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奴隷商人とエルフさま  作者: 遊命月
第2章 幸せな奴隷の1日
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第18話 ムート三姉妹

 飲食店ムートの内部構造はライオックと似ている。

 一階は厨房と接客スペース、二階は居住スペースといった感じ。

 もちろん二階も全て木造で、窓から射しこんだ光が視覚的にも暖かさを感じさせる。

 僕が連れてこられたのは二階の一室。

 一人用のベッド、足の短い長方形の長机、料理の本で埋め尽くされている本棚、それだけで構成された室内は言ってしまえばとても質素だ。

 女の子の部屋に入るんじゃないかと少しだけ緊張したのだけれど、それは杞憂だったようで一安心。

 質素とは言ってもあまり僕の部屋と変わらないから親近感が生まれる。

 多分ヴァルコさんの部屋だろう。

 その中にいるのは僕、次女のケルネさん、三女のスィーネさん。

 長女のピーネさんは僕達がこの部屋に入ったのを確認してどこかへと行ってしまった。


「暇だ。何か面白い事話せ」

「えぇ!? 何ですかその無茶振り!」


 長机を挟んで左側にいるスィーネさんが口を開く。

 何故僕がここに連れてこられたかの説明も無いまま、いきなり話題を要求される。


「あっ! あれどうなったの!? 片思いのエルフの子!」

「うぇっ!? だ、だから違いますってば!」


 長机を挟んで右側にいるケルネさんが待ってましたと言わんばかりに身を乗り出してくる。

 ムート三姉妹の仲でケルネさんは他人の色恋沙汰を聞くのがかなり好きなようで、僕が三年前にこのお店に一人で来た時に色々話を聞かれ、最初はどこに住んでいるかから始まって、向かいのどうぐ屋と答えたらそこから話が弾んでしまい、ふと好きな人はいるかと聞かれた時にいないと僕は答えた。

 だけどそれから時々こうしてゲルジッドさんが仕入れに出かけた時とか商品がほとんど売れてしまい仕事ができない時とか疲れていて食事を用意するのが面倒な時にだけここに来ているんだけど、来るたびにケルネさんから好きな人いないの?と聞かれ続け、いつだったか少しだけその質問に心が折れた僕は毎回聞かれるぐらいならと、好きとかそういうのじゃないんだけど、気になってる方なら、なんて呟いてしまったのは今でも失敗だったなと思っている。

 これは僕がこのお店に来てケルネさんに会う度にされている。

 それは店内に入った時でも、接客をしていたケルネさんと目が合った瞬間でも、仮に彼女が厨房で料理をしていたとしても隙を見つけては僕のいるテーブルに訪れ、僕が食事をしていてもお構いなしに聞いて来るんだ。

 片思いのエルフの子との仲はどうなったの?って。

 それだけならまぁ笑って誤魔化すだけで済むだろう。

 しかしここはお店の中なんだ、当然他のお客だっている。

 例えば自分が先に食事をしていて後から誰かが来店したら多少なりとも気になってしまうだろう。

 そこへ店員さんがいらっしゃいませと決まり文句の後に片思いの子とはどうなったの?なんて聞いてみるとどうなるか。

 店内にいた他のお客の視線が全て僕に向くんだ。

 ここは人魔が共存する国ファンリネーラ。

 エルフの子を好きになったと言っても、それを非難する者はいない。

 だけど好きになった人物はどんななのかと好奇の目が僕へ向く。

 何度だって言う、店内のお客が全員僕に少なからず興味を示してしまう。

 その中で席に座り、料理を注文し、食事をしてみる。

 周りが気になって美味しい筈の料理の味がしない。

 さっき見たようにこのお店は何故か外と中で客層が分かれていて、外は冒険者、中は一般の方や女性客が多い。

 そして一般に含まれる僕も基本的に店内で食事をする、1人で。

 片思いの子とはどうなったと聞かれ、1人寂しく食事をする、多くの女性客の中で。

 これを拷問と言わず何と言えばいいのだろうか。

 僕がこのお店にたまにしか来ない理由は、主にケルネさんのせいだ。


「姉さんもしつこいな。ライラが困っているだろう」

「わ、分かってくれるんですかスィーネさん!?」

「あぁ、分かる。姉さんはこの手の話題はしつこいからな。だから、私にだけこっそり教えてくれ」

「だから!? 要求されてること同じなんですけど!?」


 そんな僕の気持ちに気づいてくれたのか話に割り込んだスィーネさんは顔を横にして耳をこちらに向け身を乗り出した。

 訂正、何一つ気づいてない。

 トリイトさん達といい、ケルネさん達といい、女の人はこういった話題が好きなのだろうか?

