第2話 どうぐ屋ライオック
「……つかれたぁ」
木目調のカウンターに頭を突っ伏した僕は力なく呟いた。
時刻はもうお昼過ぎ、今までのお客様ラッシュが嘘のように店の中は閑散としていて、文字通り午後の一息と言えるだろう。
向かいにある飲食店はまだ客足が途切れず、店の外にあるテラス席でも店員さんがせわしなく駆け回っていた。
今だけは本気で同情できる気がする。
「おーう。お疲れ」
「え? あ、はい!」
僕の背中にかけられた気の抜けた声に僕は背筋を伸ばして返事をする。
振り向いてみれば紅色、この店指定のバンダナと同じ髪色をした若い男性が笑顔でそこに立っていた。
「ゲルジッドさん!? す、すいません!!」
「いやいや、今は客もいないし休んどけよ」
ゲルジッド・ライオックさん。
名前の通りこのどうぐ屋ライオックの店長さんであり、僕がこうしてここに住み込みで働かせてもらっているのも彼のおかげ、つまり僕の恩人だ。
ヒラヒラと着崩した紺色の着物から片手を出して僕に手を振るゲルジッドさん。
お世話になっている身で言うのもアレだけど、見た目といい態度といい、かなり能天気な人である。
「まー、そう言っても今までの激務は全部お前自身が招いた事だけどなライラ君や」
「うっ……す、すいません! お店の商品を僕の独断で」
「あー、気にすんな。どうせ痛んだら捨てなきゃならんし、ついでみたいに他の商品も買ってくれた客も多かったしさ。それにお前も、客商売の難しさってヤツが分かってきただろう?」
ニヤリと笑う姿もどこか緩いというか抜けているゲルジッドさん。
けど僕が来るまでは一人でこの店を切り盛りしていたらしく、素直に尊敬する。
「んで、売れ行きはどうよ?」
「あ、はい! やくそうはまだ平気ですけどポーションはもうほとんど売れてしまいました。それと最近は冒険者の麻痺被害が多いようで、麻痺治し草も在庫が」
「はい、ちょい待ち」
僕の顔の前でゲルジッドさんは両手を広げる。
目の前に広がる、どうぐ屋とはとても思えないような傷や豆だらけの手の平に僕は言葉を飲み込んだ。
「ほれ、回れ右」
「右?」
ボロボロの手が店の外を指差すので、それに倣って僕も視線をそちらに動かした。
流石城下町のメインストリートなだけあって、常に人や魔族が行き交っている。
「違う違う、その奥」
「奥、ですか?」
僕が漠然と店の外を見ていたのを察したようで、ゲルジッドさんの声が背中越しに声をかけた。
奥、と言われて目を凝らしても見えたのは向かいにある未だ忙しそうな飲食店だけだ。
「いやぁ、やっぱり可愛い子が汗水流して必死に頑張ってる姿は良いよなぁ。やっぱこの店をここに建てて正解だった」
「え、あの……ゲルジッド、さん?」
「なんだよお前、あのフリフリのミニな制服を見て何も思わないの? 立派な思春期だろうに」
「いえ、その、見ろと言われてみたのですけど、あれがいったい……」
「はぁ……」
ゲルジッドさんの意図が読めないまま混乱している僕を見てだろう、とても大きな溜め息を吐かれてしまった。
え、あれこれ僕が悪いの?
