第16話 見守る者
「あーもう! やっぱり可愛いなぁライラ君はぁ!!」
「へぶっ!?」
衝撃。
「帰ってきます! 絶対に帰ってきます! 当たり前じゃないですかライラさん!!」
「苦しっ!? いやっ痛い痛い痛い!!」
圧迫。
「さっきも言ったかもしれないけど、私達だって辛い事ばっかりじゃなかったんだよ! ライラ君がいたからこそ頑張れた事だってあったんだから!!」
「ライラさんがここにいてくれるだけで生きる目標になるんですから!!」
「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いっ!!」
「おーい新人共、ライラに賞金はかかってないぞー? そのまま圧死させるつもりかお前ら」
「そんな大げさなってあぁっ!? ライラ君どうしたのっ!?」
「大丈夫ですかライラさん!?」
短い時間だったけど僕にとってもはとても長く感じた。
ようやく解放された全身が、とても痛い。
まるで巨大な生物に突っ込まれたかのような衝撃が僕の全身を揺らし、吹き飛ぶ事も許されないまま両手で抱き寄せられ、そして僕を挟み込むように、押しつぶすかのように包み込まれたのだ。
これが普通の、それこそただの服装だけならまだ良かった。
しかし彼女達は多かれ少なかれその身体に鎧を纏っている。
トリイトさんは動きやすさを重視して、胸周りの急所部分だけを守る為のブレストプレートと腰から大腿部までを守るフォールドとタセット。
特にこのブレストプレートが、スタイルの良いトリイトさんの胸を守るブレストプレートが、前面部から全力で僕の顔面付近に押し付けられ、ついでと言わんばかりにフォールドとタセットが僕の胴体を圧迫した。
そしてネメシーさんを一言で言うと、重装備。
顔以外を守る特性の全身プレートアーマーは動くだけでその音が鳴り響き、トリイトさんのとは素材がそもそも違うのか見た目から分かる重厚感。
よくこんなのを着て重い物を何度も運べたなと素直に関心してしまう。
しかしそれが凶器になった。
僕より頭一つ分小さい彼女が回した腕は僕の腰周り。
そこに重厚な鎧に覆われたドワーフの怪力が追加される。
前面部はトリイトさんが起伏の激しい鎧で僕の上半身を、後背部はネメシーさんが重厚な包容で僕の下半身を同時に圧迫したんだ。
例えそれが少なからず、どうぐ屋ライオック指定の紅色のエプロンで覆われていたからって、だからなんだって言うんだ。
薄い布一枚挟んだだけで何も変わらない。
助け舟を出してくれたゲルジッドさんはありがたいけど、そもそも普段冒険に出るときのような格好で仕事をすれば他のお客さまが親近感を覚えると言ったのはゲルジッドさんだ。
つまり全ての元凶はゲルジッドさんだ。
「おーおー、罪だねぇライラ。モテる男は辛いだろう?」
「ちょっと今話しかけないでください」
数少ない僕の反抗。
全身を襲う痛みに抗いながら声を絞り出す。
流石に他人事のように呑気に笑う声に怒りを感じた。
「なんか分かってるような口ぶりだけど自分がモテてるって勘違いしてないかなあの変態店長」
「しっ! ドスケベ店長さんにだって少なからずプライドがあって、ライラさんが私達に好かれているのが気に食わないだけですからそっとしてあげた方が良いんですよ」
「おい全部聞こえてるぞお前ら。誰がモテない男だって?」
「変態店長」
「ドスケベ店長さん」
「……ふふっ」
僕をこんな風にしたのは彼女達だけど、内心ちょっとだけ嬉しかった。
鼻で笑っちゃったの、気づかれてないよね?
「人を変態だドスケベだモテないだ、言いたい放題だなお前ら!?」
「だってデリカシー無いし」
「他の女性と一緒にいるの見たことないですし」
「ふふふっ」
「おいライラ気づいてないと思ったら大間違いだぞお前」
「話を逸らしたよネメシー」
「やっぱり図星なんですよトリイト」
「失礼だなお前ら。俺にだってちゃんと婚約者はいるっつーの」
その言葉に僕は伏せていた顔をバッと上げる。
え、え?
