第34話 ピーネ・ムート
「おっはよう! 今日も一日がんばってこー!」
ピーネ・ムート。
ムート家の長女で長く赤い髪をどうぐ屋ライオック指定の紅いバンダナで一本に纏めている、表面上はしっかりものの女性だ。
料理は当然として裁縫が得意な彼女は自分の家の制服を縫い直してライオック用に作った白のパンツスタイル。
本人曰くおしゃれの最先端らしい度の入っていない縁なしメガネで理知的な容姿、その内から滲み出る人当たりの良さ、身につけたライオックの紅いエプロンが家庭的でとてもいい、とお客さまに男性が多いライオックで彼女のファンはとても多い。
女性のお客さまからの、仲間に普段話せないような相談にも乗っているようだ。
トリイトさんやネメシーさんが手伝ってくれていた時の人気も凄かったけど。
『あの二人は元冒険者で賞金稼ぎ、同じ視点で見てくれる仲間という気軽さがある、だがピーネさんは帰る場所を捨て無謀な冒険を続ける俺たちの手助けをしてくれながら帰れる居場所に昇華していった。こんなの、地元の宿屋の娘にしかできねぇ。この違いがわかるか?坊ちゃん』
と、常連の一人であるクロウウェルさんが熱弁していた。
全てはわからなかったけど、トリイトさんとネメシーさんも同じ事を言ってくれた。
冒険者、お客さまにそう思っていただけると凄く、嬉しい。
「ふぁ……、起きんのはえーんだよ、赤ネーチャン」
「何でいるのクニーガ」
僕が朝起きて店の準備を始めようとすると、いつもピーネさんに先を越されている。
この家に住んでいる僕よりも早い、もちろん開店までの時間はたっぷりとある。
いつも申し訳ないなと思っていても、私がやりたいからやってるの一点張り。
今日はそのピーネさんの横に何故か眠そうなクニーガがいた。
大きなあくびをして、伸びをしている。
「ああん? いちゃわりーのかよ?」
「そうじゃなくて、自分の仕事があるでしょ?」
「オマエだってこの前サボってただろうが」
「あれはちゃんとピーネさんに許可もらって」
「まぁまぁ二人とも。ライラ君、今日は忙しくなりそうだからお手伝いをお願いしたの。ね、クーちゃん?」
「……おう。感謝しろよ」
まだ眠そうにお腹をかきながらピーネさんと目を合わせるクニーガ。
「そうだったんですか。ありがとうございます」
「昨日も一昨日もいつも見るお客さまが少なかったからね。今日ぐらいになりそうかな」
「そうなると大変ですね。配達の依頼も少なかったので」
「んー?」
来ていただくお客さまの数にも、波がある。
最近は平均的に増えてきているけど、たまに急に少なくなるんだ。
皆が皆同じ生活を送っている訳ではないので、こういう時がある。
この頃お客さま少なくてどうしたのかな? と思っていたら次の日に大勢襲来する、みたいな。
その予想が外れる時もあるけれど、それも全部偶然が重なった結果だ。
だから今日がどうなるかはわからない。
だけどクニーガはそろそろちゃんと目を覚まそうか。
ああ、もうムートの制服もそんなだらしなく着てちゃ恥ずかしい……?
「そういえばクニーガ、バンダナとエプロン持ってないよね?」
「……ばんだな?」
「今、寝てたでしょ?」
「寝てねーよ」
「はいはい。クニーガが手伝ってくれるのはじめてだよね? どうぐ屋ライオックでは指定の紅いバンダナとエプロンを身につけて仕事をする決まりがあるんだよ」
「なんだそれ、めんどくせー」
「冒険者のお客さまは色々な格好の人がいるから、僕たちが店の人だってわかるようにする為だよ。クニーガだっていつもその制服着て仕事してるでしょ?うちはそれがバンダナとエプロンなだけ」
「なるほどなー」
「だからクニーガに予備を」
「いや、オマエの借りるわ」
「え? ちょっ、ちょっとクニーガ!?」
僕が頭に巻いていたバンダナと身につけていたエプロンが、クニーガに無理やり奪い取られた。
ムートのフリフリミニな制服の上にエプロン、バンダナは首に巻いてスカーフのように。
元は同じ制服でもロングパンツとスカートの違い、見慣れているピーネさんと新鮮なクニーガ。
「キャー! クーちゃん似合ってる! 可愛い!」
「どうだ? かっけーだろ」
「ああ、うん……」
普段見ない姿に対するドキドキと、急に山賊に身包み剥がされた時みたいなドキドキが共存している。
ところで何で僕の奪ったの?
