最初の魔術師
補充の人員が兄である克也という衝撃の事実の後、宮村は『この際だから』と愛花に生活の不便が無いかヒアリングを行った。結論としては、『受け入れられる程度の不便しかない』。尤も、共同生活相手が純というのがかなり効いていそうだった。本来の予定では克也を召集して割り当てるつもりだったが、その時点では本部は彼女の重大さを理解しておらず、否認されていたのだ。
「あの、支部長さん。実は前から気になってた事があるんですけど……」
ヒアリングを終えた頃、愛花が遠慮がちに手を挙げた。
「支部長さんは、私の昔の事を知ってますよね? 元々千葉にいて、両親が……」
「ああ、知ってる」
「それなら、その時家に来たアーシェラを退治した人の事は、知ってますか?」
愛花の記憶に残る、あの日の事。その中に、彼女を救出した女性魔術師の姿があった。
詳しい事は覚えていないが、関西弁で話していた事と、とても背が高かった事は覚えている。
「……ああ、知ってる」
宮村は少し間を置いてから頷き、立ち上がった。
デスクの脇に置いていた写真立てを裏返し、収められた写真を愛花に見せる。
何処かで撮られた集合写真らしい。十二人の男女が前と後ろに六人ずつ並んでいる。皆、魔導協会の戦闘服に似た白い服を身につけていて、その多くは笑顔を浮かべている。その中の中心から少し左に映る女性を、宮村は指していた。
「あの日お前を救出ーー出現したアーシェラの魔術師を討伐したのは、コイツだ」
その女性は薄紅色の髪を持ち、周囲の男性から比較すると、170cm以上の背丈に見えた。横にいる無精髭の男性の肩に組み付き、快活な笑顔をこちらにむけている。
「名前は狭霧朱音。生まれは関西だが、当時は大阪に支部は無かったから、東京で魔術師をやってた。魔導協会発足当初に魔術師となった、一番最初の十二人。彼女もその一人だった」
「この隣の人ってもしかして……?」
「ああ、俺だ」
狭霧朱音が肩を組んでいる髭面の男こそ、昔の宮村。今より髪が整っていて、目の下の隈も無いため、一目での印象は異なって見える。
「魔術師だったんですか」
「まあな。ここに映ってる連中で今も活躍してるのは、コイツぐらいか」
写真右端の後ろにいる、金髪の男を指差した。アメリカ人と思しき白人の男は、今にも笑い声が聞こえてきそうな程、快活な笑顔を見せている。
「コイツーーゼインは本部にいるからそのうち会うかもしれないが……人間としてはまるで尊敬出来ないってのは覚えておくといい」
「は、はぁ……」
純が『この人も割と人の事言えない気がする』というような声を出した。愛花には世話を焼いてくれる偉い人だが、直接下にいる純には違うのだろう。
そこで愛花は、先の宮村の言い方が引っかかった。
「この人が私の……それで、今は?」
宮村の元々暗い表情が、更に暗くなった。彼は写真を机に倒すと、呟くように言った。
「何年か前に、アーシェラを一網打尽にしてやるってデカい作戦があってな。コイツはその前に撮られた写真なんだが……そこで大半は死んだ。当然、朱音もな」
宮村は何かを確かめるように、左胸に手を当てた。
支部長室に重い沈黙が降りる。やがて愛花が口を開こうとした時、純が呟いた。
「その作戦って……『リンドブルム作戦』ですか?」
「何だお前、知ってるのか?」
「聞いた事があるってだけですけど」
「その……リンドブルム作戦って?」
「当時のアーシェラ主力を一箇所に集めて、全員で袋叩きにするって作戦だ。当時向こうにいた穏健派を、協会側に近づいた裏切り者と内通させて、ベルフェリカのリンドブルム丘陵って場所に呼び出したんだよ。で、大規模な戦闘に発展して……十二人のうち七人は死に、生存した奴らも一人を除いて後遺症が残って、魔術師がやれなくなった。俺も死ぬはずだったが……生き残っちまった」
宮村は再び、自身の左胸に手を当てた。
