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奴隷商人とエルフさま  作者: 遊命月
第1章 見習い商人の小さな冒険
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第1話 やくそうポーション戦争

 どうぐ屋ライオック、人魔隔てなく受け入れる国ファンリネーラのメインストリートにこの店はある。

 城下町を行き交う方達は活気に溢れ、それはこの店の中にいるお客様だって例外ではない。


「だーかーらー! やくそうの方が安いし沢山買えるしお得じゃん!!」


 店のカウンターに座り込んだ店員、つまりは僕の目の前で口論が始まった。

 先に声を荒げたのは右にいる茶褐色の髪をした獣人の女性だ。

 獣人特有の頭部にある獣耳はピンと起き上がり、尻尾も威嚇するように震え逆立っている。

 獣人としての身の軽さの為だろうか、軽装の彼女は露出が多いレザー製。

 女性、として強調された体の一部分は目に毒で、そうでなくても口論から逃げるように僕は視線を逸らす。


「いーや! こっちのポーションの方が回復量的にもお得だよ!!」


 左にいて向かい合っていた灰色の髪のドワーフの女性も負けずと声を荒げる。

 姿は子供のように小さく、獣人の女性と比較してもその姿は少女のよう。

 ただその全身を包み込んだ重甲の鎧と背負う身の丈以上の戦斧が彼女の少女らしさをかき消し、迫力は負けていない。

 そもそも僕はジッと女性を見つめるほど器が大きくないので当然のように視線を逸らす。


「ポーション高いじゃん!」


「やくそうは回復量低いよ!」


「だから沢山買うんじゃん!」


「もしもの時にそれじゃ不安だよ!」


「そうならない為に逃げながら使えば良い!」


「私は守る側だから逃げられないの!」


「じゃあ早食いでもすれば良い!」


「それだったら断然ポーションの方が飲みやすいよ!」


「ビンに入ってるから嵩張るじゃん! それにもし割れたらどうすんの!?」


「うぐっ……けどやくそうだってペラペラで風にすぐ飛ばされるかもしれないよ!?」


「むむむっ……!」


「うぐぐっ……!」


「……やくそう!」


「……ポーション!」


「やくそうやくそうやくそう!」


「ポーションポーションポーション!」


 口論なのかただのレベルの低い口喧嘩なのか、言葉に詰まった彼女達は自分が欲しい商品名をひたすら連呼する。

 あの……店の中で二つの商品の悪い所だけを叫ぶのは止めていただきたいのですが。

 なんて事はこの口論に巻き込まれかねないので絶対に言わない。

 このままでは商品の評判が悪くなりそうなので良い所も挙げてみようと思う。


 まず、やくそう。

 文字通りのやくそう、薬の草と書いて、やくそう。

 食べればすぐに傷ついた体を癒す効能がある即効性の植物で、世界中の何処にでも生えている為に単価は安い。


 次に、ポーション。

 やくそうと別の効能を持った野草やキノコを一緒に調合して誕生した回復薬。

 やくそうの即効性はそのままに、飲み物である為にすぐに服用できる。

 他の身体に良い物を一緒に調合している為、効果はやくそうよりも秀でている。

 それと言ってしまえば、やくそうは普通の葉っぱだ。

 人によってはこの味が苦手だと言うだろう、食べ辛いと言うだろう、痛んでいるかもしれない。

 その不安を解決したのがポーションだ。

 ポーションの種類は様々で、効能を抑えている代わりに味を良くした物もあれば、その味を犠牲にして身体に良い物ばかりを調合して効能がとてつもなく良い物もある。


 さて、ここまでだとポーションの圧勝だろう。

 しかしだ、彼女達が言っているようにポーションは比較的に高価である。

 素材の収集、調合の手間、効能の良し悪し、それによって更に変動はあるが基本的にやくそうよりもポーションは高い。

 この店で例えると一番安いポーションでもやくそう5つ分の値段がする。

 回復量だと大体やくそう3つ分。

 確かにやくそうを大量買いした方がお得ではある。


 だけど旅とは、冒険とは危険がつきもの。

 いざという時に間違いなく重宝するのはポーションだ。

 だからこそこの争いは長引くだろう。

 誰しもが一度は対面する事実。

 やくそうポーション戦争と勝手に僕は名づけている。


「あぁもう! ネメシーと言い争ってても埒が明かない!!」

「それは私だって! トリイトの言葉なんて聞く耳無いもん!!」


 何を!? 何よ!? と睨み合う。

 獣人のトリイトさんと、ドワーフのネメシーさんのやくそうポーション戦争はまだ長引きそうだ。


「じゃあもう! 決めてもらおうよ!!」

