確かな感触
アルバート・レイノルズと名乗ったアーシェラの魔術師。彼が最終的にどうなったのか、純はよく覚えていない。
しかし、アキラやオペレーターは皆こう言っていた。
『純が退けた』と。
彼自身、心当たりが無い訳では無い。しかし、記憶が朧げ過ぎて、夢だと言われれば納得してしまう。
ハッキリ覚えているのは、レイノルズの前で血溜まりに伏したアキラの姿だ。それを見て、全身の血液が沸騰する程の怒りを覚えたところで、純の記憶は曖昧になっている。
果たして、これもまた魔術というものの性質なのだろうか。魔術は未だに未解明の事が多く、何が起こっても不思議ではない。
純は自身より経験が多く、かつ精神的に近しいものがある人物に尋ねてみた。
「ン〜〜……まぁ、アタシも似たコトはあったわヨ」
「やっぱりか」
レイノルズの襲撃から2日後に、ホンファが復帰した。
彼女は純と会う以前、上海でアーシェラと戦っていた。その中には当然、死を覚悟するような強敵もいた筈だ。
そう純は考えたのだが、どうやら正解だったらしい。
彼女は右手でスプーンを弄びながら、視線を斜め上に向けた。
「確か……日本に戻るちょっと前だったカシラ。ヒヨッ子連中じゃまるで歯が立たないヤツが現れたのヨ。ソイツは『植物の種を急成長させる』って感じの魔術を持ってたんだケド……マジで強かったワ。もしかしたら、白峰でも手こずるぐらい」
「どうやって撃退した?」
結論を急ぐ純を、ホンファはスプーンで指した。
「そこヨ。アタシは殆ど何も覚えてなくて、気付いたら終わってた。で、後からヒヨッ子連中もオペレーターも、みんな口を揃えて言うのヨ。『ホンファさん凄かった』って。アタシにあるのは『死んでたまるか』って強い気持ちと……両腕の火傷ぐらいだったワ」
「火傷?」
「連中が言うには、アタシは炎に包まれてたらしいワ。植物使い相手には特効と言える技だけど……アタシはそんなモン持ってなかった」
ホンファはスプーンを辛口カレーに沈ませ、口に運んだ。それから物足りなさを噛み殺したような表情で、再び話し始める。
「アタシの固有魔法の『四神幻槍』だけど、実際こう名付けたのは、戻ってくる直前だったのヨ。通常の青龍、投擲の白虎、破砕の玄武、それにさっきのヤツを朱雀として加えた」
「けど、その言い方じゃ、朱雀を使ったのはその一回だけなんだよな」
「そうネ。あれからは訓練でも、一度だってそれらしいモノは出せず終い。だからマア、普段は特に意識しないようにしてるワ。一回出来たなら、どっかでもう一回出来るでショ」
「楽観的だな」
「無闇に悩んで出来るモンでもないってのは分かるのヨ。アンタも薄々気付いてるんじゃナイ?」
純は、いつの間にか食べ終わっていた弁当に目線を落とした。
ホンファが上海で出したという『炎』と、自分がレイノルズに打ち出した『杭』は、本質的に同じものだろう。両者に共通するのは、『感情が大きく膨れ上がった時に発動したらしい』事と、『使用者は発動した事を覚えていない』事。
この二つが常に起こるなら、確かに出そうとして出るものではないだろう。ホンファの意見はアッサリしているが、彼女も内心では使いたいと思っているのだと、純は分かっている。
「さて、と……。そういうモヤモヤした時はさ、体動かした方が良いんじゃないカシラ?」
「……そうだな。けど、良いのか? そっちは病み上がりだろ?」
「一回全身ズタズタにされたヤツに負ける道理は無いわヨ」
このところベッドに縛りつけられっぱなしだったせいか、ホンファの闘争心は燃えたぎっていた。
純自身にも、実力も近いうえに緊張感のあるホンファとの模擬戦は、非常に有意義だった。
*
「まあ、元々向いてねぇんだろうな、とは思ってましたよ。それでも少しでも違うオレになれたらって思って、もう充分出来たからいいかなって……」
同刻。協会の医務室では、アキラが東条に『協会を辞めること』を話していた。東条も止める事は無く、ただ彼の話を聞く事に徹している。