従事した魔術師がほぼ全滅する作戦というのは、協会でもこの一回のみだ。リンドブルム作戦の失敗から、当時の上層部が総入れ替えとなり、一部の支部も運営体制が大きく変わったからだ。魔術師を引退した宮村暮羽が東京支部の長となったのも、そうした事情だった。
「朱音さんも、亡くなった一人……?」
「そうだ。アイツは強かったが、人が好すぎた。自分一人なら、さっさと逃げられただろうによ……」
再び部屋に沈黙が降りる。しかし、今度は少しの時間で、宮村が写真を再び立てて、二人に見せた。
「朱音と俺、それから俺の横にいるコイツ……神宮寺の三人が、日本人で最初に魔術師になった。まあ厳密に言えば、神宮寺は俺と朱音より少し後だったんだがな。そうだ、折角だから山﨑の好きそうな話でもするか」
「私の?」
「俺と朱音は婚約者だったんだよ」
「……えっ!?」
何食わぬ顔で発せられた過去に、愛花は目を丸くして写真を見つめた。
言われてみれば、写真に写る二人の距離感は、友達以上に近く見える。朱音の笑顔は元々の人柄がそうなのだと感じられるが、宮村は気怠げな顔の中に、小さく笑みを作っている。恋人としての二人の力関係が、何となく見えてくる。
「最初の十二人の魔術師は、全員固有魔法に応じて、オリンポス十二神のコードネームが当てられてた。朱音は『デメテル』だったんだが……アイツは女神の名前なんて到底似合わないヤツだった。魔術師としてはアリだが……強引で自分の主張の譲らなかった。俺らの中で、一番上の連中と喧嘩してたな。まあ、当時の東京支部長がアイツの兄貴だったってのもあるが。俺もあの野郎は嫌いだったし。それから、俺の都合だとお構いなしに――」
愚痴のような話をしながら、宮村の表情は何処か穏やかだった。十年前ーー愛花からすれば、純と出会った時ぐらいの頃という、昔の話だ。
しかし、出てくるのはおよそ長所とは思えない話ばかり。思わず純が口を挟む。
「その……婚約者だったんですよね?」
「……ああ」
「えっと……こういう所が好きだった、とかそういう話をするんじゃ……」
「? 最初から言ってるだろ?」
「いえ、けど聞いてる分にはーー」
「ああ〜〜……フフッ」
「愛花?」
不意に笑い出した愛花に、純が小さく眉を顰める。
今のやり取りは、愛花にも似た事があった。好きな人を構成する部分なら、何でも愛しく思えてしまうが故に、側から見れば短所を話しているように聞こえてしまう。
「確かに私が好きな話ですけど……支部長さんは大丈夫ですか?」
「もう十年も前の話だからな。それに、この年になれば昔の事を気に病んでたら生きてられなくなる。お前もおっさんになれば分かるさ」
「なりたくはないですけど……」
自虐めいた笑いと共に、宮村が純を見る。困惑する純を、愛花はニコニコと横目で見た。
「何歳になっても純は純だからね~~」
「そ、そうか」
最後まで愛花のテンションが読み切れないまま、純は愛花と支部長室を出た。
*
『知っとるか? 煙草一本吸うと寿命が五分縮むらしいで』
『たった五分なら、吸ったところで大した困らねぇ』
『……アホ。ウチが困るやろ』
『朱音が?』
『……アンタと居る時間がそんだけ減るやろ。ウチを一人にする気かいな』
十年も前の事を思い出し、宮村は一人小さく笑った。
あの時は煙草はおろか、酒さえも止めても惜しくはなかった。
魔術師としての任務を完遂した後なら。
「もういいだろ? 朱音?」
宮村は切れかけのライターに火をつけ、ポケットから取り出した煙草に火をつけた。
銘柄に拘りはない。何処のコンビニにでも売っている安物の味でも、宮村は気にすることもない。葉巻にあこがれたのも、今は昔だ。
「俺はそれでいいとして……あっちは可哀想だ」
宮村は現在の東京支部の戦力から、次アーシェラの襲撃があれば壊滅の危険があると判断した。
故に無理を承知で、猟犬の首輪を補充戦力として要請した。それが通ったとして――それでもまだ、足りるかは半々。
いざというときは――
「こっちも『切り札』を切るか」
宮村は独り言ちると、左胸に手を当てた。




