第20話 奴隷
今までが幸せすぎた。
いつかはこうやって、思い出してしまう時がくる。
違う、いつも思っていた。
ただ、考えないようにしてたんだ。
「んだよ、辛気臭い顔して。……ひょっとして、今の主人もひでーの?」
「ち、違う! ゲルジッドさんはそんな人じゃない!」
「なら良いじゃんか。もらうぜ、これ」
「あっ」
ひょいっと、クニーガはスープのお肉を手で掴んでそのまま頬張った。
「んー、美味いんだけど俺はオッチャンがいつも作るフツーの料理の方が好きだわ。オマエは?」
「えっ?」
「オマエが何か言ったから、赤ネーチャンたちが慌てて降りてきたんじゃねーの? おかげでオレが休めるけどよ、サンキューな」
「僕は別に……。冒険者がいつも食べているものみたいで美味しいとしか」
「あー」
僕の言葉を聞きながら、二枚目のお肉を摘んでいた。
「んじゃ、あーなるわ」
「どういうこと?」
「ネーチャンたち、今度の親父の記念日だとかに驚かせたいんだとよ。いつまでも家族、弟子って訳にもいかねーとかで、毎日隠れて新メニューを作ってはオレに食わせてくれんだ」
「けど、僕は美味しいって」
「物珍しさの美味しいじゃ満足いかなかったんじゃねーの? 知らんけど」
「……ごめん」
「オレに謝ってどうすんだ? 正直に言ったならそれでいいじゃねーか。ごっさん」
お皿ごと奪って、スープを飲み干されてしまった。
肉汁のついた指を舐める姿は、料理屋の店員とは思えない。
「んで、オマエは?」
「……何が?」
「誤魔化すなよ水くせぇ。せっかくいいとこに買われて同じ奴隷仲間に会えたんだ。隠しっこなしだろ? オマエもこれ、見せてくれよ」
「…………」
長机から上半身を乗り出し、肘をついて僕の目の前で右手をぷらぷらと揺らす。
嫌でも、奴隷の証、二つの銀色の腕輪が目に入ってしまう。
顔をしかめながら、もうどうしようもなくなってしまった僕はライオックの紅いバンダナを外し、クニーガにそれを晒す。
「ほー、三つか。やるなオマエ、中々苦労してんのな」
「……もう、いい?」
「別に裸見られてるわけじゃねーんだし、恥ずかしいか? これ?」
「君は、どうして……平気なの?」
「あん?」
「僕と同じ……奴隷、なのに、どうして……そんなに」
「今、幸せだから。オマエは? ちげーの?」
「ち、違わないよ」
「ならそんな落ち込んだって意味ねーじゃん。奴隷って現実は変わらねーんだし」
「……強いね、君」
「オマエが弱いだけだろ? オスならもっと強くなれよ」
「オスって……」
クニーガ・ムート・ギィリング。
腕輪、奴隷の証は二つ。
つまり彼女は二回、買われている。
最初がギィリングという家に、そして今はムート家に。
奴隷の名は、ブランドだ。
そう、心に刻まれている。
どの家が所有していたか、永遠に残り続ける名は、価値である。
三年という月日、忘れようとしていた言葉が戻ってくる。
「んで、何だっけオマエの……らいらい、らい」
「……ライオック?」
「そうそれ! 確か、お前の名前も、ネーチャンたちが、らい、らいらいらい」
「……ライラって、呼ばれてるよ」
「そうライラ! あぁん? つまり、ライラ・ライオック・ナントカ・カントカってのか? オマエ、めんどーだな。ライライって呼んでいーか?」
「嫌だけど」
「そこは即答かよ!」
「ゲルジッドさんがそう呼んでくれたんだから、当たり前だよ!」
「……オマエ、めんどくせーのな」
血の色をした赤い目が呆れたように細められた。
「んじゃライラでいーや。んで、ライラは買われてどんくらい経つ?」
「三年と、ちょっと」
「ほー! じゃ、オレよりここに来てずっとセンパイじゃんか! 今度どっかおもしれーとこ、連れてってくれよ!」
グイッと、更に身を乗り出して目を輝かせるクニーガ。
髪と同じ色をした獣の耳もピンと立つ。
「僕、おつかいとか食事以外はあまりファンリネーラを歩かないんだけど……」
「オマエ、つまんねーやつだな。せっかくほぼ自由なのに」
「君が自由すぎるだけだと思う……」
奴隷として、彼女は自由すぎる。
言動、行動、全部。
僕の知ってる奴隷はもっと、従順で……。
「オマエ、番いとかいんの?」
「ん? え? つ、つがい!?」
「そ。ネーチャン、特に黄ネーチャンがうっせーんだよ。クーちゃんも好きな人ができたらいつでも相談してね! 人の心配する前に自分の心配しろっつーんだよなぁ。オレよか三年自由なセンパイなんだからそこんとこどーなのよ? 学がねーオレでも、奴隷の結婚が認められてるのは知ってるぜ?」
「認められてたって、出来る方が稀だよ」
「じゃあお互い一人か。どっちが先に番いを手に入れるか勝負しよーぜ、センパイ!」
クニーガは面白そうに笑った。
勝負する意味が分からないし、色恋沙汰って勝負するものなの?
「そもそもライラって結婚できんのか?」
なんか凄く失礼な事を聞いてきた。
「そんな怖い顔すんなって。まだガキだったらわりーと思ってよ」
「……十五、だけど。ファンリネーラならもう、大人扱いだけど」
僕の事をどうこう言う前にクニーガだってどうなのさ。
この国の法なら、僕はもう結婚だってできる年齢だ。
「ふーん。じゃ、オレの方が年上だな。センパイ!」
「え!? クニーガ……いくつ?」
「十六。オマエの一つ上。へへん、オレの勝ちぃ」
「……年下だと、思ってました。クニーガ、さん?」
「やめろよそれきもちわりー!」
「いったぁ!?」
勝ち負けがどうとかは分からないけど、嬉しそうに尻尾まで振っている。
敬われる事になれていないみたいで、僕は頭を叩かれた。