 ……あっ。


「じゃ、じゃあここだけの話なんですけど」

「ほう?」

「え? なになに!?」

「ゲルジッドさんに婚約者がいたって話、知ってます?」

「…………」

「…………」


 心の中でゲルジッドさんに謝りながら、僕は彼女達が好きそうな話題を提供する。

 しかし返事はなく二人はキョトンと目を丸くする。

 あれ、失敗だった?

 やっぱり僕の事を聞かれてたのに、急にゲルジッドさんの話をしたのがマズかったのだろうか。

 あ、駄目だこの空気耐えられない。


「あ、あの」

「ちょっとライラ君それ本当!?」

「もっと詳しく」


 あぁ良かった食いついた!

 ゲルジッドさん、ありがとうございます。

 今日僕はこの時だけ、貴方を売りました。


「あの、僕も詳しくは聞いていないんですけど今は別居中らしくて」

「って事はライラ君は見たこと無いの?」

「残念ながら」

「名前や年齢も分からないのか?」

「そうですね分からないです。それを知ったすぐ後にゲルジッドさんは仕入れに出かけてしまいましたから」

「つまりいる事が分かっただけで他には情報無しなの?」

「あーえっと、はい。そうなっちゃいます」

「……そっかぁ」

「……難儀だな」


 言った良いけどそもそもこの話題の情報をそんなに持っていなかったので会話がすぐに終ってしまう。

 しかしケルネさんとスィーネさんは二人揃って難しい顔をしてしまった。


「ど、どうしたんですか二人と」

「ライラくーん、おっ待たせぇっ!!」

「もぉっ!?」

「あ」

「あ」


 突如として蹴り開けれた扉。

 ガンッ! と乱雑に扱われた扉から伸びた足が引っ込んでトレーを両手に持ったピーネさんが部屋の中に入ってくると良い匂いが部屋の中に広がった。

 ただでさえ短いスカートをなんだから大足を使わなくても、と思うより突然の物音に驚いてそれどころじゃなかった。

 僕はアールヴさんと冒険という名の山登りをしてから、驚きやすくなってしまっているようだ。


「お、驚かさないでくださいよピーネさん!」

「ごめんごめーん! 急いで持ってきたからさ! ところで皆で何の話してたの?」

「……ピー姉」

「……心して聞け」

「え? ケルネもスィーネも怖い顔してどうしたの?」

「ゲルジッドさんに婚約者がいるって話をしていただけですけど」

「…………は?」

「え?」


 僕の聞き間違いだろうか、ピーネさんからとてもドスのきいた怖い声が聞こえた。

 視線をピーネさんに向けるのが何故か怖い僕はケルネさんとスィーネさんに視線を向ける。

 ケルネさんは額に手を当て、スィーネさんは首を横に振った。


「……あちゃー」

「……やらかしたな」

「え?」

「…………ライラ君、今何て言ったの?」

「えっ? えっ?」

「なんて言ったの?」

「え、あの、その……」

「なんて?」

「げ、ゲルジッドさんに婚約者がいるって……」

「……………………」

「ぴ、ピーネ、さん?」

「う」

「う?」

「嘘だあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっっっ!!!!」


 咆哮、宙を舞うトレー、空を飛ぶピーネさん、右に動くケルネさん、左に動くスィーネさん、驚いて身が竦む僕、飛んできたピーネさんを掴んでベッドに払い投げるケルネさん、舞ったトレーを床に落ちる前に華麗にキャッチするスィーネさん、驚きすぎて何も喋れない僕。

