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奴隷商人とエルフさま  作者: 遊命月
第3章 誰かの愛と、旅立ちと
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第29話 紅坊ちゃんと白嬢ちゃん

 人間、魔人、亜人、魔族が分け隔てなく集う国、ファンリネーラ。

 城下町にあるメインストリートを抜け、住宅街へ。

 メインストリートの喧騒と違って、穏やかな時間が流れている。

 その住宅街の一角、緑色の屋根が特徴の一軒家のベルを鳴らす。


「ソフィシエールさん、こんにちは。どうぐ屋ライオックです」

「飲食店ムートもいるぜ」


 ガランガランという音と、僕たち二人の声が重なる。

 ほどなくして、ドタドタと大きくなる音。

 

「あらまぁ! ライラちゃんにクニーガちゃん! こんな遠くまでありがとうねぇ」


 扉を開き出てきた初老の女性、ソフィシエールさん。

 僕とクニーガは揃って小さく頭を下げた。


「こちら、ご注文いただいた庭掃除用のほうきになります」

「こっちはオッチャン特製、果実山盛りパイ! 超うめーから食いすぎんなよ?」

「助かるわぁ。これからガッゾさんたちとお茶会をするの。このほうきも、ガッゾさんのお孫さんが遊んでも壊れないぐらい頑丈って聞いてるから楽しみにしていたの」

「ありがとうございます。ガッゾさんのお孫さん、エジルちゃんも時々ですがライオックにお使いに来てくれていますよ。元気があって可愛いですよね」

「そうなのよ。私も負けてられないわぁ。今度、お邪魔させてもらうわね」

「はい、人通りが多いのでお気をつけていらしてください。お待ちしていますので」

「そうだ! ライラちゃんとクニーガちゃんも一緒にお茶会していかない? ガッゾさんたちもきっと喜ぶわ!」

「お! いいのか!?」

「クニーガ……すみませんソフィシエールさん、まだ仕事が残っていますので。またよければ誘ってください」

「あらそうなの? ごめんなさいねぇ引き止めちゃって。また今度、お願いね」

「ありがとうございました」

「ちぇっ。またなバーチャン」


 両手で僕たちの手を握りブンブンと手を揺らしてくれるソフィシエールさん。

 それにつられて僕たちの腕輪が音を鳴らす。

 笑顔でお礼を言って、ソフィシエールさんの家を後にした。


「ちょっとぐらいご馳走になってもいーじゃんか。バーチャンも喜んでたし」

「そう言ってこの前食べ過ぎて、夜にヴァルコさんに怒られたのもう忘れた?」

「あれは……別腹だし、ちゃんと食ったし!」

「はいはい。明日の準備もあるんだから、今日は帰るよ」

「つまんねーやつ」


 後ろからクニーガの小言が聞こえてきたけど、いつもの事なので無視をする。

 空になった木製の荷車を引きながら、住宅街の綺麗に舗装された道を進む。

 メインストリートも比較的綺麗だけど、人々の往来が多い為小さな窪みが多い。

 一度に沢山の商品を配達するなら綺麗な道の方が楽だし、それに。


「ねぇ、自分で歩いたら?」

「あん? 強くなりてーんだろ?」


 空になった荷車に乗り込んでいるクニーガ。

 配達を始めてからずっとこれ、何か言っても返事は同じだ。


「あー! ライラとクニーガ! なにそれお姫様ごっこ!?」

「セゾ君こんにちは。今はお仕事中だよ」

「おう! ガキンチョ、見る目あるじゃねーか! ま、オレは姫より戦士の方がいーけどな!」

「駄目でしょセゾ、お兄ちゃんたちの邪魔しちゃ。お仕事頑張ってねライラ君、クニーガちゃん」

「いえいえ、ありがとうございますミセリさん」

「黄ネーチャンが最近みねーなっつってたから顔だしてくれよー」

「ケルネちゃんが? じゃあ、明日食べにいきましょうか」

「え!? クニーガの店!? 行きたい行きたい!」


 ミセリさんとセゾさん親子のやり取りを眺めながら一礼して荷車を進める。

 住宅街を抜け、メインストリートに出ようとした辺りでクニーガが話しかけてきた。


「オマエさ、人の名前覚えんの、凄くね」

「ありがとう。けど、普通だよ。名前は大事だし」

「匂いと特徴わかればいーと思うけどな」

「それできるのクニーガだけだよ。僕はそうは思わない」

「……オマエさ、なんか変わったよな」

「そう? クニーガも変わったと思うけど。それに、僕たちと言うよりも……」


 言葉の途中で荷車を引く感触が変わる。

 景色が、喧騒が、人々がファンリネーラのメインストリートに戻ってきたんだと実感させる。


「お! 紅坊ちゃんと白嬢ちゃん! 愛の逃避行はもう終わりかい?」

「ゴウゼルさん、だから違いますって」

