第17話 飲食店ムートにようこそ
「通りまーす! すいません通りまーす!!」
ファンリネーラのメインストリートを横切る僕は、手を挙げ大声を出して自分の存在をアピールする。
大通りの中心は、主に行商人が大量の商品を運ぶための馬車等の通り道に使われている。
道の端を歩けば人や魔族が歩けるような歩道になっているけど、そこから外れてしまえば別世界のように無数の馬達が蹄を鳴らし、御者の馬車を引いていく。
目的地はこのメインストリートの向かいなので、僕はこの危険な世界に足を踏み入れなければならなかった。
トリイトさんのような身軽さがあれば言葉どおり跳んでいけるのだろうけど、ごく普通の商人である僕はこうして命がけでこの危険な大通りを横切るしかない。
少し歩けばこの大通りを上へ避けて渡れる歩道橋があるのだけど、それを使う者は少ない。
この城下町に暮らしている者はほとんどが行き交う馬車の隙を見て足早に横断している。
それで怪我をする人もいるのだけど、それは自己責任だ。
そう言えばうちには馬も馬車もないのだけれど、ゲルジッドさんはいったいどうやって毎回あんなに大量の商品を仕入れてくるのかは分かっていない。
トリイトさん達が帰ってきたら教えてもらおう。
「おっと、とと!」
無事に大通りを横断できた僕はすぐに歩道へとその身を入れる。
行き交う人の流れは川のように同じ方向には進まないのでそれに従い、時には逆らって人混みを掻き分けていく。
一等地に店が建っているがゆえの苦悩だろうか。
人が多すぎるんだよね、本当に。
お店にお客さまが大勢来てくれるのは嬉しいけど、僕がお客になる時は不便だ。
「ふぅ、到着っと」
人混みの中から脱出し、僕は無事に目的地へとたどり着いた。
ムートと名付けられた飲食店は、ライオックと同じように店長さんの名前を使ったもの。
周囲の建造物、石造りやレンガ造りとは違いほとんどが木造の店舗はかなり浮いている。
店の外も通りから階段を数段上がった先に、木造のオープンテラスまである徹底ぶりだ。
もちろんそこには木製の丸テーブルが点々と並び、それを囲うように同じく木製の椅子が配置されている。
オープンテラスの端には大きな観葉植物が等間隔で置かれていたりと、かなり自然に拘っている。
それがまたこのファンリネーラでは異彩を放っているんだけど、世界を旅している冒険者とかには外の雰囲気に似ているからと好まれている。
だから外のオープンテラスにいる人達も冒険者と思われる方が多く、この空間だけまた違った活気に満ちている。
ただでさえ人混みが苦手な僕が、こんな空間に入るのは一種の冒険ではないのだろう。
「ん? おぉ! おいそこのお前!」
「ひゃいっ!?」
「お前あれだろ? 向こうのどうぐ屋の店員! いつも助かってるぜ!」
「あ、いえ! こ、こちらこそありがとうございます!!」
「飯を食いに来たんだろうけど悪いな! 外は俺の仲間達で貸しきっちまってるからよ! 中なら空いてると思うぜ!」
「あ、ありがとうございます!」
木造の階段を上り、オープンテラスに足を踏み入れた瞬間に一人の男性に声をかけられた。
筋骨隆々の偉丈夫は、その肉体を自慢するように上半身裸。
その露出した肌にはいくつもの古傷や生傷が刻まれている。
逆立てた緑髪によって隠れもしない強面に僕は情けない声を上げてしまったが、どうもお店のお客さまだったようだ。
豪快だけど丁寧に説明してくれた彼に頭を下げて店の中へ。
人は見た目だけで判断してはいけないんだなと、僕はファンリネーラに来て何回思ったか分からない。
「いらっしゃいませー。お客さん何人で……ん?」
「え?」
お店に入ると中ももちろん全てが木造だった。
外と違うのは意外にも女性客や冒険者には見えないお客が多い事。
店内には外のように観葉植物は置かれておらず、その代わりに色とりどりの果物や花がテーブルの中心や出窓に置かれている。
外は外で異彩を放っていたけど、中は中でまた雰囲気ががらりと変わっていた。