「どういう事ですかっ!?」
「うおっ!?」
「僕そんな事一度も、聞いてないんですけど!?」
「ずっと一緒に暮らしてるライラ君が知らないって事は嘘なんじゃないの、ネメシー」
「いやいやもしかしたら脳内にって可能性がありますよ、トリイト」
「新人コンビは黙ってなさい!」
「ゲルジッドさんは言ってくださいよ!」
「だって、聞かれてないし」
「昔からずっとそれですね!」
アールヴさんと冒険者をやっていた事も、同じ理由で教えてくれなかったのを僕はまだ覚えてる。
聞かない僕が悪いのかもしれないけど、基本的に自分の事は何も教えてくれないんだ。
けど、それでも。
「こうしてお世話になっているんですから婚約者の方がいるのなら教えてくれたって良いじゃないですか!!」
「そうは言っても今は別居中だしなぁ」
「そうでしょうね! だって一度も見たことが無いんですから!!」
「別居中だってネメシー、何したんだろうねあの男」
「きっと他の女性客に手を出したとかですよ、トリイト」
「しねぇよ!!」
「じゃあ、どうして別居なんて」
「お前も知りたがりだなライラ。……まぁ、隠すことでもないか」
ゲルジッドさんは溜め息をついて、紅色の髪を掻いた。
「別に感動する話とか笑える話とかそんな楽しい話じゃないんだけどよ、俺は大きなどうぐ屋を建てるのが夢になった。まぁそれは今は叶ったわな。このファンリネーラでどうぐ屋としてやっていけて、ライラって従業員がいて、手伝いの新人二人もたまにだが顔を出して。ただ俺の婚約者……まぁ昔の冒険者仲間の一人なんだが、そいつはまだ夢を追ってるんだよ」
少しだけ遠い目をして、ゲルジッドさんが話し出す。
「昔から真っ直ぐな奴でよ、知らず知らずのうちにそんな場所に惹かれてたのかもしれないが、正直向こうから想いを告げられるまで全く気づかなかったんだ。ただそいつの夢はここじゃ、ファンリネーラじゃ追えない、一緒にいたら追えないんだ。だからこうして別居してる。俺だけ夢を叶えて、そいつの夢、俺なんかよりももっと大きな夢を追うななんて事、言える訳ないだろ?」
「……あの、寂しくないんですか?」
「いや? 月一回ぐらい仕入れの時に、お前に内緒でこっそり会いに言ってるからそれほどでも」
「待って、ゲルジッドさん、それ聞いてない」
「言ってないし」
「もう聞き飽きましたよそれ! 凄く立派な事を言ってたのに台無しじゃないですか!?」
「最初に言ったろ、別に感動するような話じゃないって」
「言いましたけど!!」
ゲルジッドさんの話を聞いて、どこかに申し訳ない気持ちが生まれたのが一瞬にして消え去った。
もしかしたら僕がここにいるせいでゲルジッドさんもその婚約者さんに会えないのでは、なんて考えたけどそんな事はなかった。
「それだったら僕も仕入れの時に連れて行ってくださいよ! ご挨拶したいので」
「やだよ、恥ずかしい」
「せめてもうちょっとマシな理由は無いんですか!?」
「まーまーライラ君ここは落ち着いて」
「そうですよライラさん、ここは私達に任せてください」
「へ?」
納得のいかない事だらけだった僕はゲルジッドさんに突っかかる。
しかしそんな僕を宥めたのは意外にもトリイトさんとネメシーさんの二人だった。
「とりあえず聞きたいことがいくつかあるんだけど」
最初に口を開いたのはトリイトさん。
「聞きたいこと? もう特に話すことはないぞ?」
その言葉に軽く首を傾げるゲルジッドさん。
「そんな事ありませんよ! こっちは聞きたいことしかないんです!!」
そして大きく前に出るネメシーさん。
「お、おぉ……? 何かは知らんが、言ってみ?」
その勢いに押されたゲルジッドさんは聞き返す。
それが彼女達二人の導火線に火をつけた。
「じゃあまず二人は、店長さんと婚約者さんはどこで出会ったの!?」
「は、はぁ!?」
「同じ出身地で幼馴染だったんですか!? それとも冒険をしている時に何かあったのですか!? 街で困っている時に声をかけられたとか! 何か依頼を切っ掛けに仲良くなったとか! 外で襲われているところを助けたとか!!」
「い、いやちょっと待てお前ら!?」
焦るゲルジッドさんをよそにして彼女たち二人に、火がついた。
