第30話 新生どうぐ屋ライオック
「なー! 赤ネーチャン聞いてくれよ! 黄ネーチャンのダチが今度演劇やるらしーんだよ! すげーよな! 皆で見にいこーぜ!」
「クニーガ! 実はソフィシエールさんからお菓子貰ってるからこれあげるよ!」
ついさっき聞いた情報を楽しそうに報告するクニーガ。
やっぱりこの子はその題材が僕たちだって理解していない。
「お! マジか! バーチャンありがとなー!」
「僕のも一緒に食べていいよ」
「やりー!」
別れ際の握手の時に後で二人で食べてねと、こっそり握らせてくれた飴玉二つ。
たった二つの飴玉でクニーガの気を引く事に成功した。
今度またソフィシエールさんにお礼言おう。
「演劇かぁ。私もゲルジッドさんと行きたいけどお仕事がなぁ……」
「そうですよね。ピーネさん、兼業で来ていただいているので申し訳ないです」
「ううん。私がやるってお父さんに説得した事だし、いいのいいの」
困った顔で呟くピーネさん。
朝から夕方まではどうぐ屋ライオック、夕方から夜は飲食店ムートで働いている。
数ヶ月前、トリイトさんとネメシーさんがまた賞金稼ぎの旅に出ていったのと丁度同じぐらいから、ファンリネーラでは冒険者の数が増えていった。
冒険者が増えれば、当然お客さまも増える。
今まで同様、僕とゲルジッドさんの二人仕事。
その頃からは、開店からずっとゲルジッドさんも一緒に対応してくれていたけど、それでも連日嬉しい悲鳴が続いていた。
そんな時に立ち上がったのが、ピーネさんだった。
『お昼はケルネたちに任せちゃうけど、夜はちゃんと帰って働くし、向かいだし何かあってもすぐに戻れるからお父さん、お願い!』
ピーネさんの意思で、僕同伴でヴァルコさんに頭を下げた時の言葉だ。
正直地獄だった。
手伝ってくれるというのは純粋に嬉しいけど、僕もヴァルコさんも、ピーネさんがゲルジッドさんに恋愛感情を持っている事を知っているからだ。
あの時のヴァルコさんの複雑そうな顔を僕はきっと一生忘れない。
『クーちゃんもお世話になってるし、恩返しがしたいの! 仕事は違うけどお客の対応ならここで、お父さんのおかげでちゃんと出来るから! はいこれ! 連絡用の魔石筒! なにかあったらこれ使って!!』
その言葉で、折れた。というか、折られた。
あれ以降、頻繁にうちに出入りするようになったクニーガを引き合いに出し、ヴァルコさんを持ち上げながら最終手段でいつでも連絡ができる魔石筒を渡されて、逃げ場を塞がれてしまったのだ。
音に反応して震動し、その音をそっくりそのまま反射する特殊な魔石。それを一対に別けて筒に入れる。その筒に話しかければ、もう片方の筒に入った魔石が震動してその声を離れた場所でも届けてくれる。まだ研究段階でそこまで長い距離、それこそファンリネーラ中とかは厳しいらしいけど、ライオックとムートを繋ぐにはピッタリな道具、それが魔石筒だった。
ピーネさんの貯金をはたいて買われた高額の魔石筒を取り出されて、完全にお手上げ。
結果、ピーネさんの完全勝利。
メインストリートを跨げばお互いの店が目の前にある為、この魔石筒が使われた事はまだない。
「だから演劇はクーちゃんと一緒に楽しんできて。紅坊ちゃん」
「えっ!?」
凄く不気味な笑顔で肩を叩かれた。
知ってる、この人全部知っていて僕に笑いかけている。
ゲルジッドさんに似てきたな、嫌なところが特に。
「そう! 二人が演劇でいい感じになっている中で私は一人、このお店を守っているの……」
天井を仰ぎ、何かが始まった。
「都合のいい女でも彼のすぐ隣にいられるのならそれで平気……」
何も無い所に手を伸ばし、掴もうとするけど当然何も無いので掴めない。
「だってこの胸には、大きな愛が!」
「おう。お前ら帰ってたのか。おつかれ」
「うひゃあおうっ!?」
赤の後ろから、紅。
どうぐ屋ライオック指定のバンダナと同じ色の紅い髪、紺色の着物の男性、店主のゲルジッドさんが店の奥から顔を出した。