「維月姉はこれからが大変だろうから、オレが支えるとなれば……やる事は沢山ありますから。それに……純には言わないでくださいよ、アイツ責任感じるでしょうから」
アキラは左手を毛布から出した。包帯に覆われているが、指等の欠損は見当たらない。傷さえ癒えれば、綺麗になるだろう。
だがそれは、あくまで外見上の話だ。
アキラは何度か左手を握って開いてを繰り返した後、小さくこぼした。
「力が入り辛いんすよ……ヤツの刃の一つが、小指の腱切ってたみたいで……まぁ右利きだし、ゲームとかは多分出来るんで、いいんスけど……」
戦闘や訓練で受けたダメージで後遺症が残る事は、実のところ珍しくない。
今は治療技術が発展しているから良いが、東条が入りたての頃には、怪我の後遺症で退職したり、裏方に回る職員が何人もいた。東条がこの年まで魔術師でいられたのは、偏に彼の持ち前のタフネスゆえである。
自分より後に入った人間が先に辞めていく。それに辛さが無いといえば嘘になる。
「ああ、そりゃもちろん、すぐ辞めるワケじゃなくて……アーシェラの件が片付くまでは、いるつもりです。つっても、何が出来るか分からないっすけど……」
「裏方でも出来る事は幾らでもある」
しかし、実際に東条が気にしていたのは、別の部分だった。
本当はすぐにでも動きたいだろうアキラが、まだ先まで協会に縛られなければならない、という点だ。
アーシェラとの戦いがいつ終わるか、それは誰にも分からない。最近は特に激化しているが、これが今年中にでも終わるのか、この先何年も続くのか。
「手も治らないと決まった訳じゃない。そろそろ白峰のカプセルが空くだろうから、その時にでも俺が掛け合ってみるさ」
「ハハッ、ありがとうございます」
東条は、同時に思い出していた。
廃棄区画の戦闘で、ミラン・クライストーージルヴァ・ラウルを討った時の事を。
「霧嶋……一つ、聞いていいか? 廃棄区画で、お前は初めてアーシェラの魔術師を観た訳だが……どう思った?」
「どう……っすか? ん〜〜……確かオレ、最初に職員さんから聞いたんすよね。『アーシェラの魔術師は人間を辞めたサイボーグだ』って。東条さんも、それは同じっすか?」
「ああ、同じだ」
魔導協会に入った魔術師候補は、アーシェラの魔術師は『人間とは異なる存在』だと教えられる。これは相手が人間だと認識することで生じる躊躇いを軽減するためだ。
事実として彼らは普通の人間では無くなっているので、この説明そのものに間違いはない。しかし、彼らの身体はほぼ協会の魔術師と同じ、生身だ。
「最近までは、そうだと思っていた」
「倒したら爆発しましたもんね……普通じゃないのはマジでしょうよ」
「しかしな……あの時ヤツを斬った時の感触は……どう考えても機械のソレでは無かった」
東条真澄は、単なる日本の一市民に過ぎない。当然ながら殺し合いとは縁のない人生だった。ましてや彼には、純のような振り切った精神性や悠のような慣れも無い。
そんな中で感じた、『人間を斬った』という感触。その恐ろしさに、東条は今更気付いた。家族を養うため、命を懸ける覚悟はしていた。しかし、『人の命を奪う』覚悟は、問われて来なかった。少なくとも、東条の中では。
「ですよね〜〜……。アレは人間じゃなくてサイボーグ的なのなんで、って欺瞞も良いところっすね」
「ああ……」
医務室に沈黙が降りる。
アーシェラとの戦いーー自分たちの行いが、人間同士の殺し合いなのだと、敵を斬った事のある二人は確信していた。
「しかし、それでも誰かがやらねばならんのだ……」
だが、東条の迷いは僅かなものだった。
家族への負い目はある。しかし、最初から『家族を養うため』と危険な道を選んだのは、彼自身だ。仕事を選ぶなどという発想は、あの火事の日から捨てていた。
東条は、少し暗い顔のアキラに向けて、歯を見せて笑った。
「ヤツらが悪辣な敵である事は変わらん。なら争いを終わらせて、『俺は世界を守ったぞ』と家族に胸を張るとするさ」
「ハハ……やっぱすげぇっすわ、東条さんは」
ああ、やっぱオレには向いてねぇわ。
アキラは、東条の横で小さく零した。




