第26話 違うこと、好きなこと
「ごっさん!」
「ごちそうさまでした」
空になった大きなお鍋に二人で手を合わせた。
「おいしかったよ。ありがとう」
「おう! また作ってやるよ! オレもムートの店員だからな!」
満たされたお腹をさすりながら二人で笑う。
クニーガは上機嫌にそのまま床に寝転んだ。
「ちょっと前まではこんなに美味いもん食えると思ってなかったからよー」
「……前の家の話?」
「ん? あぁ、わりー。嫌だったか?」
「いや、クニーガが話したいなら、いいよ」
自分から進んで奴隷の話を聞きたいとは思わない、僕も思い出してしまいそうだから。
だけどクニーガが、友達が話したいのならば受け止めてあげたい。
「……手、貸せよ」
「え? うん……うわぁっ!?」
寝転んでいるクニーガに手を差し出される。
白い肌、手のひらに残る火傷の痕。
それに僕の手が一瞬止まってしまった。
けどそれも、すぐクニーガに腕ごと引っ張られて床に倒れこんだ。
「いったぁ……」
「オマエやっぱよえーな」
目前に、天井を見つめるクニーガの横顔が広がった。
右目が傷で塞がっている為、僕を見るために寝返りを打つ。
僕を覗き込む血の色をした瞳、今だけは活発な彼女の面影なんて微塵も感じなかった。
「気になってんだろ? 触らせてやるよ」
「え!? そ、そんな」
「いいから!」
「あっ……」
また腕を掴まれた僕は、クニーガに引っ張られる。
手に広がる柔らかくて暖かい感触、指先に感じる傷痕。
「オレの顔見る度にこの傷チラ見してから目を合わせてんの、バレバレだわ」
「……ごめん」
「すぐ謝んの止めろっつったろーが」
どうしても気になってしまうクニーガの顔に刻まれた古傷。
なるべく考えないようにしていたけど、お見通しだったみたいだ。
「んでどーよ? オレの勲章は?」
「どうって、え? 勲章?」
「オレが初めて前の飼い主に逆らった時にできた勲章、かっけーだろ? この傷が出来た時に思ったね、コイツの下では絶対に死なねーって」
前の主人に逆らい、罰として刻み込まれた傷痕。
それを勲章としてカッコいいと言いきり、反骨精神まで持つなんて、僕だったら絶対にできない。
「で、これが最後にオレが自由を手に入れる為にできた勲章」
「わぷっ」
クニーガの手が、僕の顔に伸ばされる。
顔の傷に比べて新しい、火傷痕。
ざらついた手のひらが、僕の頬を優しく包んだ。
「コイツがあるから今のオレがある。どうだ? かっけーだろ?」
「うん。カッコいいよ。けど……」
「あん? けどなんだ?」
「その、言いにくいんだけど」
「ああん? オスならハッキリ言え!」
「……鳥肉の脂で、凄くベトベトしてる」
「……オマエの手もだよ!!」
「痛いってぇ!?」
足を蹴られた、至近距離で。
つま先で、脛を、思いっきり。
「素手で食べろって言ったのも、顔を触れって言ったのもクニーガなのに……」
「はん! 噛みつかねーだけマシと思え!」
痛い、凄く痛い、うずくまるぐらい痛い。
顔を叩かれるとかならまだ見えてるからある程度覚悟はできるけど、意識してない部分を狙うのは反則だよ。
「オマエ、こんなよえーのによく奴隷で生きてこれたな」
「……僕はクニーガみたいに、逆らったりはしなかったから」
「はー! オスのくせに、おりこうちゃんかよ!」
「……それが、僕の普通だよ」
「あん?」
まだ痛む蹴られた脛。
我慢しながら僕も寝返りを打って天井を見つめた。
昼のクニーガとのやり取りを、そのまま返した。
僕はまだ、クニーガほど強くないから、顔は、見せられない。
「言ったでしょ。僕は物心ついた時からずっと奴隷だったって」