そこで僕へ声をかけてくれた店員の女の子を、僕は見たことがなかった。
着ている服はこのお店の制服だろう、ゲルジッドさんに言わせればフリフリのミニ。
白を基調とした中に赤、黄、青が散りばめられている。
曲線美とでもいうのだろうか、露出した太ももから伸びる足がとても眩しい。
いや、違う違う違う。
僕が彼女を眩しいと思ったのはそれだけじゃない、うん。
病的なまでに白い肌、それに負けず劣らずの白髪、それを際立たせているまるで血の色をした赤い瞳。
トリイトさんと同じ獣人だろう彼女は、頭部から髪の色と同じ白い獣の耳を生やし、ミニで際どいスカートの後ろから同じく真っ白な尻尾を伸ばしている。
けどそれよりも気になってしまうのはその顔に刻まれた大きな古傷。
額から右目へ降りて口の横まで伸びた傷がとても痛々しく、外で会った冒険者の彼とは違って店員の彼女が何故、と僕の中で疑問が生まれた。
しかしそれよりも先に彼女は僕を見て何か思うことがあったらしく、首を傾げた。
「……金髪」
「え?」
彼女の視線が僕の頭部へ。
「……碧眼」
「う、うん」
そこからゆっくりと下へ。
「……右手首に巻かれた紅のバンダナ」
「な、なに?」
その視線から隠すように僕は左手で右手首を覆う。
「……お客さんひょっとしてあれか? ほら向かいの店の、らい……らいらいらい」
「ライオック?」
「そうそうそれそれ! その店の店員か?」
「そ、そうだけど……」
ライオックの店員だと何かあるんだろうか。
瞳を大きくさせて聞いてきた彼女の勢いに押され、一歩下がりながら首を縦に振る。
「あー、なるほど。お前が……」
「あ、あの。僕がなにか?」
「ほんっとに、タイミングの悪い……」
「えぇ!?」
彼女は興味深そうに僕を覗いてくる。
かと思えば一転、鬱陶しそうに大きな溜め息をついた。
それも僕の目の前で。
え? 何? 何なのこの子?
「おーい! オッチャン……は奥か。じゃあ良いや赤ネーチャン! 例のお客さん来たぞ! 向かいの……どうぐ屋の!」
「えぇ!? クーちゃんそれ本当!?」
「ほら、このお客さんだろ?」
「あ、こんにちは」
彼女がお店の奥に声をかけると、見知った女性が慌てたように顔を出した。
ピーネ・ムートさん。
この飲食店『ムート』の店長ヴァルコ・ムートさんの長女だ。
赤姉ちゃんと呼ばれたのは、彼女の髪の色が赤色だからだろう。
背中まで伸びた髪を後頭部で一本に纏めたポニーテール、服装はやはりこの店指定の制服姿。
このお店には本当に時々しか来ないけど、三年前に来店してからはこのファンリネーラのメインストリートの向かいにあるお店同士ということもあってか、仲良くしてもらっている。
悲しいけど数少ない僕の友達の一人だ。
歳は全員僕より上。
「あー! 本当だ! ケルネ! スィーネ! ライラ君来たよライラ君!!」
「ようやく!?」
「仕事してる場合じゃない」
ピーネさんが店の奥からまた見知った顔の二人を呼んだ。
僕の髪の色に似た黄色い髪を片側のサイドテールで纏めているのは次女のケルネ・ムートさん。
飲食店の店員でそれは良いのだろうか、無造作に伸ばされた青い髪の三女スィーネ・ムートさん。
ムート三姉妹とも呼ばれていて、このお店の看板娘の三人だ。
「お父さんごめーん! ライラ君来たからちょっと二階行くねー!!」
「え?」
「ほらほら、ライラ君はこっち!」
「え? え?」
「善は急げだ」
「え? え? え?」
ピーネさんが店の奥にいる店長のヴァルコさんに声をかける。
その間にケルネさんは僕の手を引き、スィーネさんが後ろから僕の背中を押す。
僕はそのまま強引に、このお店の二階へと連れて行かれるのだった。
「クーちゃんごめんね! 後は任せたよ!!」
「……特製アイス三日分で許す」
2階へと階段を上っていると後ろからそんなやり取りが聞こえ、ピーネさんも駆け上がってきた。
僕はただお昼ごはんを食べに来ただけなのに、どうなっているのだろう。




