第24話 どうぐ屋ライオックの食卓
トリイトさんとネメシーさんが手伝いに来てくれて、どうぐ屋ライオックの食卓は賑やかになった。
いつも元気に話を回してくれるトリイトさん、ネメシーさんが食事中だからとそれを嗜めながら自分のおかずを取られないように死守、ゲルジッドさんがその姿を見ながら呆れ、僕は笑う。
「はぁ……」
「はぁ……」
「はぁ……」
「何だよお前ら、串焼きは嫌いだったか?」
そんな楽しい食卓が、今日だけは違っていた。
テーブルを挟んで向かい側に座るトリイトさんとネメシーさん。
それと僕の様子を見て隣に座るゲルジッドさんが串焼きを頬張りながら眉をひそめた。
「今日ちょっと、色々とありまして」
「ライラ君に同じ」
「私もです」
「若いのに老人みたいな事言ってんじゃないよ。ほら、どんどん食え」
「ゲルジッドさんもまだ若いじゃないですか」
「だから食ってんだろうが。年長者を見習え」
「むぅ」
タレの付いた串焼きを口いっぱいに頬張った。
甘いタレの風味と串焼きの香ばしさが口の中に広がる。
「おう、いい食べっぷりだ。新人二人もライラを見習えよ」
「鬼店主」
「化け物店主」
「何か言ったか?」
次々に僕の口の中に消えていく串焼きを見てゲルジッドさんが前の二人に発破を掛ける。
怨めしそうに二人は小声でブツブツと呟いた。
何があったか、詳しくは聞かないけど絶対に何かあったのは間違いない。
「あの、ゲルジッドさん」
「んー?」
「明日の仕事が終わったら、少し、出かけてもいいですか?」
「お前がそんな事言うなんて珍しいな。もちろんいいぞ。次の日の準備はこいつ等にやらせるから」
「えー!?」
「人使いが荒いと思います!!」
僕のお願いは二人を犠牲にする事ですんなり通ってしまった。
ずっと元気の無い二人だったけど、やっと元気な声が聞けた。
抗議の叫びだけど。
「ファンリネーラにいる間の衣食住全部提供してやって、金と商品の融通までしてやってんだ。それぐらい働け賞金稼ぎども」
「横暴だ!」
「今日の事を入れたら仕事の範疇を越えています!」
「お前たちの可愛い可愛いライラが出かけたいって言ってるんだぞ? 助けてやらないのか?」
「うぐっ……」
「むむっ……」
抗議の声が、僕を引き合いに出して一気に静かになった。
ゲルジッドさんが凄い悪い顔をしている。
「ライラに救われてんだろ? ならプレゼントだけじゃなくて行動で示したらどうだ? ん?」
「あの、ゲルジッドさん。少し言い過ぎじゃ」
「やってやらぁっ!!」
「トリイトさん!?」
「ライラさんの為なら、おはようからおやすみまで何でもやりますよ!!」
「そこまで求めてませんよ!?」
「おうおう。モテる男は辛いねぇ。ライラ君や」
「……いや、あの」
「そうと決まれば、明日の為にさっさと飯くって寝ろよお前ら」
「言われなくても! この鬼店主!!」
「分かっていますよ! この化け物店主!!」
「……何したんですか、本当に?」
「仕入れ」
元気になってくれたのは嬉しいけど、本当にいいの? これで。
二人とも鬼のような形相で串焼きにかじりついていく。
ちょっと怖い。
「ごちそうさま!」
「でした!」
「ライラ君!」
「ライラさん!」
「おやすみ!」
「おやすみなさい!」
「は、はい。おやすみなさい」
「ちゃんと休めよー」
あっという間に串焼きを完食した二人は嵐のように二階へと上がっていった。
その勢いは凄まじく、僕が食べるのを忘れる程だった。
「若いねぇ。冒険者、いや、今は賞金稼ぎか。負けん気が強くて大変よろしい!」
「焚きつけたの、ゲルジッドさんですよね?」
また老人みたいな事を言って笑うゲルジッドさん。
三年の付き合いでもう慣れたけど、変わらないなぁこの人も。
「で、今日何かあったのか?」
「え?」
「何もなく、出かけたいなんて急に言う奴じゃないだろう。馬鹿真面目で律儀なお前が」
「ははは……」
そしてそんな僕の考えも、ゲルジッドさんにはお見通しみたいだった。
本当に凄いなぁと、何度実感したかわからない。
言い辛い事かもと、トリイトさんとネメシーさんを焚きつけて人払いしてくれたのだろう。
二人も僕の事情は知っているけど、まだ、僕には少しだけ勇気が足りない。
「……実は、今日」
その時だった。
ガランガランと、三年前にアールヴさんに初めて会った後に付けてもらった、来客を知らせるベルが鳴る。
今は夜。
どうぐ屋ライオックはもちろん閉店時間だ。
「いいよ。俺が見にいく」
「あっ、ありがとうございます」
確認しに立ち上がろうとした僕をゲルジッドが制する。
申し訳ないなと思いつつ、昔に酔っ払いが間違えて入ってきてしまい軽い騒ぎになった事もあるのでありがたくお願いをした。
リビングを出て、店頭へ消えていくゲルジッドさんの背中を見つめながら、誰だろうと考える。
こうして閉店している夜に訪れるお客さまも少なくはない。
初めてファンリネーラに来たから開店時間を知らない冒険者、急な旅立ちでどうしてもどうぐが必要な旅人、さっき言った酔っ払いとか、忘れた時にこうして誰かが尋ねてくる。
ファンリネーラに数あるどうぐ屋の中でライオックを選んでくれるのは嬉しい事だけど、ルールはルールだとゲルジッドさんは厳しい。
そう言えば一度だけ、アールヴさんも真夜中に来た時があったなぁ。
三年前の冒険の時に使ってた、石の中に石を詰め込んだあのうるさい箱を振りながらの来店。
あの時のゲルジッドさんは本気で怖かった。
ゲルに昔を思い出してもらおうと思って、とアールヴさんは笑っていた。
ひょっとしたら。
ここ数ヶ月はアールヴさんの姿を見ていないので、少しだけ期待してしまう。
「ライラ君、ライラ君や」
「はい?」
物思いに耽っている間に、ゲルジッドさんが戻ってきた。
何故か扉の前、店頭へ繋がる通路を背に立ち止まっている。
その目と口角がつり上がっている事から、何か良からぬ事を企んでいるのかもしれない。
この顔も何度見たかわからない。
「君も隅に置けないねぇ」
「はぁ……どうしたんですか、急に」
トリイトさんとネメシーさんを相手にしていた時よりも邪悪な笑みを浮かべるゲルジッドさん。
僕をからかう事は多々あれど、こんな露骨な事は珍しい。
「お前に用があるんだとよ」
「僕に? 誰がですか?」
ニマニマと笑いながら、部屋の中に入ってくるゲルジッドさん。
その背中、通路の薄暗い闇の中から出てくる影。
色は黒。
それは三年前に僕が、小さな冒険の時に着ていた全身黒のローブにそっくりだった。
昼に見た赤、黄、青、白と姉妹達の特徴的な色を割り振られたフリフリのミニな制服とは雲泥の差があった。
その黒の隙間から、白い顔と血の色をした赤い瞳が僕を覗く。
彼女は土色の大きなお鍋を持ちながら、どこか気まずそうにしている。
「クニーガ?」
「……あの後、オッチャンに、めっちゃ怒られた」
視線を逸らしながら呟くクニーガ。
その両手にお鍋を持っている理由も、なんとなく察しがついた。




