任務と始末
レイノルズの右脇腹から、突然の大量出血。それまでかすり傷一つ負っていなかった彼は、一瞬何が起こったかまるで分からなかった。
まずレイノルズが思い至ったその直前に起こった、『刃鱗の数が合わない』という異変。戦闘で減る事はあっても、刃鱗が増えるのは有り得ない。となれば思い当たる可能性は、何かが刃鱗に紛れ込んだこと。
アキラの固有魔法である薙刀『大蛇丸』は、刃を任意の形に切り離し、遠隔操作できる。
レイノルズはアキラの手から離れていた大蛇丸を見た。その刀身が、大きく欠けていた。
地面に膝を着きながら、レイノルズは全てを理解した。アキラは、大蛇丸を刃鱗と同じ形に切り離し、群れの中に紛れ込ませたのだ。後は他の刃鱗と同じタイミングで、爆砕鱗が発動した場所ーー二層目の刃鱗が無い場所に取り付き、斬り裂く。
「あぁ、こりゃあ……」
レイノルズの顔から一切の余裕が消える。今彼の体内には、大蛇丸の刃が侵入している。既に内臓をズタズタに裂かれているが、このまま心臓部まで移動されれば、完全に死ぬ。だが体内の刃を除去する方法は、今のレイノルズには無い。
要するに、詰みだ。
そう思ったレイノルズだったがーー死の瞬間は訪れなかった。体内に埋め込まれた異物が消失した。
「……あぁ、なるほど……」
地面を見下ろしたレイノルズが見たのは、意識を手放したアキラの姿だった。
魔術師が気絶すると、発動していた術は効果を失う。これはC元素が反応する『人間のイメージ』が途切れるためだ。
地面に流れた血の量を見れば、然もありなんといったところだった。死ぬ程の傷ではないが、暫く動けないだろう。
ただ、重傷度合いで言えば、レイノルズの方が上だ。
「どうせなら最後まで頑張ってくださいよ……ったく……」
レイノルズは吐血し、ふらつく身体でその場を去ろうとした。想定外の事態こそあれ、既に目的そのものは達していたからだ。
レイノルズが東京支部を強襲した理由を、アキラたちはこう考えていた。
海城建設との裏取引にアーシェラが関わった口封じーー或いは見せしめのため、海城維月を消すことだと。
だが実際、レイノルズに維月の事は一切頭に無かった。維月を消しに来た事を否定しなかったのは、勘違いさせたままの方が、都合が良かったからだ。
何しろ真の目的を話したとて、到底信じられるとは思わなかったから。
今回彼はここに来るまで、門を使用していない。正規の任務ではないからだ。ならば必然、帰りも使えない。
とはいえ、即座に治療を受けなければ命に関わる。
指示を仰ぐべく、エリアルドの携帯に連絡しようとしたーーその時。
「おい」
背後から途轍もない質量の殺気をぶつけられた。一瞬にして、全身から冷や汗が噴き出す。痛みという警鐘全てを無視して、転がるようにその場から動いた。しかし、動いた側からまた同じ殺気が襲いかかる。今度は避けきれず、右腕から爆発が起きる。
爆煙が晴れたとき、レイノルズの右腕は、肘から先が千切れていた。
「……は?」
先の爆発と、右腕の欠損。ここから導き出される答えはーー爆砕鱗が破られた。
有り得ない。東京支部に爆砕鱗と刃鱗を貫通出来るだけの破壊力を持つ魔術師はいない。ましてや、何をされたかも分からないような不可解な能力を持つものなどーー
「お前……何をしている」
後ろを振り向くと、そこにいたのは純だった。爆砕鱗の衝撃による失神から回復したのだろう。しかしーーそれまでの彼とは、根本的に何かが違った。刃鱗の破片で全身を切り刻まれ、無数の赤い線を身体に走らせながら立つ姿も悍ましいが、ただ見た目だけ恐ろしいのではない。
純の背中からまるでオーラのように、銀色の光が立ち昇っていた。普通なら目の錯覚を疑うが、レイノルズはこの『現象』を知っていた。
故に彼は、即座に踵を返した。足止めのため、身体に纏った刃鱗を全て展開し、純へと飛ばした。しかしその全てが、彼に辿り着く前に弾き飛ばされた。
「……やっぱりだ。ったく……とんでもねぇヤツがいたもんだ……」
しかしその瞬間、レイノルズは見た。
純の周囲から、『赤黒い杭が無数に飛び出していた』のを。
