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奴隷商人とエルフさま  作者: 遊命月
第3章 誰かの愛と、旅立ちと
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第31話 父として

「ヴァルコさん、お皿全部洗い終わりましたのでこちらに置いておきますね」

「ありがとうライラ君。助かるよ」

「いえいえ。ご馳走になったのですから、これぐらいはさせてください」

「客人なのに悪いね。食後のドリンクを持っていくから座って待っていてくれ」

「ありがとうございます」


 ピカピカになったお皿たちを眺めながら清潔なタオルで手を拭いた。

 飲食店ムート。連日、主婦から冒険者まで様々なお客さまを対応しているヴァルコさん自慢のキッチンはありとあらゆる所の清掃が行き届いている。

 彼の料理人としてのこだわりを肌に感じながら僕は誰もいなくなった店内のテーブルに座った。

 時刻は夜、さっきまでヴァルコさんたちムート家と一緒に食事をしていた場所だ。

 今はみんな、やる事があると言って二階の部屋に戻ってしまった。

 いつもクニーガは暇して残っているんだけど、今日は珍しく一緒に二階へ向かっていった。

 ぼんやりと広い店内を照らす魔石灯の光がゆらゆらと揺れる。


「旬の果実のドリンク。手伝ってくれたお礼だ」

「ありがとうございます。けど、僕もお世話になりっぱなしで」

「それはお互い様だろう。これは私の個人的なお礼だ。受け取ってくれ」

「では、お言葉に甘えて」


 柑橘の香りとすっぱさが口いっぱいに広がる。

 後から苦味と酸味が襲ってきた。


「スッキリするだろう? まあ、家族全員これ嫌いなんだけどね。クニーガは特に」

「そうですね……わかる気がします」


 僕の反応を見て苦笑いを浮かべるヴァルコさん。

 だったらどうしてと思うけど、こういう所を見ると、ピーネさんの父親なんだなと思う。


「ふぅ」

「大丈夫ですか?」

「おかげさまで最近客入りが良くてね。君も同じだろう?」


 向かいの椅子に深く座り込んだヴァルコさんが疲れた様子で眉間に手を当てる。

 冒険者が増えている。

 それはつまりファンリネーラを訪れる方が増えるという事。

 店としては嬉しいのだけど、その分忙しくなるのも当然の事だ。

 だから、申し訳なくも思うんだ。


「娘は、ピーネはどうだい? 失礼していないだろうか?」

「いえいえ、そんな事はありませんよ。特に接客と会計はこちらでの経験があるので僕も学ぶ事が多いですし、僕とクニーガが配達に行っている間のライオックの雑務をやっていただいています。僕とゲルジッドさんだけでは最近のお客さま全ての相手はとてもじゃないですけど難しかったと思いますので凄く助かっています」

「そういって貰えると、父としてはとても誇らしいよ。仕事の話を聞いても照れて教えてくれないんだ。反抗期かな?」

「違うと思います」

「だろうね」


 目を閉じながら自慢の立派なヒゲを撫でるヴァルコさん。


「我が娘ながら、難儀な恋をしているなと思うよ」


 遠い目でグラスを見つめる


「娘が決めた事だからね。幸い、目の届く範囲にいてくれるだけで親としては安心なんだ。これではいつまで経っても娘離れできないのだけどね」


 ははは、と笑うヴァルコさん。

 家族をとても大切に想っているのだろう。


「私としてはさっさと想いを伝えて、玉砕するなり第二夫人に落ち着くなりしてほしいのが本音だ。あいつも幸せなのだろうが見ている私としては胃が痛くなる」

「は、はは……」

「他の国ならともかく、ゲルジッド君の稼ぎならファンリネーラで第二夫人を迎える事も可能だろう。私と同じく一代でこの場所に店を築いた手腕は当然評価しているし、客への想いも本物だ。ただなぁ、ピーネは奥手すぎるし彼は彼で目の前の事に没頭する男だからなぁ。まぁ、仕事が忙しいのはわかるが自分の子供当然である君に寂しい想いをさせているのはいただけないがね」

