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奴隷商人とエルフさま  作者: 遊命月
第3章 誰かの愛と、旅立ちと
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第33話 スィーネ・ムート

「店主、息災か」


 スィーネ・ムート。

 ムート家の三女で青いロングヘアが特徴のミステリアスというか独特な雰囲気の女性だ。

 おっとりしているように見えて調理、接客、配膳に会計まで全てを最適解と思える俊敏な動きで走り回る小柄な彼女にもファンが多い。

 ただヴァルコさんが言うように、仕事以外で他人と話している姿をあまり見た事がない。

 

「また来たのか。あぁ、おかげさまで。あんたも好きだねぇ……」


 ファンリネーラのメインストリートからかなり外れた位置の裏路地。

 人通りが少なく周囲の立地のせいで薄暗いその場所に、黒い帽子を目深にかぶったボロボロの身なりの老人が座っていた。


「青ネーチャン、いつもこんなとこ来てんのか。ところであのジーチャン誰だ? ひょっとしてあれが番いか? 黄ネーチャンと同じ趣味してんのか青ネーチャンも」

「違うよ。彼は露天商のホークビットさん。元旅人で過去に集めた珍しい本を売っているんだ」

「あー、青ネーチャンの部屋に死ぬほどぶちまけられてるあの読めねー文字の本か」

「ぶちまけられてるって……」

「オマエ知らねーだろ、青ネーチャンの部屋。考えなしに入ったら埋もれて死ぬぞ」


 二日目、今日は三女のスィーネさんについて調べている。

 昨日の失敗を反省して今日は仕事終わりからの調査だ。

 今日も何故かいつのまにかクニーガがついてきている。


「ダスト・ボルディの書物はあるか?」

「あるよ。あんな国について知りたがるのはあんたぐらいだからねぇ……」

「むふー。感謝する」


 ホークビットさんにお金を支払い、満足そうに買った古本を両手で抱きしめながら更に路地の奥へ向かうスィーネさん。

 僕たちもその後を追う。


「青ネーチャンの買った、ダス……なんだ?」

「ダスト・ボルディ。数百年前に内乱で滅んだ西の大国だよ。ホークビットさんお久しぶりです。今の人が買った本、もう一冊ありますか?」

「オマエもかよ」

「珍しい顔だ。まだあるよ。人気無いからねぇ……」

「ありがとうございます。これ、代金です。また会いましょう、お元気で」

「買うのかよ」

「はい、あげるよクニーガ」

「いらねーよ」

「本好きでしょ?」

「これむずかしーやつだろ?」

「ロイ・ガディゴットていう呪われた没落貴族の息子が国に復讐するお話だよ」

「かっけーな、それ」

「好きだねぇ……」





 裏路地を進むと周囲の家屋は少なくなっていき、かつて家があった土地からは手入れのされていない木々が無造作に育ち、日の光を遮断する。

 僅かな木洩れ日を頼りに道を進むと、開けた共同墓地へ抜けた。

 墓地の先にある小さく古びた教会の入り口にスィーネさんの姿を見つける。

 僕とクニーガはとっさに近くのお墓の影に隠れた。


「お、おい……! こんなやばそうなとこに隠れていーのかよ!?」

「周りに人いないし少しぐらいなら大丈夫でしょ」

「そういう事じゃねーよ! 誰かの墓なんて何あるかわかんねーだろ!!」

「そう? その誰かも死んでいるんだから何もできないでしょ」

「……オマエよえーくせに、そういうとこあるよな。つーか勝手にどっか行くなよ? 絶対だぞ!」

「はいはい」


 僕が逃げると思っているのか、クニーガは後ろから僕の服を掴んでいる。

 掴んでいるというか背中の肉まで握られてしまっているのでけっこう痛い。

 クニーガ、こういうのは苦手なんだね。


「あら? 今日こそお祈りですか?」

「だべりにきた」


 静かに教会の扉が開き、中から細身のシスターが現れた。

 彼女を照らす木洩れ日は場所も相まって神々しく感じ痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!


「おいおいおいおいおいおいおいおいおい! 出てきた! なんか出てきた!! 青ネーチャンがあぶねーよ!?」

「痛いってクニーガ! セイディさん! あの教会のシスターで孤児院の管理をしてる人だよ!!」

「な、なんだ……めっちゃいい奴じゃねーか。おどかすなよな」

「まず君は僕に謝って」


 爪を立てるから凄く痛かった。

 服とか大丈夫かな?