 なんだこれ。


「スィーちゃんナイス!」

「姉さんもよくやった」

「あ、あの…」

「絶対フリーだと思ってたのにいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっっ!!」

「ひぃっ!?」


 親指を立ててお互いに褒めあうケルネさんとスィーネさん。

 声をかけようとしたのだけど、ベッドの上で叫び声を上げながらジタバタともがくピーネさんによってその声はかき消される。

 やっぱり短いスカートでそんな場所で寝転んで暴れたら見えてしまいそうなんだけど、僕は恥ずかしいとか後ろめたい気持ちよりも恐怖心から目を逸らした。


「こ、こうなったらその婚約者ってのを亡き者にして!」


 起き上がるピーネさん。


「別居中だって。だから今はいないらしいよ。ていうかそれ普通に犯罪だから止めて」


 ベッドに崩れ落ちるピーネさん。


「べ、別居中ならその隙に攻めれば私にもチャンスが!」


 もう一度起き上がるピーネさん。


「無理だな。そもそも奥手過ぎて声もろくにかけれないのはどこの誰だ」


 まだベッドに崩れ落ちたピーネさん。


「そ、そこは友達のよしみで、ライラ君がきっとなんとかしてくれるよね!?」


 再度起き上がるピーネさん。


「……昔、冒険者をしていた時からの付き合いらしいので厳しいかと」


 糸の切れた人形のように崩れ落ちるピーネさん。

 この反応、今までの話からすると、あれだよね?


「あの、ひょっとしてピーネさんってゲルジッドさんのこと……」

「うん。ピー姉、ダメ男が好きだから」

「ダメ男言うな!」

「えー、あんなのほほんとした三十手前の何も考えてなさそうな男のどこがいいの?」

「そ、それはぁ……第一印象だけなら普段どこを見てるのか分からないようなのんびりとした人だけどしっかりと自分のお店を持ってるしぃ、あの若さでライラ君を住み込みで雇うぐらいの度胸もあればしっかりと店長として成功してるところとかぁ、私と似てるけど私以上に鮮やかな紅い髪に親近感を覚えるって言うかぁ……」

「まあもう婚約してるがな」

「現実の馬鹿ぁっ!!」


 その姿は文字通り恋する乙女のようで、両手の人差し指を合わせて女々しくゲルジッドさんの良い所を言っていたピーネさんは、スィーネさんの心無い一言によって修羅のような表情をしながらまた崩れ落ちた。


「うぅっ。向かい同士で結ばれて世間に祝福してもらいながらライラ君にお義姉さん、もしくはお義母さんって呼んでもらう予定だったのに……」

「うっわぁ……ピー姉、思った以上にこじらせてるね」

「うっさいケルネ! あんただって彼氏いないくせに!!」

「私は玉の輿待ちだから良いの! いつかしがない街娘の私を渋くて荘厳なおじ様が連れて行ってくれるんだから!」

「まだそんな夢見てるの!? そんな事言ってるといつか後悔するよ私みたいに!!」

「凄い説得力だ」

「スィーネも少しは否定してよ!? あんただって一人のくせに!!」

「楽だぞ、一人は」

「もう駄目っ! このまま私達全員無意味に年を重ねて行き遅れていくのっ! 今はムート三姉妹とか言われてこのお店の看板娘としてチヤホヤされているけど、月日が過ぎればこの制服も似合わなくなって無理して着てるとか言われちゃう人生が待っているに違いないんだわっ!!」


 もう何度目か分からないけどまたベッドに崩れ落ちるピーネさん。

 本当なのか演技なのか分からない泣き声が埋もれた枕から聞こえてくる。


「……あの、ピーネさん。このままで良いんですか?」

「良くないよ?このままじゃ店を任せたクーちゃんに怒られちゃうし」

「まあ見ていろ」


 何故だかとてもいたたまれなくなってしまった僕は助け舟を探す。

 面白そうに笑うケルネさんとスィーネさんは、ベッドに寝転んで枕に顔を埋めているピーネさんに声をかけた。


「ピー姉、ちょっと聞きたいことがあるんだけど」

「シクシクシク。現実を知った私にいつまでも夢見る少女でいるケルネが何の用? シクシク……」

「……あのねぇ、行き遅れてずっとここでお世話にならない為にライラ君呼んだんじゃないの?」

「シクシクシ……」

「もたもたしてるとせっかくの料理が冷めるぞ」

「……ああああああああああああああああああああああああああっ!! そうだった忘れてた!!」


 今日一番の勢いでベッドから起き上がるもとい飛び跳ねたピーネさん。

 ドスンと大きな音を立てて、ケルネさんとスィーネさんの間に着地する。

僕は視線を真っ直ぐピーネさんが寝ていたベッドに向けていたから、飛び跳ねて着地する時にスカートがめくれあがって中が見えてしまったなんて事は決してない。


「ライラ君!!」

「は、はい!!」


 決して、ましてや不可抗力でも僕は見えていないし見ていなかったのだけど僕を見下ろすように立ち塞がったピーネさんに呼ばれた僕は思わず姿勢を正す。


「ご飯食べよ!」

「は、はい?」


 さっきまで泣いていたのは演技だったようで、腰に手を当てて僕を見下ろしたままピーネさんは笑った。

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