組織は動き出す
霧嶋アキラの離脱に多数の負傷者。アルバート・レイノルズが魔導協会東京支部に刻んだ傷は大きかった。
だが、協会の者たちは知らない。彼が傷だけをもたらした訳ではない事を。
「エリアルド・ハートレイです」
『いいよ、入ってくれ』
魔導協会がまだ知り得ていない場所、アーシェラ本拠地。そこに呼び出されたエリアルドは、無数にある白い扉の一つに入っていった。
扉の向こうには、エリアルドにとってある意味で最大の敵がいた。
「こうして顔を合わせるのは久しぶりだね。……変わりがないようで何よりだよ」
部屋の中は、無数の機械とモニターで埋め尽くされていた。これらが何を計測し、どういった機能を備えているのか。エリアルドには何一つ分からない。
だが、目の前の男は、男は全てを完全に把握している。
革の座椅子に腰掛けたその人物は、深い藍色の髪と純白の白衣が印象的な男。彼こそ、アーシェラが誇る天才科学者にしてーー現在の事実上の指導者。
エルシア・ハイルーフ。彼は深い黒の瞳にエリアルドを映し、満足そうに微笑んだ。
エリアルドは、彼の目が嫌いだった。表面上は穏やかな好青年に見える彼だが、その瞳の奥から得体の知れない存在に覗かれているような気がするのだ。
ただ外面だけ『あの人』の真似をされている。そんな邪推すら浮かぶ程に。
「それで、エルシア様。緊急の招集とのことでしたが、何か私に至らぬ点でもありましたか?」
エリアルドは肩を竦めて、とぼけて見せる。実際呼び出された理由は明白だ。
アルバート・レイノルズを無断で動かし、魔導協会へ独断で襲撃を掛けたこと。それに対する懲罰だろう。
アーシェラ内の規則では、外部での作戦行動には計画書を提出し、許可を得る必要がある。しかし、エリアルドとレイノルズはその手続きを通していない。目的地へ一瞬で転送可能な『門』という技術があるアーシェラにいながら、それを使わずに突入したのは、それが露見するのを避けるためだった。
エルシアは相変わらず、表面だけとしか思えない笑みを浮かべていた。
「そう硬くならないでくれ。私には君を罰するつもりはないよ」
「……バーンスタイン卿が黙っていないでしょ」
「ジェラルドなら平気さ。ちゃんと『当事者の』処罰はしているからね」
エルシアはデスク上の分厚いファイルの山から一つを取り出し、開きながら事務連絡のように話す。
「アレはアルバート・レイノルズ個人の暴走に過ぎない。彼は特定の部隊に所属していない以上、君の指揮下にある訳でもない。故に、問うべき監督責任もない。つまり簡単な事だよ。君を罰する道理が、私にはない」
最後に『そういう事にしておこう』という言葉が隠れているのを、エリアルドは理解した。
アーシェラは現在、両派閥間での軋轢が大きくなりつつあった。
ノール派の事実上の頂点であるエリアルドを処罰すれば、その下の者たちが黙っていない。ノール派はエルシア派に対して数こそ少ないものの、古参の者が多い。武力衝突となれば、双方へのダメージは計り知れない。『深化の花』確保を控えている手前、それは避けたいのだろう。
「では、一体なぜ……」
「簡単な事さ。次の『深化の花』確保の際に、君にも出撃してもらう。といっても、本隊では無いけれどね」
『深化の花』。その名前がエルシアから出た事実に、エリアルドの背筋が冷える。
表情こそ穏やかだが、エルシアの内心では、ノール派を如何に押さえ込むかという思案が渦巻いているのを、エリアルドはよく知っていた。『深化の花』を取りに行く際にも、最もらしい理由をつけて自分に忠実な者だけを配備する気だ。
だがそれを越えて此方が先に『保護』した場合、彼への強力な交渉材料となる。詳細は不明だが、エルシア曰く『彼女無しにアーシェラの悲願を達成するのは難しい』というのだから。
「まず、今回の作戦はーー」
そして予想通り、エリアルドは別働隊としての任務を言い渡された。組織内での立場上、エリアルドはエルシアの下にある。ここで遅れを取るのは仕方がない。
しかし、エリアルドも黙って従いはしない。
一通り作戦を聞いた後ーーエリアルドは小さく右手を挙げた。
「お言葉ですが、エルシア様。その作戦では、少々リスクが大きいかと」
「ふむ、そうかな? 協会側の戦力を考えれば、妥当な配置だと思うけれど」
「いえ、我らの今後に関わる作戦です。保険は必要かと」
エリアルドは小さく息を吐いてから、人差し指を立てる。
正直言って、ノール派サイドが深化の花の保護は殆ど不可能だ。しかし、それでも最後に勝ちを拾いに行かなければならない。
「基本的な人員はそれで構いませんが、予備兵力として二人、『救世の光輪』から追加で戦力を待機させましょう」