「そのおかげで僕は、ゲルジッドさんに育てていただいていますから。それに……」

「それに?」

「親、というよりは歳の離れた頼れる兄と思っていますので。……これ、内緒ですよ?」

「それは君の口からぜひ、彼に伝えてあげたまえ」


 暖かい笑みを向けられる。

 誰にも言っていなかった事をつい言ってしまい、恥ずかしい。


「ライラ君はまだ彼の婚約者を知らないと言ったね」

「はい、聞いても教えてくれないんですよねゲルジッドさん。事情があってファンリネーラに来れないとだけ」

「それでもここに店を建てた彼を私は尊敬するよ。人生、やれる事はやった方がいい。後悔は後だ」


 ヴァルコさんの言葉からこれまで彼がどう生きてきたか等、様々な重みを感じる。

 その考えの上で、ピーネさんの件も許しているのだろう。


「ケルネもなぁ、お父さんより年上が好きって言うんだぞ」

「はい?」


 ここで急激に話題は次女のケルネさんに移る。


「理想の男性像があるのは構わないが、条件が条件で、私はどうしたらいいかわからない」


 大きな溜め息がこぼれた。

 そういえばそんな事をケルネさんが言っていた気もする。


「まだ見つかっていない事を憂うべきか喜ぶべきか、いざ連れてこられたら私はどうなってしまうのだろうか。私より、年上を相手に!」

「お、落ち着いてください! まだどうなるかわかりませんから!」


 ドリンクの入ったグラスを押さえて震えだしたヴァルコさん。

 思わず立ち上がり、慌てて声をかけそれを宥めた。


「そうだね。すまない、少々動揺してしまったようだ。それで次にスィーネの件だが」

「あ、はい」


 流れるように話題は三女のスィーネさんに移り変わった。

 やっぱりそうなるよねと心の中で思いながら椅子に座りなおす。


「父の私が心配になる程、他人に興味が無い」


 一番深刻な様子で呟いた。

 伏せられて見えないその顔は絶望に染まっているのかもしれない。


「小さいときは将来はパパのお嫁さんになるーと言ってくれた優しい子だ」

「は、はぁ」

「あの子は家族と自分が好きすぎる」


 大真面目に、真剣にスィーネさんについて語るヴァルコさん。

 僕はどういう顔をして聞けばいいのだろう。


「思い返せば学生時代のスィーネが友人を連れてきた所を見た事がない。ピーネやケルネ達によれば虐めとか仲間外れとかはなく人間関係は良好だったみたいだ。ただスィーネ自身が周囲にあまり興味を持たないらしい。本が好きで博識な、知識に貪欲な子で喜ばしい。が、今後の事を考えると不安しかないのだよ」


 ムート三姉妹の末っ子という事でより愛情を持って育てられたのだろう。


「だから君には娘達の普段を調査してほしい」

「だからで続けていい言葉ではないと思います」


 この一家は僕を驚かせないと気がすまない血筋なのだろうか。

 ここ数分の記憶全部無くなったかと思うぐらい、『だから』と繋げた意味がわからなかった。


「一日だけで良いんだ。娘達の、私の目の届かない普段の姿を見て報告してくれるだけでいい! 男の影を見つけて始末しろと言っている訳ではないんだ! 頼む! このとおりだ!!」

「あ、頭を上げてくださいヴァルコさん!?」

「おぉ……引き受けてくれるか?」

「まだそんな事言ってませんけど」

「そうか……」


 パァッと笑顔を浮かべたヴァルコさんは僕の返事を聞いてすぐ俯いてしまう。

 ムート家の、面倒くささのルーツを見た。


「しかし、ライラ君。ここで私に恩を売っておいた方が良いのは、商人の君ならわかるだろう?」

「いえ、わかりませんが」


 俯いたまま脅迫じみた雰囲気と言動に変わったヴァルコさん。

 本当にわからないので正直に言ったらガクッと姿勢を崩した。

 え、なにこれ。


「おほん。君が将来クニーガと籍を入れ、私の事をお義父さんと呼ぶ為の第一歩だと思ってくれ」

「はいぃ!?」


 わざとらしい咳払いの後に、今日一番の爆弾発言を僕に投げつけるヴァルコさん。

 僕が? クニーガと? え?

 最初に会った時にその誤解は解いたよね!?


「現状、複雑だが親としてはクニーガが一番安心して見ていられるんだ。君のおかげでね」

「あ、ありがとうございます……でも! それとこれとは話が違うと思いますけど!」

「違うのかい? 普段家族だけで食事する時はいつも君の事を楽しそうに話してくれるよ?」

「……クニーガが?」


 全然想像つかない。

 今日の食事の時だって、うめー! これもうめー! ぐらいしか言ってなかったのに。

 あの、クニーガが?


「け、けどですね! クニーガはその、自分より強い人が好きみたいで、その!」

「あぁ、聞いているよ。アイツはもっと強くなってもらわねーと困る、って。君の事だろう?」

「え、あ……多分」


 顔が熱い。

 言われてみると思い当たる節が多すぎる。

 普段の言動とか、僕に荷車を引かせる事とか。


「無粋は承知だが、君もゲルジッド君に似ているところがあるからね。子を想う親として手伝わせてもらった」

「……それをピーネさんたちにも、すればいいのでは?」

「私に似て、あの子達は面倒くさい」


 言った、言っちゃったよこの人。

 本音だろうけど、自分を棚に上げて言いきったよ。


「まあそれは冗談としても、君に感謝している事は本当だ。クニーガの事、ありがとう」

「い、いえ。僕もクニーガにはお世話になっていますし、頼りにしていますので」

「そうかい?」

「あっ」


 嬉しそうに目を輝かせないでください。

 本心だけど、つい口から言ってしまったけど。


「言葉が悪くなる、すまない。……奴隷。君と同じ、いや、似たような境遇だからこそ、あの子は君に心を許している。もちろん、それだけではないと思うが、それは君たちのものだ」

「ヴァルコさん……」

「だから私も演劇の紅坊ちゃんと白嬢ちゃんを楽しみにしている」

「だからで繋げないでください」


 この人も! この人もか!

 せっかく忘れかけていたのに!


「正直に言わせてくれ」


 声音は同じ。

 だけど胸に響くものがあった。

 僕と同じ目線で、優しく、穏やかに、言葉を続けた。


「私は奴隷を、買った。家族として迎えたと言えば聞こえは良いだろう。だが現実は買った、だ。私たちがどう考えようがそれが世間の考え方だ。昔にも似たような事を君に話したかもしれない。だからこそ、こうしてファンリネーラの人々が娘を、君たちを受け入れてくれる事がとても嬉しいんだ」


 それは僕だって、同じだ。

 僕が出会った人達は優しい人ばかりだ。

 それを知れたのも、ゲルジッドさんが僕を、買ってくれたから。

 クニーガが、僕の先で手を引いてくれているからだ。

 

「だから他の娘の事もどうかよろしく頼む」

「だからでさっきから全部台無しになってるの気づいています?」


 男手ひとつでムート三姉妹、いや四姉妹を育てている料理人のヴァルコ・ムートさん。

 強く頼もしく見える一方で、娘にとても弱い一面を持っている。

 何度も懇願され、根負けした僕は小さく、首を縦に振るのだった。

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