第32話 ケルネ・ムート
「三番日替わり二つ入りまーす! はーいお待たせしました砂漠羊のソテーでーす! 熱いので気をつけて食べてね!」
ケルネ・ムート。
ムート家の次女で黄色いショートヘアが特徴の明るく活発的な女性だ。
誰にでもフレンドリーな性格の彼女は老若男女問わずファンが多く、姉のピーネさんがどうぐ屋ライオックに来た事もあって飲食店ムートの新しい看板娘として頑張っている。
ところで砂漠羊ってなんだろう。
「やっぱいいよなぁ、ケルネちゃん。嫁にしてぇ」
外のオープンテラスに設けられたテーブルから、店内を笑顔で忙しなく動くケルネさんを眺める強面の冒険者が呟いた。
昼から大ジョッキで酒を飲む緑髪を逆立てた男性はクロウウェルさん。
鍛え上げられた上半身に刻まれた冒険の傷痕を隠さず晒す男らしさ。
ファンリネーラを拠点にしている冒険者の一人で、どうぐ屋ライオックの常連のお客さまだ。
「ケルネさん、年上が好きらしいですよ。それもヴァルコさんより年上がいいみたいです」
「そうなんだよなぁ。何回アタックしても断られちまうんだ。……若返りじゃなくて老ける薬探す旅もありだな」
一緒に窓から店内を覗き込みながらそんな会話を交わす。
初めは怖かったけど、仲間思いのとても優しい人だ。
「それにしてもライオックの紅坊ちゃんが、こんな時間にここにいるの珍しいな」
「気にしないでください。ちょっとした調査です」
「なるほど。なんかしらねぇが面白そうだ」
ヴァルコさんのお願いの為、今僕はこうして食事をしている冒険者さんたちに混ざってケルネさんの調査を行なっている。
長女のピーネさんはいつでも会えるので、まずは次女のケルネさんからだ。
「何やってんだ、オマエ?」
「うわっ!?」
窓ガラス越しに店内のケルネさんを眺めていたら、突然クニーガが中から僕を覗きこんできた。
急に目の前にクニーガの顔が広がり驚いた僕は、椅子ごと床に倒れてしまった。
「おい坊ちゃん大丈夫か? 酔っ払ってねぇのに気をつけろよ?」
「いてて……」
笑いながらクロウウェルさんが手を差し出してくれたようだ。
痛む腰をさすりながらその手を握る。
冒険者の男性の手にしては小さく、柔らかい。
「まだ配達の時間じゃねーのに何してんだ? サボりか?」
「く、クニーガ!?」
「んだよ、さっきから人の顔見て叫んでうるせーな」
声をかけてくれたのはクロウウェルさんで、実際に手を貸してくれたのは外に出てきたクニーガだったみたいだ。
僕の前でしゃがみこんで手を貸してくれるクニーガの、フリフリミニな制服から伸びる白い足を見て慌てて視線を横に向ける。
凄くいい笑顔のクロウウェルさんと目が合った。
僕この顔、知ってる。
「坊ちゃんをあまり悪く言わないでくれや譲ちゃん。俺の話に付き合ってもらってたんだわ。男同士の語り合いをしながら、坊ちゃんは頑張って働く譲ちゃんを見ていたって訳だ」
「え、ちょっ、クロウウェルさん!?」
「男同士の語り合い……なんか、かっけーな」
クニーガの尻尾が大きくゆっくり振られている。
僕がクニーガを見ていた事にされそうなんだけど、そっちは気にしてないみたいだ。
「そんな訳で悪いな。次の仕事まで坊ちゃん借りてるわ」
「しゃーねーなぁ。オマエもオレのかっけーところ見ながら待ってろよ?」
「あ、うん」
尻尾を振りながら上機嫌で店内に入っていくクニーガ。
昨日の今日で、ヴァルコさんとの会話の後にその笑顔を意識するなって方が無理だ。
「おう紅坊ちゃん、名前みてぇな顔になってんぞ。熱いねぇ」
「誰のせいですか、誰の」
「俺だな、がはは」
クロウウェルさんにからかわれながら、これは失敗だと思った。
そもそも仕事中のピーネさんじゃヴァルコさんも知っている。
酔っ払いにも絡まれるし、時間と場所を変えた方が良さそうだ。
「クーニャン、ボクと一緒に生きよう!」
「ライオ、そんな……俺でいいの?」
「カットカットカーット! 駄目、全然駄目! ライラ君、いやライオ君はそんな力強くない……もっとひ弱に、だけど胸の内に芯を持って! クーちゃん、じゃなくてクーニャンも喋り方からなってない! いいの? じゃなくて、いいのか? そっちでいこう! はいスタート!」
