、達成したことはなかったけれど。
「そんなエンディング、知らない……。そういえば、さ。この世界のゲームタイトルってなに? 私、その辺りも覚えてないのよ」
「そうなの? タイトルは『ドラゴンの夜』よ。他のゲームや楽曲と、タイトルが被っちゃって、半年くらいで販売中止に追い込まれてね。だから攻略情報なんかも少なかったわ」
そんな、マイナーなゲームだったのか。妙に納得していると、私の身体が光に包まれていく。え、ひょっとして私、仲間のところに戻されようとしてる? それは、ちょっとマズイんですけどぉ。
「ねぇ、この後の展開ってどうなるの? ほら、知ってのとおり私、四股しちゃってるからさ。その罪を問われちゃったら、私は悲惨なことになっちゃうわけで。殺されちゃうからぁ」
「大丈夫よ、面白いから展開は教えないけど。まあ安心して、悪いようにはしないから」
説明してー、という願いも虚しく。私の魂は、地上へと引き戻されていった。
街の石畳で、仰向けに私は寝ていた。上空から落ちて、背中から叩きつけられたのだとわかる。ここは中央広場で、見上げた空は夜が明け始めていた。私が身に着けていた軽量の鎧は、落下の衝撃で粉々になっていて、仲間の手で私は装備を外されている。
そういえば、目が見える。竜の熱い血液で、焼けただれたはずの皮膚には痛みがない。私の身体は何ごともなかったかのように、無傷そのものだった。私を汚していた竜の返り血は、丁寧に拭われていて、これも仲間のおかげだろう。そのパーティー仲間四人は、遠巻きに私の様子を伺っていた。
「……やった、生き返ったぜ! 信じられねぇ!」
戦士が自らの鎧を外した、肌着の状態で駆け寄ってきて、私を抱き起こしてくる。固い鎧を着けた状態でハグされたら痛いので配慮はありがたい。ああ、やっぱり戦士の胸は大きくて気持ちいいなぁ。……あれ、戦士って、こんなに力が弱かったっけ? 彼女は全力で、私を抱きしめてくれてるみたいだけど。
「あの、貴女を選ばなかったら、私の首が刎ねられる件についてだけど。どうか命だけは助けてくれない?」
「なにをゴニョゴニョ言ってるんだよ。あたしがお前に勝てるわけないだろ。竜の王を一人で倒したんだぜ、お前。世界最強だよ。もう力量が違い過ぎて、追いつけないさ」
きょとん、としていると、頭の中で声が響いた。あ、これは聖女の声だ。
『竜の王のソロ討伐、おめでとう。経験値が入って、貴女のレベルは最大になったわ』
え?、と思った。そんな展開は初めてなので。私が知っているのは、竜の王と私が相討ちになるシナリオだけだった。私が最強? いや、そんなわけないでしょ。私は前世も今もモブキャラに過ぎないんだってば。
「いや、私は無名の野伏に過ぎないんだって……。そういえば、火災の消火は? 住民の避難は?」
そう言うと、勇者と魔法使いが駆け寄ってきて。戦士を押しのけて膝立ちで、上半身を起こした私を左右から挟み込むようにハグしてくる。二人とも、涙で顔がぐしゃぐしゃだ。
「終わったわよ、火災の消火は魔法使いがやってくれたし。住民は私たちが避難させたわ。そんなことより! し、死ぬほど私を心配させて。このまま帰ってこなかったら、絶対に許さなかったんだから!」
「いや、それはさ……。ちゃんと約束したじゃない、『必ず、私は帰ってくるから』って。ほら、私は帰ってきたでしょう?」
嘘も方便である。勇者にはそう約束したけど、まさか生きて帰れるとは思わなかったので私も驚いている。そういえば私は、なんで生きているのだろう? そう思っていると魔法使いが、うわぁぁんと大声で泣いて、しがみついてきた。
「良かった、生きててくれて良かったぁ! なんでもするから、もう無茶しないで!」
クールだった魔法使いちゃんが、子どもに戻っている。私は彼女の頭を撫でて、戦士は笑いながら改めて、背後に回って豊かな胸を背中に押し付けてきた。三方を仲間に囲まれた状態で、気になることを私は尋ねてみる。
「……竜の王は、どうなった? あと、なんで私は生きてるの? 誰でもいいから、知っていたら教えてくれない?」
「竜の王なら、教会の上に落ちました。尖塔に串刺しにされて息絶えましたわ。貴女が生きているのは、女神さまが降臨されたからです。ほら、お姿が現れましたわ!」
恍惚とした表情で、僧侶が語りかける。私たちの頭上で黄金の光が、人の姿となって浮かび上がった。
「あ、聖女……さま」
うっかり聖女、と呼び捨てにしかけて私は訂正する。聖女は私にウィンクしてから話し出した。
「野伏とは先ほど、あちらの世界で話しましたね。そのとおり、私はその昔、竜の王に殺された聖女です。そして、この国の宗教を創始した開祖でもあります。今は女神、とでも名乗りましょうか」
聖女、いや女神?、が名乗りをあげて。その後に僧侶が説明を続けた。