「うんうん、やっぱり格好は大事! 私も縫い直した家の制服の上からライオックさんのエプロン。そう、ムート家の白を包み込むライオック家の紅! 私は今、ライオックさんの胸の中……ふふ、ふふふふ。あ、ライラ君すぐに予備持ってくるからクーちゃんと待っててね!」
エプロンごと自分を抱きしめクネクネと気持ち悪い動きのピーネさん。
スキップをしながら奥へ消えていった。
幸せそうだなぁ、あの人。
「くんくん。……ふーん」
「何してるの」
「べつに、なにも」
目を離したすぐ横で、スカーフのように首に巻いたバンダナの匂いを嗅いでいるクニーガ。
獣人で鼻が良いから気になるのだろうか。
僕のなんだけど、それ。
視線を向けるとそっぽを向かれてしまった。
「いらっしゃいませー。飲食店ムート、じゃなくてどうぐ屋ライオックにようこうおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっっ!!??」
その日のライオックは戦場だった。
開店の合図をしたいと言うクニーガが入り口の両開きの扉を開いた瞬間に我先にと冒険者たちが雪崩れ込んでくる。
クニーガは一瞬でその波に飲み込まれていった。
「クニーガ! 倉庫から追加でやくそうとポーション、それから麻痺治し用のポーションの箱も持ってきて!」
「ああ!? どれかわかんねーよ!」
「緑色と深い緑色の木箱! あと黄色も鮮やかな方ね!」
「なんで色被ってんだよ! もっとわかりやすく分けろよ!!」
途切れないお客さま、飛ぶように売れていく商品。
ごった返しの店内にクニーガの叫びが響いた。
「おいあんた! 並んでるんだからちゃんと順番守れよ!」
「はあ? 冒険者なら先に奪ったもん勝ちだろ?」
「公共の場でのルールは守れ! あんたみたいな奴がいるから他の冒険者の評判まで下がるんだ!」
「おいおいおいおい、やんのかてめぇ!!」
「お客さまー、店内での乱闘は他のお客さまの迷惑になりますのでご遠慮くださーい。もしそれでも納得いかずにライオックさんの大切なお店を荒らすのなら、表出ろコラ」
揉めだした大柄のお客さまの首筋に優しい口調でハイキックをするピーネさん。
喉を横から抉り落とす勢いのキレのある蹴りは寸止めされ、大柄のお客さまは冷や汗を流した。
「あれは……ムート家に伝わる幻の蹴り! 俺も悪酔いしてる時に一回食らったなぁ。あの時は死んだと思ったもんだ!」
「だろー! 赤ネーチャンすげーんだぜ!」
その様子を見ていたクニーガとクロウウェルさんが興奮した様子で騒いでいる。
お客さまのクロウウェルさんはともかく、仕事してよクニーガ。
「今日は客がすげぇな……悪い、今から俺も手伝うわ」
「ら、ライオックさん!? いえ、これぐらいへっちゃらですぅ!」
「てめぇゲルジッド何今さらいい顔して出てきてんだ!?」
「ピーネちゃん頑張ってんだから余計な水指すな引っ込めゲルジッド!!」
「俺らのピーネちゃん泣かしたら許さねぇからな!!」
「トリイトちゃんとネメシーちゃんは次いつ来るんだオラァ!!」
「うっせぇなぁ!? 出てきた瞬間に違う言葉一度に浴びせんな! ここは俺の店だ馬鹿野郎共! 文句ある奴全員表出ろ!!」
店頭に顔を出した瞬間にお客さまから総スカンを食らうゲルジッドさん。
ピーネさんと似たような事を言っている、こういうところはお似合いだと思う。
だけどゲルジッドさんは本当に大量のお客さまを連れて外に出ていってしまった。
騒ぎや賑やかな事が大好きな冒険者の大半が店から消えてしまう。
「どうぐ屋ライオック大特価のやくそうポーションセット、今なら安くしとくぜ?」
しばらくして戻ってきたゲルジッドさん。
店の外に倒れこんだ大勢の冒険者たちの目の前に座り込んで、やくそうの葉とポーションの瓶を悪い笑顔でちらつかせている。
あの、その売り方は、ちょっと……。
「ライラの飼い主超つえーな!!」
「あぁ、幾度となく危険にあってきた俺でも彼の実力には震えてしまう」
「はぁ……いざという時に頼れるその姿、すき……」