ファンリネーラの閑静な住宅街の一角にある緑豊かな公園の広場で、見たこともないケルネさんの姿を目撃できた。
何故か見たことあるどうぐ屋の制服を着た男装の女性と、これまた見たことがある飲食店の制服を着ている付け耳をした女性を前にして、ベンチに座りながら足を組み、指示を出している。
いつも笑顔を振りまく彼女からは想像できない程に厳しい剣幕。
だからこそ、僕は影に隠れながら頭を抱えた。
「ああああああああああああああああああああぁぁ……」
「なーなー、さっきから何してんだ?」
配達の仕事の途中で住宅街に向かうケルネさんの姿を見かけた僕は、早々にその日の仕事を終らせた。
ピーネさんに夕方までに戻りますと了承を得て、住宅街を駆け回りようやくこの公園で見つける事に成功した。
いつの間にかクニーガが僕の後ろにいるけれど、今はそれどころではない。
「じゃあ次! 姉に見惚れるライオ君に嫉妬するクーニャンのシーン、いってみよう!」
「カントク、今日は私たちしか」
「ライオくんは自分のことを私なんて言わない! 演技外でも役になりきって、ライオ君を心に宿すの!」
「けどさー、実際に相手がいないと」
「その姿勢は合格! だけど惜しい! 正解は、けどよー。クーニャンはもっとぶっきらぼうに! 大丈夫! 姉役は、私がやる!」
「カントク自ら!?」
「本人登場!?」
立ち上がったケルネさんに跪く女性二人。
何してるの、あの人、何をしているの?
「なーなー、黄ネーチャンたちばっか見てないで相手しろよー」
「クニーガ、ケルネさんって家でもあんな時があるの?」
「あん? 怒らせると赤ネーチャンよりこえーよ?」
「僕はムート家が怖いよ」
「なあ! それってオレもか? オレもこえーか!?」
「何で嬉しそうなの」
「こえーって事は、つえーって事だろ?」
「……僕は君の、その前向きさを尊敬するよ」
「変な奴。悪い気はしねーけど」
木陰の中の僕を上下左右に揺すってくるクニーガの相手をしつつ、ケルネさんの監視を続ける。
さっきから僕の腰にビシビシと当たるクニーガの尻尾がとても気になる。
「ヴァレリオさん、いえお義父さん! クーニャン、娘さんをボクにください!」
「ふぉふぉふぉ、大事な娘をくださいとな? 君を料理してやろうか!」
「プッ……おっちゃん、俺からもたの、む……フフッ」
「ならーん! ふぉふぉふぉ、誰が認めるものかぁ! ふぉふぉふぉふぉふぉ」
「ブフッ!? もーケルネちゃん真面目にやってよぉ!」
「え、駄目!?」
「絶対に笑わせようとしてるよね!」
「お父さん、本気で怒ると死ぬほど怖いから優しくしてあげようと思ったんだけど、駄目だった?」
「さっきまでの本気じゃなきゃ意味ないよ!」
「そうしないと完璧な、紅坊ちゃんと白譲ちゃんにならない!」
「二人とも……ごめん、私が間違ってた。今から本気でいくよ!!」
叱咤激励し、抱き合う三人。
美しい友情の姿、僕は下唇を噛み締める事しかできなかった。
「なーなー! 黄ネーチャン達がやってんの、劇の練習じゃね!?」
「うん、そうだね、帰ろうか、クニーガ」
「えー! 面白そうだからもっと見てこーぜ?」
「今見ちゃったら……本番、楽しめないよ?」
「ちょっとだけ、もうちょっとだけ!」
「帰ろうか、クニーガ」
「もう少し」
「帰ろう」
「お、おう……」
これ以上は心が限界だった。
ケルネさんはともかく、他の二人は真剣にやっている事が伝わってくる。
それでも、自分を元にした話を見るのは羞恥心が、こう、凄い。
物語の都合上、なんだか知らない話が脚色されているし、これ子供達に見せるの? 正気?
僕は正気を保てそうにない。
そんな僕をよそに、わがままを言うクニーガをなんとか説得できて本当に良かった。
うん、ケルネさんの調査はこれで終わり。
ヴァルコさんが心配する事なんてなにもない。
その代わり、僕の心配事が明確になってきてしまった。