ピーネさんは、変な体勢のまま変な声を出して跳び上がった。
「ら、らららららライオックさん! おつかれさまです!」
「悪いなピーネさん、家業をやりながら、いつも手伝ってもらって」
「い、いえぇ! 大丈夫……です!」
「お前たちも、いつもありがとうな。本当なら自由な時間なのに」
「僕たちがやりたいって言った事ですよ、ゲルジッドさん」
「オレもオッチャンに頼まれてっしな!」
申し訳ない表情で頬をかくゲルジッドさんに僕とクニーガも気にしていないと笑顔を向ける。
増えるお客さま、どうぐ屋ライオックの店内に入れる人数にも限界がある。
その為、空いた時間があるのでお店のどうぐを配達する事にしたんだ。
忙しいお店が少しでも楽になるように。
日持ちするものや、急ぎでないお客さま限定になるけれど、それなりに効果があるみたいだ。
ただ最近は冒険者用のどうぐは安くて丈夫という噂が広まり、ソフィシエールさんみたいな一般のお客さまも増えてきている。
これも嬉しい悲鳴だ。
クニーガは暇を見つけてはしょっちゅう遊びにきてるから、ヴァルコさんがそれなら僕と一緒にうちの料理を配達してはどうだろうと言った事が始まりだ。
どうぐ屋ライオックの仕事がお昼過ぎに終わる都合で、少し遅めの昼食やお茶会をする方々がターゲット。
朝からお昼まではどうぐ屋ライオック、お昼過ぎからはクニーガと配達、終わったら自由、っていうのが最近の僕の生活
クニーガはその後にピーネさんと家の仕事もしているのだから、本人の性格はアレだけど凄いと尊敬できる。
一緒に街を歩いているからこそ、あの噂が広まりまくっているのだろうけど、クニーガが一緒だと心強いのは確かだ、本人には絶対に言わない、恥ずかしいから。
それとは別にクニーガはピーネさんが変な事をしないか見張ってくれと、ヴァルコさんから密かに頼まれているのだけど、それはヴァルコさんの人選ミスだと思った。
「ゲルジッドさん、今からまた仕入れですか?」
「おうよ。最近また増えてきてるからな冒険者」
「かっけーもんな!」
「クニーガ……。けど、増えすぎじゃないですか? 僕がここに来て三年以上になりますけど、こんな事初めてですよ?」
「そんなもんだよ、冒険者なんて。どこかの誰かが何かデカい事を成し遂げれば、それに憧れる連中がどんどん現れる。隠された財宝を見つけた、未開の地に足を踏み入れた、ドラゴンを退治した、理由なんてなんだっていい。お前だって昔買ってやった本の冒険、大好きだろ?」
「おう! オレもあの本超好きだぜ! かっけーよな!」
「クニーガ今、真面目な話……」
「はっはっは! 真面目で冒険者なんてできねぇよ! そんな不真面目な奴等が生き残れるように俺はどうぐ屋やってんだ! じゃ、行ってくるわ! 今日は遅くなるから悪いけどヴァルコさんの店に世話になってくれ」
そう言って手をひらひらと振りながらゲルジッドさんは出かけていった。
両開きの扉が閉まり、ガランガランとベルがなる。
それと同時に、ピーネさんが倒れた。
「ああ、無理……カッコいい……ライオックさん……私が支えてあげなきゃ」
「赤ネーチャンさ、いい加減それ本人の前で言った方がいいと思うぞ」
顔を隠し悶えるピーネさん。
あのクニーガから真っ当な意見を言われてしまうぐらい、重症だ。
数ヶ月見続けさせられているこの光景は、むず痒い。
「そうだライラ! 久しぶりにあの本読ませてくれよ! オマエの部屋行こーぜ!」
「はいはい。配達の記録を纏めたらね」
「ささっと終わらせてくれよ!」
「クニーガも自分の分があるでしょうが」
我先にと僕の部屋に逃げようとするクニーガを捕まえて、カウンターに広がる書類の前に座らせる。
獣耳を後ろに寝かせ、抗議の視線を送ってくるクニーガ。
その隣に座り、送られてくる不服そうな視線を無視して書類にチェックを入れていく。
「ふふ……お姉ちゃんは、応援しているからね」
そんな僕たち二人を見て、倒れたままにんまりと笑みを浮かべるピーネさんがとても邪悪なものに感じた。