極めて自然に野次馬に混ざっているクニーガとクロウウェルさんとピーネさん。
僕だって凄く見たかった。
だけど皆すぐに外に飛び出してしまった為、僕がお店に残るしかなかった。
『本日の営業は終了しました。どうぐ屋ライオック』
そう書かれた看板を店の外に飾る。
ガラリとお客さまのいなくなった店内を見て、ようやく終わったとため息をつきながら中に入っていく。
「ら、ライオックさん! お顔に傷が……!」
「ん? さっきの客と遊んだ時のやつか? これぐらい大丈夫だ」
「駄目ですよ! しっかり消毒しないと! 今手当てしますからジッとしていてください!!」
「そ、そうか? 悪いな、こんな事までしてもらって」
「そうだぞ赤ネーチャン。この程度の傷なら舐めときゃいーんだよ」
「な、舐めぇっ!?」
「いってぇっ!?」
「あぁ!? ごめんなさいライオックさん!!」
カウンターの横で、少しいい感じだったゲルジッドさんとピーネさん。
クニーガの余計な一言で顔を真っ赤にしたピーネさんがゲルジッドさんの顔面に消毒液をぶちまけた。
傷口と目に入り込んだ消毒液に悶えるゲルジッドさん。
「だ、だだだ大丈夫ですか!?」
「お、おう……これぐらい、砂漠羊に飲み込まれそうになった時に比べれば、全然……」
自分の髪を結んでいたバンダナをすぐさま差し出したピーネさん。
それを受け取って顔を拭くゲルジッドさん。
え、飲み込まれる?
そんなに危険な生き物なの砂漠羊?
「色々あったが、ありがとうな。これ、洗って返すから」
「大丈夫です」
「ん?」
「そのままお返しいただければ大丈夫です」
「けど消毒液でベタベタだぞ」
「私が処理しますので大丈夫です」
「あぁ……なんか悪いな」
ゲルジッドさんからバンダナを奪還したピーネさん。
笑顔の裏に、えも言われぬ執念を感じた。
その光景を見て、僕も思い出す。
「クニーガ、その貸したバンダナとエプロンなんだけど」
「嫌だ」
「まだ何も言ってないよ」
「これはもうオレのだ。渡さねー」
自分の身を守るように椅子に座りながら半身になって背中を丸めるクニーガ。
気に入ったのかな。
「クニーガがそれでいいなら、別に。僕も予備があるし」
「さんきゅー!」
威嚇するみたいに強張った表情がパァッと明るくなった。
その変化にまた僕はドキッとしてしまう。
「おーおー、お暑いねぇ。坊ちゃん」
「よかったねぇ。譲ちゃん」
「あん? 何だ急に?」
「クニーガ、そろそろ配達に行く時間だから準備しようか」
自分達の事は棚に上げて、生暖かい視線を送ってくる二人から逃げるべく立ち上がった。
どうやらこの店にも今の僕の味方はいないみたいだ。
うん、ピーネさんは、この二人は大丈夫。
だって人の事をおちょくる余裕があるんだから。
「えー、忙しかったんだしもうちょい休もーぜ?」
「帰りに好きな本かお菓子買ってあげるから」
「よっしゃ! お客さんがオレたちを待ってる! すぐオッチャンに料理貰ってくる!!」
「あ、クニーガ僕も行くよ! 一人じゃ持てないでしょ!!」
ペタンとカウンターに伏せるクニーガを懐柔するのは簡単だった。
元気に店を飛び出したクニーガ。
メインストリートを行き交う馬車に轢かれそうになりながら、急いで荷車を引いてその背中を追った。
「楽しそうだなぁ、ライラ」
そんな僕の背中を、様々な感情が混じった目でゲルジッドさんが見つめていた事を僕は知らない。
「クーちゃんも、ライラ君に会えて良かった」
ピーネさんも、ゲルジッドさんの横で僕たちを優しく見守っていた。
開かれた両開きの扉が、ゆっくりと閉じる。
「……ライオックさん、この後、お、お暇……ですか?」
「ん? まだ仕入れも必要ないし、細かい仕事ぐらいかな」
「も、もももしよろしければ、お食事でも、どうでしょう!?」
「お! ヴァルコさんの店か。直接行くのは久しぶりだ」
「い、いえ! たまには違った、私お勧めのお店があるのでそちらに!!」
「へぇ。ピーネさんのお勧めなら、楽しみだ。よろしく頼むよ」
「は、はいぃ!!」




