第35話 オレをみろ
ヴァルコさんに報告を終わらせ、ムートからライオックへの帰路につく。
そうは言ってもメインストリートを挟んで向かい側なので目の前ではある。
魔石灯の淡い光が夜の通りを照らしている。
まだ馬車が走れる時間帯なので、暗い視界の中で行き交う行商に轢かれないよう注意しながら横断し、ライオックの扉を開いた。
「ただいま戻りました」
「おう。おかえり」
奥にいると思っていたので、すぐに返事が返ってきた事に驚いた。
暗い店内で商品を眺めているゲルジッドさんの姿。
「どうしたんですか? 何か問題でもありました?」
「いーや、ちょっとこの店を開いた時の事を思い出してた」
「ライオックを?」
その話は興味があった。
ゲルジッドさんと僕が出会ったのは前の家。
その時のゲルジッドさんは既にこのお店を持っていたから、それ以前の話を聞いた事がない。
アールヴさんと旅をしていた事だって、聞いてもいつもはぐらかされる。
「ライラ、今幸せか?」
「え? はい」
「そうか。なりゃいい」
「うわっ!」
乱暴に頭を撫でられた。
どういう事なのかわからないけど、また、はぐらかされたのだろう。
それでも、心地いい。
「明日を乗り切ったら仕入れに行くから早く寝ろよ」
「仕入れはまだ平気ってこの前言ってませんでしたっけ?」
「たまには休みたい気分もあるんだよ」
「今休みたいって言いましたよね?」
「大人には本音と建前がある。じゃ、おやすみ」
「おやすみなさい」
店の奥へ向かうゲルジッドさん。
少しだけ、誰もいなくなった静かな店内を眺めた後に僕も奥へ。
階段を上り廊下を進む。
右側にあるトリイトさんとネメシーさんが借りていた部屋を横目に、左側にある僕の部屋の扉を開けた。
「おう。おせーよ」
「何でいるのクニーガ」
何度やられたって、驚くものは驚く。
しかも今は夜、さっきムートで別れたばかりだ。
開かれた窓ガラスから風が部屋を抜ける。
前に着ていた寝巻きだという漆黒の全身ローブ姿のクニーガが僕のベッドに座っていた。
「買ってもらったこの本、読めねー文字多すぎ」
「だったらせめて入り口から入ってよ」
クニーガによって開け放たれた窓ガラスを閉める。
二階だけど鍵をかけた方がいいかもしれない。
ベッドの上で自分の隣をポンポンと叩き早く座れと催促される。
僕のベットなんだけど。
クニーガの隣に座ると、汗を流した後なのかいい匂いがした。
「……で、どこがわからないの?」
「全部」
「全部って……今度、ダスト・ボルディの読み書きを教えるよ」
「ライラが全部読んでくれれば別によくね?」
「僕は喋る本じゃないよ」
クニーガに悟られないように会話を繋ぐ。
物語は好きなんだけど、読み書きは嫌いなんだよねクニーガ。
本を受け取り手元で開くとクニーガがぐいっと覗きこんできた。
「近いんだけど。読めないんだよね?」
「いーだろ別に。オマエの声聞きながら文字見て覚える」
そう言われると何も言い返せない。
密着する右手から暖かさを感じながら、目の前の横顔からも意識を逸らして僕は本を読み始める。
「今は昔、かつて栄えていたダスト・ボルディという国にガディゴット家という貴族が住んでいました。民からの信頼も得ていたガディゴット家に長男が生まれ、それはそれは盛大に祝福されました。ロイ、と名付けられた長男は皆の愛情を受けすくすくと育っていきました。しかし、そんなガディゴットを憎んでいた者がいたのです。ロイの実の姉、レイ。ロイが生まれるまでは自分がガディゴットの当主になる為に育てられていたのに、ロイが生まれた瞬間に彼女は全てを奪われてしまいました。家族の愛、今までの教え、生きてきた理由、全部。それでもレイは諦めませんでした、自分が頑張ればいつか家族が見返してくれる、そう信じて。ですが、その時は訪れませんでした。学術をいくら学んでも、剣術の才が優れていようとも、狩りの腕前があろうとも、ロイが当主になるという現実だけは覆りませんでした。苛立ちと焦りが募る一方で、ロイは何でもできる姉のレイをとても尊敬していました。いよいよロイの成人の儀式の日、レイは不思議な男に出会いました。貴女の力を貸していただければ、彼らの愛情、憎悪を全て反転させる事が可能です。レイはそれに縋るしかありませんでした。ロイに向いている愛情が全て反転すれば、自分に愛情が戻ってくる。その願いが叶う事はありませんでした。それはレイの積み上げてきた不の感情を利用した呪いの儀式。レイを中心に広がった闇は瞬く間に領土の人間を殺し、呪いへ姿を変えました。全てを、弟であるロイへ向けて。彼に剣術を教えていた師範は、彼の肉体を剣で刻み殺す呪いに。狩りの師範は、銃や弓矢が体の内から貫く呪いに、屋敷の料理長は、猛毒の呪いに。そして、心の奥底でロイに死んでほしいと願っていたレイは、皮肉な事にロイに不死の呪いを与えました」