 背中、痕になってそうだ。


「そんな事言わずに。神はいつでも受け入れてくださりますよ」

「今いない神より、人。つまりあなただ」


 目の前で手を合わせるシスターのセイディさん。

 その顔に向かってスィーネさんは指差した。


「青ネーチャンにもダチ、いるじゃん」

「そうだね。あんなスィーネさんも見たことないや」


 お墓の影からその様子を覗き込む僕。

 その僕の影から覗き込むクニーガ。

 クニーガ、今度は肩が痛いよ。


「私は神の使い、私の言葉ならあなたに届くと?」

「神などいない、この本にもそう書いてある」

「邪教ですね、燃やしましょう」

「やってみろ、これは私の宝だ」


 仲良さそうに、あれ?

 不穏な雰囲気なんだけど大丈夫?


「今ならまだ神も寛大な心でお許しになるでしょう。こうべを垂れ祈りを捧げるのです」

「無神論者なのでな、祈る神はいない」

「ならばこの場所から去りなさい」

「あぁ、また来る」


 一触即発の雰囲気で何度か言葉を交わし、シスターに背を向け歩き出したスィーネさん。

 殴り合いの喧嘩にでもなったらどうしようかと思ってヒヤヒヤしていたから何もなくてよかった。


「盗み聞きとは感心しませんね。ですが、神はその罪を許します。お祈りですか? 懺悔ですか?」

「え?」

「ひゃあっ!?」


 背中から突然、声をかけられた。

 僕の後ろにくっついていたクニーガが、可愛い悲鳴を出して跳びはねる。

 後ろを振り向くと、教会の入り口にいた筈のセイディさんが僕たちを見下ろしていた。





「私の為に一曲、頼む」


 時刻は夕暮れ、そろそろ戻らないとピーネさんが困ってしまう時間帯だ。

 セイディさんに捕まった僕たちはあの後に教会の中へ。

 小動物のように震えるクニーガを置いて懺悔室へ連れて行かれた。

 神の名の下に、友達の普段聞かない可愛い悲鳴でドキッとしてしまった事を懺悔した。

 許してもらえた。

 だけど一人にしてしまったクニーガに凄く怒られた、ごめん。


「お、おい! 青ネーチャン私の為にだって! しかも男だぞ! 今度こそ番いか!?」

「違うよ。あの人は吟遊詩人のジェルカーナさん。一年前から次の旅の資金を集める為にファンリネーラで詩を披露しているんだ」

「なんでそんなめずらしー奴ばっか知ってんだよオマエ」

「え? 配達の時によく見るでしょ?」

「見ねーよ。つーかそれだけでわかるオマエがこえーよ」


 クニーガの言う怖い、は、強い。

 つまり少しは僕を認めてくれたのだろうか、少し嬉しい。

 懺悔してよかった、神様ありがとうございます。


「麗しい青髪の令嬢。我ら民草の為に身を粉にして美味しい料理を提供してくれる貴女に、ふさわしい詩。どうか、貴女自身の手で教えてはくれないか」

「ほう。私を知るとは博識だな」

「好物は、砂漠羊のソテー」


 砂漠羊、昨日もケルネさんが言ってたっけ。

 食べた事ないんだけど、美味しいのかな。


「なー、アイツ何言ってんの?」

「何って?」

「最初から全部」

「スィーネさん、私たちにいつも美味しい料理を作っていただきありがとうございます。砂漠羊のソテーが私は大好きです。お礼に詩は貴女が好きなものにするので教えてください、って言ってるよ」

「すげーなオマエ」


 今日クニーガがよく僕を褒めてくれる。

 神様、本当にいるんだ。


「では、現在この国を賑わすあの詩を頼む」

「承知いたしました。紅坊ちゃんと白譲ちゃん、ですね」


 神なんていない。


「帰るよクニーガ」

「え? 詩は? これからだぞ?」

「もう暗くなるし、ピーネさんも待ってるから」

「詩ならすぐ終わるって! ちょっとだけ」

「ヴァルコさんに怒られるよ」

「けど青ネーチャンも」

「クニーガ」

「お、おう……」


 吟遊詩人のジェルカーナさんが詩を紡ぐ前にこの場を後にする。

 名残惜しそうなクニーガの手を引きながら足早に、逃げるように。

 スィーネさんも大丈夫だ。

 本を買って、教会に足を運び、詩を嗜む。

 とても素晴らしい事じゃないか。

 教養の豊富な彼女なら、ヴァルコさんも一安心だ。

 だからさっさと怖ろしい詩が聞こえる前にクニーガと帰るんだ。


「私を探るにしては、クーちゃんもライラもやり方が甘いな。それが通じるのはケル姉だけだ」

「はい? いかがなさいましたか?」

「いいや、なんでもない。今日は良き日だった。今を駆けるとびきりの愛の詩を頼む」

「もちろん、この魂に誓って奏でましょう。若き奴隷たちの賛歌を」

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