「そうだぜアンチャン、まだコイツはよえーから駄目だ!」

「はっは! 仲良いこった! 俺も嫁さんと馬車に乗った時の事を思い出すなぁ……」

「馬車だって。今のオマエ、馬らしいぜ?」

「じゃあクニーガは荷物だね」

「ああん?」


 感慨に拭けるゴウゼルさんにも一礼して、メインストリートの道を進む。

 クニーガと出会って数ヶ月、色々な事が変わったと思う。


「あの、ひょっとして、紅坊ちゃんと白嬢ちゃんのお二人ですか?」

「あ、はい」

「本物だ! ファンリネーラに来たら是非会いに行ってと、賞金稼ぎのお二人から!」

「あぁ、トリイトさんとネメシーさん……が。是非、どうぐ屋ライオックにもお越しください」

「飲食店ムートもよろしくな!」


 街中で知らない冒険者さんたちに話しかけられる事も増えた、うん、凄く増えた。


「クニーガちゃん! やっと見つけた!」

「ん? あぁ、黄ネーチャンのダチじゃねーか」

「今度ね! 友達と一緒に近くの学校の催しで演劇をする事になったの! 見にきてね!」

「演劇! すげーじゃん!」

「ライラ君も見にきてね! 絶対に成功させるから! 紅坊ちゃんと白嬢ちゃん!!」

「え!? はい!?」

「じゃあ私、練習あるからー!」

「すげーな! 劇だってよ! 見にいこーぜ!」

「く、クニーガ、意味、分かってる?」


 瞳を輝かせるクニーガと、冷や汗を流し震える僕。

 皆がこの数ヶ月で残した功績は、嬉しい以上に、とんでもない事になっていた。

 紅坊ちゃんと白嬢ちゃん。

 僕と、クニーガだ。

 どうぐ屋ライオック指定の紅いバンダナを頭に巻き、エプロンを身につけた僕。

 飲食店ムートの白を基調に赤、黄、青を散りばめた制服を着る全身白の獣人、クニーガ。

 メインストリートを挟んで向かいにある店に、それぞれ勤める奴隷の二人組。

 その噂は、気づけばファンリネーラ中に広まってしまっていた。

 どうぐ屋ライオックを訪れる冒険者を筆頭に、トリイトさんとネメシーさんの活躍が著しい。

 臨時でライオックのお手伝いをしてもらってから、旅立つまでの一ヶ月、冒険者、賞金稼ぎの繋がりというのを二人を通して嫌って程に実感した。

 さっきの冒険者さんたちを見るに、今も旅先で色々と喋っているのだろう。

 それとは逆に、飲食店ムートに訪れる若い女性や主婦の方々。

 家族想いのケルネさんたちが、うちのクーちゃんとライラ君がぁ、と楽しそうに店頭で話している姿を何度目撃したかわからない。

 僕たちの話を、どのように話しているか怖くて深くは聞けないけど、そういう話女の子はみんな大好きとピーネさんが言っていた。

 だけど演劇は聞いてない、どうしよう。


「なあ。奴隷って、こんなんだっけか?」

「違うよ」


 荷車の上でクニーガが呟いた。

 仕事を増やしてもらい僕たちが表に出る事が増えた事もあるけれど、大半はトリイトさんたちが頑張り過ぎた結果だ、やり過ぎだ。

 ファンリネーラを歩いていて、話しかけられない日が無い。

 嬉しいけど、急な変化で最初は混乱と緊張ばかりだった。


「けど、いい奴ばっかでどっかの誰かさんも嬉しいんじゃねーの」

「……まあ、ね。あ、クニーガ。着いたから扉開けて」

「しゃーねーな。それぐらいやってやるよ」


 得意気に笑うクニーガ。

 荷車は僕が押すけど、全部僕がやるのは嫌みたいだ、難しい。

 手も塞がっているし、最後の仕事はクニーガにお願いしている。

 どうぐ屋ライオックの両扉を開けてもらうだけだけど。


「おう! 帰ったぜ赤ネーチャン!」


 元気よくバンッ! と、扉を開くクニーガ。

 ガラガラガラ! と来客を知らせるベルが激しく鳴る。

 ちょっとは手加減してよ。


「ただいま戻りました」


 僕も入り口に空の荷車を固定して店内へ入っていく。

 変わらない店内、我が家。

 そういえば、もう一つだけ、変わった事があった。


「おかえり! クーちゃん! ライラ君! お疲れさま!」


 どうぐ屋ライオック指定の紅いバンダナをリボンにして、その長く赤い髪を後ろで一本に纏めている。

 紅のエプロンもその長身にはよく似合っていて、飲食店ムートの制服を縫い直して作った三色シャツと白のロングパンツが彼女の勝負服、らしい。

 度が入っていないレンズの縁無しメガネはおしゃれの最先端、らしい。

 これなら、ゲルジッドさんにも振り向いてもらえる、らしい。

 飲食店ムート、ヴァルコさんの娘でムート三姉妹の長女、ピーネ・ムートさんがどうぐ屋ライオックに就職したのだった。

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