「いーや待てない! そもそも冒険者仲間でそこまで相手の事を知っているんだから一緒に旅をしてた仲なんだよね!? だったら気づかないだけで向こうから何度もアプローチがあったと思うんだけど何か無いの!? 無くても思い出して!早く!!」
「いえトリイトやはりまずは、出会いと仲の発展から聞くべきです! 何人のパーティで旅をしていたかは知りませんが、二人きりになった時は少なからずある筈です! そう言った時に多少なりとも良い雰囲気になったとか、ちょっとドキッとしてしまった事とかありましたよね!?」
「違うよネメシー! ドキッとした事といえばやっぱりそういったハプニングとかの話とか聞きたいじゃん! 一緒に旅してるんだから湖で汗を流しているところを偶然目撃しちゃったとか、それがバレて怒らせたとか、そこからどうやって仲直りしたとか!!」
「そんなの無粋です! やはり冒険には危険が付き物ですから足を怪我して動けなくなったところを何も言わずに優しく背負ったりとか、それに負い目を感じて背中越しに謝ってきたのをぶっきらぼうに返事するとか!」
「ていうかもう婚約してるんだよね!? じゃあ想いを告げられたのはいつ!? 冒険中!? それとも終った後!? 冒険中ならその後旅を続けるのに何か心境の変化とかお互いの行動に気まずさとか恥ずかしさとか無かったの!? それとも終った後にされたのならなんて答えたの!? OKしたんだよね!? そこのところ詳しく!」
「後、やはりキスはしたんですよね!? 初キスとはどういったものだったんですか!? できればその時の心境とかも一緒に教えてください!!」
「それにキスだけで止まったの!? そういう雰囲気って凄い大事なんだよ!? 女の子から想いを告げられた、それでキスまでしておいてそこで終わりなんて腰抜けな事をしてないよね!?」
「その先にいったにしろまさか野外で、なんてことありませんよね!? それに時間も真昼間から木陰に隠れてなんて邪道な事をしてたなんて言ったら、ドン引きですよ!?」
「何言ってんのネメシー! こういうのは時と場所関係なく勢いが大事なんだよ! その場の雰囲気が最高ならそのまま流されていった方が良いに決まってるじゃん!!」
「それはおかしいですよトリイト! やはりはじめてというのはとても大切なことなんですから! しっかりとお互いの想いを再認識して適切な時間と場所で愛を誓う方が素晴らしいでしょう!!」
「……うわぁ」
口から勝手にこぼれてしまった言葉を聞かれないようにさっと両手でふさぐ。
二人の質問攻めは進むごとにどんどんとヒートアップしてきて、ゲルジッドさんが何も答えてないのに仮定だけで話が進んでいく。
話は何故だか脱線していき、トリイトさんとネメシーさんで言い争いが始まってしまう。
しかもその内容がどんどん妙な方向へと進んでいってしまう。
昔もこうやって、やくそうとポーションで言い争ってのを思い出す。
けど今の僕にこの2人の争いは止められないし、巻き込まれたくないもないので静かにゲルジッドさんの背中にでも隠れよう、うんそうしよう。
「だああああああああああああああああああああああああああっ!! うるせぇぞお前らぁ!!」
「ひぃっ!?」
しかし僕が動き出した瞬間に、ゲルジッドさんが吼えた。
それに僕は竦んでしまい情けない声まで上げてしまった。
「勝手に話を進めてどんどん変な方向にいきやがって、そんなに人の痴話が気になるか!?」
「もちろん!」
「知りたいです!」
流石賞金稼ぎ、ゲルジッドさんの怒号にも決して怯まない二人は凄く正直に首を縦に振る。
僕には絶対に真似できない。
「そうか、そんなに聞きたいか……」
急にゲルジッドさんの声のトーンが落ちる。
両肩の力がガクッと抜けてうなだれてしまった。
「……だったら嫌ってほど聞かせてやるよ!! 仕事しながらたっぷりと!!」
「うぇっ!?」
「きゃっ!?」
そして勢いよく顔を上げたと思ったら、トリイトさんとネメシーさんのうなじを、細かく言うとトリイトさんのレザー製のハイネック部分を、ネメシーさんのプレートアーマーを掴み上げる。
そして二人分の大人の女性を、軽々と引きずりだすゲルジッドさん。
ネメシーさんの重厚な鎧も、長身のトリイトさんも関係なく引きずっていく。
「おうライラ、俺ちょっとこの新人二人連れて仕入れに行ってくるわ」