*
「ありがとうございます。こっちとしては相当助かりますよ」
魔導協会東京支部、支部長室。
本部との通話を終えた後、支部長ーー宮村暮羽は、満足した表情で煙草に火を点けた。
先日要請した『猟犬の首輪』への増援要請が認可されたのだ。
今は何処もアーシェラとの抗争が激化している。既に有力な魔術師を複数抱える東京支部には回されないと思っていたがーー
「言ってみるもんだな。本部の連中もそこまで馬鹿じゃないってことか」
瀬良の進言もあって申請したところ、拍子抜けな程簡単に許可された。該当の人物が日本人である事も、有利に働いたかもしれない。
不意に扉がノックされた。宮村は慌てて煙草を消すと、水を差されたような気分を堪えた。
「支部長さん!」
「すみません、支部長。愛……彼女が聞きたい事があると……」
「おっと、珍しいのが来たな」
支部長室に入ってきたのは、愛花と純だった。急いできたらしい愛花とそれを追ってきた純、という構図だろう。
「あの、瀬良さんに聞いたんですけど……。こっちに救援で来る人の事ですが……」
「もう聞きつけたのか、瀬良のヤツ。けどまあ、そうか。お前らは身内だったな」
「ってことは本当に……」
「ああ、そうだ」
宮村は頷くと、デスク上のpcディスプレイに目を移す。そこには、猟犬の首輪メンバーが写っていた。
*
魔導協会、ウェリントン支部。ニュージーランドの地に新設されたこの支部は、当然所属する魔術師たちも全員若輩者。だからと言って他の支部から戦力を分け与える余裕はない。
そうした支部にて、彼らの地力を向上させるために派遣されるのが、本部直属の特務部隊『|猟犬の首輪( ハウンド・リード)』だ。
ウェリントンに居るメンバーの魔術師とオペレーターは、小さな会議室で本部から下った命令を確認していた。
それを終えると、オペレーターの女が大きなため息を吐いた。
「うへぇ……また移動すんの? 振り回すにしたっていい加減にして欲しいんだけど……」
薄い緑色の短い髪を右手で掻きながら、女は露骨に顔を顰めた。
世界中を飛び回る彼らにとって、国家間の移動自体はよくある話だ。無論彼女も、何度も経験している。しかし急な命令のたび、彼女はこうして新鮮な気持ちのように怒っていた。そして目の前の長い銀髪の男を八つ当たりするように細目で見る。
「けど、キミからすれば良かったんじゃない? なんたって生まれ故郷だもん」
「そういう訳でもない」
「ウソだ。だって帰ったら妹ちゃんにも弟分にも会える訳じゃん」
『弟分』というワードを耳にした途端、銀髪の男はハッキリと眉を顰めた。彼にしては珍しく、あからさまな表情の変化だ。
「あのクソボケに会わねばならんというのが一番気が進まん……」
「クソボケ……? って、弟分の方だよね?」
「他に誰がいる。図体だけ無駄に成長しただけのガキなんぞクソボケで充分だ」
「はいはい、そうだったね。けどボクらには協会本部の首輪が付いてるから、拒否権は無いんだけどね……」
両手を投げ出すように広げ、女は背もたれに全体重を預けた。その衝撃で椅子が後ろに倒れそうになり、慌てて重心を前に移す。身長の低さも相まって、その挙動は小学生にさえ見えた。
「ミア。異動は二週間後だったな?」
「らしいよ。その前にまたあのお店のミートパイ食べに行こうね」
「それは構わんが……異動を十日後に出来るか確認してくれ」
ミアと呼ばれたオペレーターは、男の言葉に一瞬怪訝な顔をした。しかしすぐに顔をニヤけさせ、男の頬を指でつつく。
「なんだよも~~克也くんってばやっぱり会いたいんじゃん~~」
「誰が……クソ、頭働かせろオペレーター」
「いでっ」
克也と呼ばれた男がミアの緑の頭を叩いた。大袈裟に頭を抑えるミアに、克也は窓の外を見ながら言う。
「まだウェリントンに来て日が浅い俺たちがここまで急に呼び出されたんだ。東京支部で何かしら大幅な戦力の低下があったと考えた方がいい。あそこには白峰がいるから、本部程度には問題ないと思ったが……」
「あっ、そうか。そもそも克也くんを名指しで呼び出してる訳だもんね。意志疎通と連携が出来る人材が欲しかったんだろうね」
「そのレベルで戦力が不足してるなら、急いだ方がいい。東京支部が壊滅すれば、日本の対アーシェラ防衛は死ぬぞ」
「なるほど……流石克也くん。感情に理屈を後付けするのが上手だねぇ」
「あのな、何度も言うがヤツの事など俺は知らん」
東京支部。魔術師になってから最初の二年を過ごした場所。当時の時点で本部に次ぐ戦力があったが--見知った彼らは無事か。
そして--
「純……」
魔術師--山崎克也は、故郷と残してきた家族に思いを馳せた。