「えっと……すいません」
「真面目だなぁお前は」
「え? あ、ありがとうございます」
「そうそれ! 俺が言いたいのは特にそれ!」
「えぇ!?」
「今は客商売してるわけじゃないんだから肩の力を抜けって言ってんの俺は。お前が撒いた種って言っても、あんな大人数の接客なんて慣れてないだろう? こっちに来た時だって城門をくぐった瞬間に行き交う奴らの多さに酔って道端で吐いたもんなお前」
「うっ……すいません」
「それでも成長したなって言ってんだけど、お前言わなきゃ分かんないのな」
ポンポンと二回、優しく頭を叩かれた。
大きくて優しい手だ。
「それじゃあそんなお前に優しい俺が懇切丁寧に説明してやろう。まずはあの店の外で接客してる3人の店員、あれは見えるな?」
「は、はい!」
「左から活発そうな赤髪の娘、声は大きくて人当たりも良さそうだ。そして真ん中、お前の金髪に近い黄色の髪の娘、なんていうかあれは男が喜ぶ仕草を知っているな良い意味で、うん、実に女子って感じだ。そして最後に物静かな青髪の娘だ。他の二人に比べると動きは鈍いし声も小さい、が! しかし何より胸と尻がとても大きい! これは最重要だぞ!!」
「は、はぁ……?」
「つー訳で、お前。あの三人の中で誰が一番のタイプだ?」
「え!? い、いや、その……」
「ばーか! 選んだからってそいつを嫁に貰うって話じゃない! どれが好みかって聞いてんの! 男としてな! で、誰か答えろ。ほら、3、2、1、はい!」
「あ、え!あの、黄色い髪の……」
「ほーん、あぁ、そうあの娘ね。あのあざとさ盛り合わせの……うん、まぁ良いんじゃないか? チェリーボーイって感じがして」
「聞いておいて酷くないですか!?」
「いーや、あの手の女には絶対に何かしら裏があんだよ。人生経験豊富な俺が言うんだ、間違いない」
「そんなのさっき言った紹介には含まれていないじゃないですか! それに僕の事をどうこう言ってますけど、ゲルジッドさんだって絶対贔屓目に紹介しましたよね!? どうせゲルジッドさんの好みってあの青髪の娘ですよね!? 胸とお尻が大きな!!」
「馬鹿野郎! 人並み以上に可愛くて、更に胸と尻がデカい女だぞ!? 何が不満だ言ってみろコラァ!!」
「最低だ! 素で最低な事を言ってますよ!? 胸とお尻が大きければ誰でも良いって事じゃないですか!」
「ちげーよ! あの三人の中でって話だろうが! お前だってあの黄色い髪の娘が、あー女の子すごく女の子してて可愛いな! きっと私生活も可憐なんだろうな! とかそんなお花畑を思い描いてたんだろ!?」
「一言も言ってませんよそんな事! 少なくても見た目でしか判断していないゲルジッドさんに比べれば僕の方が仕草とかそういう所をしっかりと見ていま」
「ほう! しっかりと見ていると言ったなお前!」
「うぇ!?」
何でこうなったかは分からないけどヒートアップしてしまった口論は不意に終止符が打たれた。
ゲルジッドさんに力強く僕は肩を掴まれたまま視線は口論の原因になった飲食店へと向いたまま。
やっている事はさっきとまるっきり同じなのに、何と言うか、空気が変わった。
「じゃあ見てみろ、お前のタイプの黄色い髪の娘でいいからじっくりと!」
「え、えぇ…!?」
「いいから凝視!」
「は、はい!」
ゲルジッドさんに言われ、向かいの店の黄色い髪の店員の娘をじっと見つめる。
ここが自分の店の中じゃなきゃ立派な変質者だ。
店の扉は開かれているから、外からこの店を見たら何事かとは思うだろうけど。
「ほれ、今お前のお気に入りの娘は何をしてる?」
「え? あ、新しく席に座ったお客さんに呼ばれました!」
「あぁ、そうだ。あの呼ばれてから振り返る仕草と笑顔を振りまきながらトレーを胸に抱えて小走りで駆けていく姿がとてもあざとい。さて、次はどうしてる?」
「……お客様から注文を受けていますね」
「そうだ、メニュー表を書きながら、一瞬間を置いてペンの上部を下唇に軽く当てている姿がまたあざといな。で、次は?」
「……再度注文を確認した後に店内に走っていきました」
「あぁ、あのクルッと回転してただでさえミニなスカートが客前でふわっと揺れる、あれはとんでもなくあざとい。計算されつくしたあざとさだ。侮れない」
「…………」
「で、俺が言いたい事は何か理解したか?」
「……あざといって言いたいんでしょ?」
「馬鹿! 真面目な話をしてんだよ俺は!」
「あいたっ!」
反射的に声が出てしまったけど、そこまで痛くはなかった。
ていうか今叩かれたのは僕が悪いの?