「え? 仕入れ、ですか? あの、まだ売り上げた商品の整理ができてないんですけど」
「じゃあ帰ってくるまでそれが仕事な、店は閉めていいから。ちょっとこの二人にお灸をすえてくる」
「あの、仕入れでは?」
「んー? 適当に何か仕入れてくるから気にすんな」
多分これ絶対に仕入れが目的じゃない。
だけど僕はそれについて何も言わない。
だって怖いもの。
「うわああああああ! はーなーせー! 横暴だあああああああ!!」
「人攫いです! 憲兵さん! 助けてくださーい!!」
「残念、うちのエプロン着てるんだから立派なうちの従業員だよお前らは。本気で憲兵呼ばれてもそれで言い訳できる」
「うわ最低だこの店長!」
「おーおー何とでも言え、仕事だ仕事。それに聞きたかったんだろう? 聞かせてやるって言ってんだから感謝しろよ?」
「別にこの場所で教えてくれれば良いじゃないですか!」
「馬鹿野郎、ライラの教育に悪影響だろうが」
「うげっ!? 過保護だよこの店長、過保護すぎて汚いものは見せない教育だ!!」
「それじゃあライラさんがいざって言う時に何もできないじゃないですか!!」
「あっはっは、男ってのは勝手にそういう事に興味をもって成長してくんだよ、心配すんな」
「さっきと言ってる事違う!」
「だまらっしゃい。そもそもお前らを雇ったのだって最初から仕入れを手伝ってもらうのが目的だったし、しっかりと働いてもらうぞ」
「えぇ!? 私達のライラさんに対する想いに気づいて雇ってくれたのではないんですか!?」
「んな訳あるか! ほら、困ってるどうぐ屋の店長がいるんだぞ? 助けてくれよ賞金稼ぎ」
「今はオフなの! 賞金稼ぎは休業中!!」
「じゃあどうぐ屋の新人二人、きりきり働け」
「逃げ場がないじゃないですか!?」
「働くってのは、そういうもんなんだよ」
「それっぽい事言って誤魔化そうとしてる! 助けてライラ君! 私達攫われちゃう!!」
「えっ?」
「ライラさんだって、私達と一緒にお仕事したいですよね? ね!?」
トリイトさんとネメシーさんの救いを求める視線が突き刺さる。
「あの、ゲルジッドさん。仕入れってどれぐらいで帰ってきます?」
「んー、夜には帰るぞ」
「分かりました、お気をつけて」
「うわああああああああああああ! ライラ君に見捨てられたああああああああああああ!!」
「ライラさんどうして!? 信じてたのに!!」
「あ、お2人もお気をつけて。無事に帰ってきてくださいね!」
「今それ言うの!?」
「助けてくださいお願いします!!」
「んじゃ、ちょっと行ってくる」
「ライラ君ライラ君ライラくーん!!」
「ライラさんライラさんライラさーん!!」
「あはは、お気をつけてー」
救いの手を求めて僕に手を伸ばしてくる二人に、僕は苦笑いを浮かべながら優しく手を振った。
ゲルジッドさんによって引きずられていく姿が、どんどん小さくなっていく。
ファンリネーラのメインストリートの喧騒にも負けない大きな叫び声が、徐々に遠くなっていった。
ごめんなさいと思いつつ、この三年間一度も仕入れに連れて行ってもらえていない僕のちょっとした嫉妬心もあった。
羨ましいなぁとは思っても、今のゲルジッドさん達にはついていきたくはない。
開かれた店の扉から風が入り込む。
ゲルジッドさんにもう店は閉めて良いと言われたけどどうしようか。
店の壁に立てかけてある魔石時計を見てみれば、そろそろ昼下がり。
お客さまが来ないなと思ったらもうこんな時間だ。
もしかしたら誰かしら来てたのかもしれないけど、雰囲気が変わり続ける店内を見て入るのを躊躇ったのかもしれない。
何はともあれ朝からずっと働いてたしとりあえず本当の意味で一息いれようと思う。
そうなればまずは、うん。
「たまには外にご飯食べに行こう」
僕は頭に巻いていたバンダナを外して店のカウンターに置く。
そして同じ色のバンダナが右手首にしっかりと巻かれているのを確認して、紅色のエプロンも外す。
無地白色で半袖の布の服、下はゲルジッドさんの着ている着物の色に似せた紺色だ。
後は店の扉をしっかりと外側から閉めたのを確認してっと。
「さーて、何を食べようかな」
そんな事を呟きながら大勢の人混みを避けながらメインストリートを横切っていく。
目的地は現在絶賛混雑中の、どうぐ屋ライオックの向かいにある飲食店だ。