「野伏が竜の王を倒し、上空から広場に落ちたのを見て。私たち四人は駆け寄って、皆で天に祈ったのです。『どうか、野伏の命を呼び戻させてください』と。すると女神さまの声がしたのですよ。『その願い、聞き入れましょう』という声が」
僧侶がうっとりとした表情で、正面から跪いて私に抱きついてくる。え、大胆すぎない? そう思っていたら、女神が高らかに宣言してきた。
「私は竜の王の内部で、長い時間を掛けて魔力を培ってきました。野伏が竜を討伐したおかげで、こうやって外へ出られたのです。ならば礼として、培った魔力で彼女を蘇生させるくらいは当然でしょう。これは野伏への報酬であり、それとは別に、私は他の四人にも報酬を与えることにしました。貴女たちは皆、野伏の妻となりなさい」
「ええぇ⁉」
驚きの声をあげる私である。私は報酬の品? 景品? というか、この世界って重婚はできないよね⁉ 口をパクパクさせている私に、僧侶が正面から微笑んで話してくれる。
「女神さまは、私たち四人全員が貴女を愛していることを見抜いて、認めてくださったのです。宗教の開祖である女神さまのお墨付きですよ。私も僧侶のままで、貴女と結婚できることになりました」
「いいの? 許されるの、それ? 法律はぁ?」
「構いません。元々、結婚制度は、私が創始した教義に基づいて作られたものです。その私が例外として認めるのなら問題ないのですよ。英雄、色を好むというではないですか。竜の王を殺した貴女が複数の妻を持つのは、むしろ当然です。誰にも文句は言わせません」
私の疑問は、あっさり女神に論破される。私には転生者である女神が、内心でニヤニヤして面白がっているのが良ぉくわかる。いや、四股を責められなくて済みそうなのは大助かりだけど、なんかムカつく! そんなことを考えていると、更に女神が続けた。
「それに四人にとって、野伏より相応しい結婚相手がいますか? 皆が最強に近い実力の持ち主なのですよ? そんな彼女たちを妻として可愛がれるのは、世界最強となった貴女しかいません」
「いや……、それは今だけでしょ? これから冒険をして力量を上げれば、すぐに私に追いつくわよ」
そう言ったら、勇者と戦士と僧侶が反論してきた。
「なに言ってるの! 竜の王は倒したんだから、もう冒険なんか出ないわよ! 最後の場面で役に立てなかった私は、勇者失格でお役御免! いっそ、スッキリしたわ。これから私たちは、王さまに仕えて穏やかに生きていくの。だから私を普通の女の子として愛して!」
「あたしは受け身も好きなんだ。これからはあたしを尻に敷いてくれよ、なんでもするぜ」
「新たな信仰の道が開かれた気分です。女神さまは、これからも私たちの傍で見守ってくださるそうで。何番目の妻でも私は構いませんわ」
三方から主張される。私には転生者である女神が、ただ面白がって、これからも私たちを観察し続けたがってるだけなのだとわかる。あれ、魔法使いが静かだなと思ってたら、おずおずと横から話しかけられた。
「ねぇ……、子ども体形の私とは、結婚したくない? 他の三人より、私は魅力がない?」
そう言われれば受け入れるしかない。私は皆のことが、大好きなのだから。
「もう、そんなわけないでしょ! みんな愛してるわよ! 結婚しましょ!」
その後の私は、『竜殺しの英雄』などと呼ばれて。四人の妻と一緒に、仲良く過ごしている。
冒険中は憧れの対象として見ていた、勇者と戦士と僧侶と魔法使いを、今の私は等身大の女性として見ている。そして今の方が、私は彼女たちを深く愛しているのだと思う。
ときどき私は、転生者である女神と二人きりで話す。四人の妻がいると機会を作るのも難しいと思われそうだが、夢の中で私と女神は話し合えるのだ。
「ねぇ、まだ貴女は、自分がモブキャラだと思う? 英雄からモブに戻りたい?」
そう女神から聞かれる。どちらの問いも、私の答えは同じだ。
「いいえ、全然。私は等身大の私よ。過小評価も、過大評価もしないわ」
別に自分を特別だとは思わない。竜の王を倒したのだって、仲間の協力があったからだ。だけど、仲間と一緒に積み上げたキャリアを否定する気は、もう起きなかった。
「ねぇ、女神さま。また花を売ってよ。四人の妻の好感度を上げておきたいの」
「普通の花を自分で買って、奥さんに与えなさい。いつまでも攻略情報に頼ってたらダメよ。この先のゲームシナリオは、もう用意されてないんだから。自由に生きなさい」
「女神さまはいいの? 自由に、自分の人生を生きたくはない?」
「今の私は神さまだからね。時間はいくらでもあるわ、とりあえずは貴女たちの生活を眺めさせてよ。性交渉とかね」
世の中には筋書きというかシナリオがあって、そこでは脇役に甘んじている人もいるのだろう。しかしシナリオは複数あって、書き直すことだってできるかもだ。貴方が自分をモブだと思っているなら、本当にそうなのかを一度、考えてみてほしい。