そして弾かれた刃鱗を再び純へと向ける。これで倒せるとは到底思わない。ただ、逃げる準備さえ出来れば良かった。
レイノルズは斜面を滑り降りると、残った左手でエリアルドに通話を掛けた。幸いにも、彼はすぐに出た。
失血量を考えれば、恐らく自分は手遅れだ。ならばせめて、得た情報だけは渡しておく。
「旦那……先永くないんで、手短に話します。東京支部の戦力は多分、充分ではありません。万全の戦力でも、旦那レベルのが居れば相当まずいです」
末端から身体が冷えていく。携帯を取り落としそうになるが、どうにか抑える。
レイノルズの任務は、『魔導協会東京支部の戦力評価』。これはエリアルドによる私的な任務であり、アーシェラの承認を通していない。故に彼は門が使えず、交通機関でここまで来た。
エリアルドの狙いは、レイノルズには分からない。いや、興味も持っていない。エリアルド・ハートレイという男は常に、ノール・ハイルーフの為に動く男だ。それを信頼しているから、彼の行動に疑問は持たない。
そして、東京支部の戦力は現状『不足』とレイノルズは判断した。新世界への引き金との戦闘で負傷した二人の戦力を加えても、エリアルドレベルの者が居れば恐らくアウト。
とはいえ、レイノルズは一つ希望を見出していた。自分の命と引き換えにするだけの価値は無いかもしれないが。
「ただ……支部の連中で一人、『イかれた』のがいましたね。アイツが覚醒すれば、或いは……。……ええ、そのまさかですよ」
純が見せた銀色のオーラと、赤黒い杭。前者はアーシェラでも確認されているとある現象で、後者は恐らくそれによる、固有魔法とは別の能力。
そしてこれを起こせる者は、アーシェラでも数名だけ。一の為に全を捨てられる者だけが辿り着ける、『狂気の世界の扉』。
「コルナードの兄さんと戦った彼は……間違いなくーー」
その瞬間、銃声と共にレイノルズの左胸に風穴が空いた。
*
森に一つの爆発音が響いた頃、そこから数百メートル離れた崖に、一人の男がいた。彼は見晴らしの良い崖の上で狙撃銃を構え、地面に横になって狙撃の態勢を取っていた。
光さえ呑み込むような漆黒の髪と瞳を持つ男は、長い黒髪から覗かせた瞳で、スコープを覗いていた。そこには、『機関』を撃ち抜かれ、爆散した標的が写っている。撃ち抜いたのは、男が放った一発の銃弾だった。
男はスコープから目を離し、右耳にある通信機のスイッチを入れた。
「俺だ。ターゲットを始末した」
『了解、流石だね。アルバート・レイノルズは、厄介な想術士だから、早めに処理出来て良かったよ。彼はアレで意外とロマンチストでね。此方ではどう説得してもーー』
「どうでもいい。如何なる想術を映していようと、俺には無力だ。そんな事よりーー」
男は再び銃を構え、スコープを覗き込んだ。レンズの中心に捉えたのら、レイノルズがいた場所から斜面の上にいる、同じ黒髪の男ーー滝本純だ。純は斜面の上で直立し、レイノルズを探している。
「今なら一人ぐらいは狙えるがーー撃つか? 先に備えて、協会の戦力を削っておいた方が後が楽になると思うが」
『駄目だ。今東京支部を刺激する訳にはいかない。それに恐らくだが……東京支部の中に《狂性》持ちがいる。万が一仕留め損なえば……彼らに贈り物をしてしまう。何より深化の花には未知の点が多い。下手に刺激するのは避けたい』
「……承知した」
《狂性》という言葉に、レナードは自陣営の二人を思い出した。アレらと同質の存在が敵になると思えば、確かに危険極まりない。
レナードが構えていた狙撃銃を下ろすと、相手から追加の通信が入る。
『そうだ。《作戦》についても、期間を早める事はしない。予定通りに行う』
「そうか。まぁ、そっちは俺に関係のない話だな」
通信を切ったあと、男は踵を返して森を後にした。ここから先は交通機関を用いて本部へ帰還する事となっている。極秘の任務を請け負っている、という点で彼は、レイノルズと近い立場にいた。
「エルシアの臆病と完璧主義は今更か……。しかしエリアルド……貴様、何を考えている……」
狙撃銃を納めたトランクを背負い、男は呟いた。
彼の名は、レナード・ランボルト。アーシェラ指導者エルシア・ハイルーフ直属の始末屋である。