「えぇ! 私もそう思っていました!!」


 少し嫌な予感がした。

 その予感は見事的中し、二人の視線が店員である僕へと向けられる。


「ライラ君!」

「ライラさん!」

「やくそう!」

「ポーション!」

「どっちを!」

「買えば良いですか!?」


 息ピッタリなのに喧嘩しないでよ。

 そんな事言えないけど、僕はこの戦争に巻き込まれてしまった。


「え、えっと……」


 どちらが良い、何てすぐに答えが出る筈が無い。

 何故なら僕はこの店の店員でお客様からの信頼で食べていけているのだから。

 僕が適当な事を言えばそれが直接今後の経営に関わってきてしまう。

 たかがやくそう、たかがポーション。

 されどやくそう、されどポーション。

 まずこの終わりの無い戦争に答えなんてないのに。


「やくそう!?」

「ポーション!?」

「あ、そ、そのぅ……」


 二人の女性に迫られるなんて、男としては夢の一つだと本で呼んだ。

 それもスタイルが良くて露出の多い活発そうな獣人と小さくて可愛いけどどんなものからも守ってくれそうな頼りになるドワーフ。

 悲しい事に彼女達の争いの元は僕ではなくやくそうとポーションなんだ。


「さぁ!」

「どっち!?」

「あ、あうぅ……」


 そしてこの問題はかならず答えなければいけない。

 本みたいに途中で閉じる事なんて出来ないんだ。

 またしても息がピッタリ合ったトリイトさんと、ネメシーさんに迫られる。

 も、もう仲が良いんだからいっその事両方買ってよ!


「りょ、両方です!!」

「は?」

「え?」

「……あ」


 しまった、そう思った時にはもう手遅れ。

 心の声がそのまま口から出てしまった。

 トリイトさんとネメシーさんは二人して目を丸くさせる。

 ……あ、あぁ!もうこうなったら!


「りょ、両方買ってくれたら…オマケで毒消し草か麻痺治し草をさしあげます……なんて」

「………」

「………」


 沈黙が、流れる。

 それも僕達三人だけではなく、この店全体が。

 大声で叫んでしまったのもあるだろうし、何よりずっと前からトリイトさんとネメシーさんのやくそうポーション戦争を野次馬のように見物していたのもあるだろう。

 沈黙のまま無言で見つめあうトリイトさんとネメシーさん。

 そこから更に数秒の沈黙。


「ライラ君!」

「買います!」


 バッと見開かれた二人分の視線が僕に突き刺さり、二人は仲良くカウンターの奥にいる僕へと身を乗り出した。


「ライラ君、5個! 5個セットで頂戴!!」

「いいえライラさん、10個です! 10個セットでください!!」

「ま、毎度ありがとうございます……」


 身を乗り出して商品を求めてくれるトリイトさんとネメシーさんの勢いに僕は若干、引いた。

 毒消し草と麻痺治し草はまた相場が特殊なんだ。

 例えば毒を持つ害がある魔物なんかが多い地域では毒消し草は高価だし、麻痺治し草も同様だ。

 ここは人魔隔てなく集う国ファンリネーラ。

 人々が交流しやすいように整備された行商路にそんな有害な魔物はいない。

 だから毒消し草も麻痺治し草もこの店では、やくそう以下の最も安く在庫を抱えやすい商品なんだ。

 売れない、とはいえ他の国に比べれば安い。

 冒険というのは何が起きるか分からないっていうのもあるけれど、中には買い忘れという最悪な事態が待っているかもしれない。

 備えあれば憂いなし。旅人や冒険者の共通の口癖だろう。

 一応、出費は出費だけどやくそうポーション戦争を平和的に解決し、店の在庫問題的にも毒消し草と麻痺治し草を捌けるのはありがたい。

 ただ一つ、問題があるとすれば。


「お、おい! 俺にも同じヤツ売ってくれ!!」


「私も! 20個セット買うわ!!」


「ならこっちは30個セットだ!!」


「え、えっと3個セットでも売って貰えますか?」


「1個セットだけでも頂戴!!」


「わ、わわわ!? 押さないで! 押さないでください!! 在庫は! 在庫は沢山ありますから押さないでー!?」


 特別なサービスを限られた人にだけするというのは論外だ。

 他のお客様、旅人や冒険者、はたまた近所の方達まで一気に僕のいるカウンターに押し寄せてくる。

 噂は噂を呼び、僕が次から次へと迫り来るお客様方の対応を終わらせたのは、太陽が真上を過ぎたぐらいだった。

 こういう時、メインストリートの一角という一等地の恐ろしさを身を持って知る事になるんだ。

 けれどそのおかげで、やくそうポーション戦争に答えを出さないまま問題は解決できたから良しにしよう。

 そう考えないとやってられないほど忙しかった。

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