ちょっと理不尽すぎるでしょ。
「仕方ない、じゃあさっき穴が開くほど見てた娘の行動を言ってみ」
「え……お客様に呼ばれて」
「おう」
「……注文を受けて」
「おう」
「……店内に入っていきました」
「おう。で、お前に足りない場所はどこだと思う?」
「……僕に?」
「そりゃそうだ。ただ目的も無く働く店員の姿を見ていただけなんてただの変態だろうが」
「……さっきゲルジッドさん、ここにお店を建てて良かったって」
「今はその話をしていない!!」
やっぱり理不尽だ。
そうは言っても、さっきの店員の娘を見て僕に足りない所とはなんだろうか?
確かに僕はこの店に来て一月しか過ぎていないし、足りない所だらけだけど。
「……はぁ、答え合わせいくぞ」
「え!? あの、まだ…」
「その答えは出そうか?」
「いえ……」
「だろ? つー訳で答え合わせタイムだ。いいか、お前がさっき味わった途絶えない客ラッシュをあの店員達は毎日のように味わっている。特に今のような昼過ぎでもあの客量だ」
「は、はい」
「客の前に出た以上はあの娘達は接客のプロだ。毎日毎日、注文を受けてそれを厨房へ持っていきそして出来上がった料理を運ぶ」
「そうですね。凄いです」
「おう。けどいくら接客のプロでも客から注文を受けたらメニューに書いているがどうしてだと思う?」
「え? ……メニューを間違えない為、ですか?」
「そうそう、やればできるじゃんか。つまりだ、あの店員達は自分達の仕事を完璧にこなす為に注文を書く訳だ。それで、話は戻るけどお前は俺に商品の不足分を伝えようとした時にどうした?」
「……あ! その、口頭で」
「正解! 確かに口で言うのは楽で良いかもしれんが、頭の中にパッと出てきた言葉しか喋れない。それにいくら俺を完璧超人って思ってくれても構わないけど俺だって人間だから耳で聞いた言葉だけじゃ忘れるかもしれないしな。そうじゃなくても一度頭の中でじっくり考えて、それを文にしてみろ。そっちの方が良い結果になる方が間違いなく多いから」
「な、なるほど……」
「ほれ、そんな訳でのリベンジタイム! 今この店で何が不足しているか書いてみ」
「は、はい!」
カウンターの端に置いてあった紙とペンに手を伸ばして僕はそれに書き始める。
今このお店に足りないのはポーションと麻痺治し草と……あ!
「そう言えば麻痺治し草は摂取し辛いから麻痺治し用のポーションは無いかって聞かれました!」
「うぇー、そう言うのは調合師にでも聞いてくれよ、あれ少なからず怪我も一緒に治してくれはするけど高いんだよなぁ。この辺りじゃまず見ないから、被害の多い国の方面に行って……ま、いいや。それも書いとけ書いとけ」
「はい!」
思い出した事をそのまま文にするからなのか、頭を使っているのに頭の中はスッキリしている。
なんだか不思議な感じだ。
僕が最初に言おうとした事とは別に他に必要な物が出てきたり、さっきまで凄く忙しかったけどその中でお客様と話した事を思い出せたりして、うん、凄く楽しい!
「えっと、できました! これをお願いします!!」
「んー、ポーション、麻痺治し草にそのポーション。ついでに毒消し草のポーションもあれば良いんじゃないか? ほう、それに野宿する時の虫除けに……なんだこれ? 庭掃除用のほうきって?」
「あ、それは近所の子供が家の掃除をさせられた時に家のほうきはボロだから新しいのが欲しいって」
「一応冒険者用のどうぐ屋の筈なんだけどなウチは。まぁ、客から頼まれたんじゃしょうがないか。魔女のほうきでもかっぱらってくるかな、あのほうきマニアの事だ。無駄にストックだけはあんだろ」
「あの、今かっぱらうって。それに魔女?」
「ん? あぁ、知り合いにいるんだよ、ほうき好きな奴が。そいつに聞いてみる。で、これで全部だな?」
「あ、はい!」
「ほいよ。じゃあ俺は不足分を仕入れてくるから、留守番よろぴく」
「はい! よろしくお願いします!」
「客来ないうちに飯食っとけよ」
「はい!」
「念の為に言っておくが買ってやった本に夢中になって飯を食わなかったとか止めろよ?」
「うっ……分かりました」
一言も二言も多い注意をくれたゲルジッドさんは店を僕に任せて出て行った。
全部お見通しだなーと、苦笑いを浮かべて。
ごめんなさいと、心の中で謝ってから僕はカウンターの下から本を取り出した。