「ああ……なんか、わりーな」
自分でも驚く程スラスラと喋れている事が不思議に思う。
昼に少しだけ話したからだろうか。
それとも、クニーガの話を聞いた後だからだろうか。
「僕からしてみれば、主人に逆らうクニーガが意味わからないもの」
「ああ!?」
「だってそうでしょ? 奴隷はその家の所有物。それが逆らうって、どういう事? それで傷つけられて、奴隷としての働きが疎かになってしまったらそれこそ家の名に泥を塗る。僕たちに残った名は永遠に消えない。新しい主人に買われてもずっと刻まれ続ける。だからこそ、その名に恥じないように奴隷として生き続けなければならないのに」
言葉が次から次へと溢れ出す。
僕に刻まれた奴隷としての教え。
それと違う生き方をするクニーガが、許せないのかもしれない。
「オマエさ、オレのスープ。美味いって言ったよな?」
だから、この質問の意味がわからなかった。
「……言ったけど、それが何?」
「んー? 美味いならそれでいーよ」
「僕がよくないんだけど」
「うるせーな。オマエの言葉が歪みすぎてて考えるのダリーんだよ!」
「歪んでるって、僕は!」
「だから考えるの止めた!!」
視界の端に、上半身を起こしたクニーガの姿が現れる。
「オレの飯を美味いって言ってくれた。だからオマエはめんどくせー事ばっか考えるけど好きだ。そう思う事にした」
「す、好きって……そんな単純な事じゃ」
「オマエが難しく考えすぎなんだよばーか」
鼻で笑って、またクニーガは僕の横に寝転んだ。
「オッチャンやネーチャン達とも違う、初めての、奴隷の、オレの、ダチだ。歪みまくってるけどな」
「……そうだね。僕からしたら歪んでるのは君だけど」
「んなもん関係ねーんだよ。オマエだって昔はこうやって床で寝てたろ?」
「ううん。僕は壁に寄りかかって寝てたよ」
「はー!? 可愛くねーなオマエ! 壁じゃ身体いてーだろ!」
「床で丸まってたら急な呼び出しですぐに動き出せないでしょ」
「ほんっとに腐ってんなオマエ」
「クニーガには言われたくないよ」
こんな話を、誰かとした事はなかった。
こんな話を、誰かと出来ると思っていなかった。
「どーやら、オレとオマエじゃ考えが違うみてーだな」
「え? 今さら?」
「うるせえ! だから、今の話すんぞ! オッチャンはすげーんだ! 何でも美味いもん作って食わせてくれる!」
「……ゲルジッドさんだって、僕が悩んでるとすぐ気づいてくれるよ」
「はっ! んなもん赤ネーチャンだってできらぁ」
「僕が来るまではずっとこのお店を一人でやってきたし」
「群れの強さをわかってねーな。孤高にも限界ってもんがあんだぜ?」
「今は僕がいる!」
「うちはオッチャンとネーチャン合わせて四人だ!」
「こっちだって今はトリイトさんとネメシーさん合わせて四人だ!」
「あん? 誰だ? まぁ増えたところでオレ入れたら五人だ!!」
「仕入れが早い! あっという間に倉庫一杯の在庫を仕入れてくれる!」
「オッチャンのスピード知らねーな? 次々に客の注文作ってくんだぜ!」
「トリイトさんは冒険者目線でお客さまの対応ができる!」
「黄ネーチャンだって店内にくるお客さんの恋愛相談ばっかしてるわ!」
「ネメシーさんも次から次へと商品を倉庫から運んでくれる力持ちだ!」
「んなもん青ネーチャンのトレータワーを見てから言いやがれ!あれはすげーぞ!」
「僕だって!」
「オレもな!」
同じ奴隷だけど、考え方も、育った環境もまるで違う。
そんな僕たちが、お互いの、家族の良いところを挙げ、張り合い続けている。
夜が更けるまで、この言い合いは続いていった。