「こえー本じゃねーかこれ!!」
読んでる途中で跳びはねたクニーガがベッドの上で丸まった。
これからがいいところなんだけどなぁ。
「まだ序章だけど」
「いい! それオマエにやる!!」
クニーガは本当に怖い話が苦手みたいだ。
この後、不死の呪いを身につけたロイが自分の呪いで傷つきながら戦っていくかっこいいお話だから絶対に好きだと思ったのに。
「ごめんクニーガ、今度はもっと楽しい本にするよ」
「……絶対だぞ」
「うん」
丸くなって震えているクニーガの背中をポンと叩く。
謝ったら拗ねた顔だけど振り向いてくれた。
「オッチャンの頼みだかなんだか知らねーけど、ネーチャン達ばっかに構いすぎなんだよ」
「え?」
拗ねた口調でまた僕に身を寄せるクニーガ。
突然の事に、僕の胸の鼓動が跳ね上がった。
「近くにいんのに、他に夢中だと、なんか、つまんねー」
「……クニーガ?」
途切れ途切れに言葉を繋いでいく。
普段見ないその姿にどうしたのだろうと覗き込もうとして、顔を両手で掴まれた。
「オレをみろ」
目の前の、視界全部のクニーガの表情は不安に満ち溢れている。
見たことのないその顔に、僕は言葉を失ってしまった。
「オレもオマエをみててやる」
「う、うん」
ようやく絞り出した言葉は短く、首を縦に振る事しかできない。
いつも元気で、強くて、一緒にいるから気づけなかったのかもしれない。
クニーガだって、僕と同じで弱い部分があるんだ。
それを今回、僕は無意識に刺激してしまったのだろう。
「あー! スッキリしたー!」
「…………え?」
だから急に笑顔でベッドに倒れこんだクニーガを見て、僕は目を丸くする事しかできなかった。
「オマエ見てて、ずっと言いたくても言えなくてモヤモヤしてた! 超スッキリ!!」
「…………」
そんな恥ずかしい事よく言えるね、君。
僕はさっきの事でドキドキしっぱなしだっていうのに。
けど、これがクニーガなんだよね。
「はぁ……」
いつかの夜みたいに、僕もクニーガの横に倒れこんだ。
全身無気力の脱力だ。
「なー、結局オッチャンに何を頼まれてたんだ?」
「ピーネさん達の恋の行方とか人間関係とか……」
すっかりいつも通りになったクニーガ。
放心状態のまま質問に答えていく。
「やっぱりか! 赤ネーチャンもさっさと言えばいいのになー」
「それが出来ないから、ピーネさんもヴァルコさんも苦労してるんだと思うよ……」
やっぱりって、そう思ってたなら、さっきまでのクニーガはなんだったの。
「けど、うらやましーよなネーチャン達」
「羨ましい?」
「だってそうだろ? オッチャンに心配してもらえてるんだぜ? オレなんて何もねーよ」
「そんな事はないよ」
ヴァルコさんの気持ちを聞いているから、僕はすぐにそれを否定した。
クニーガだって愛されている。
冗談っぽく言っているけど、さっきの事もあるし、内心は寂しいのかもしれない。
「あん? 何でオマエがそんな事わかるんだよ」
「いや、だって」
またさっきみたいな顔をするクニーガは見たくなかったから。
「クニーガには、僕がいるでしょ」
思った言葉が、そのまま口から飛び出した。
「……………………あ?」
長い沈黙の後に、クニーガが口を開いた。
その瞬間、自分が何を言ったのか、僕はようやく理解する。
「く、クニーガ! その!」
「かえる」
何て言ったらいいか分からないまま、慌てて声をかける。
スッと、静かに起き上がるクニーガ。
「あの……クニーガ?」
「帰る」
ローブを深く被り、僕に視線を合わせず、スタスタと窓ガラスへ向かい、開けた。
「帰る!!」
窓から勢いよく飛び出す刹那、風によって捲れるローブ。
真っ赤になったクニーガの横顔が、僕の脳に焼きついた。
置いていかれた本のページが風によってペラペラと音を立てる。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああっっっっっ!!!!!」
誰もいなくなったベッドの上で、自分の言った言葉を思い出してひたすら悶え続けた。




