↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
幻想古典詩歌集成──詳解・現代語訳  作者: 武菊 御名行


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
5/10

第5回 徒花とサネカズラ

【原文】


徒花(あだはな)の 光は増せど

繁(しげ)き葉の さねのかづらの 実こそ欲しけれ



【現代語訳】

わたしはこうして美しさにどんどん磨きを掛けているというのに、あなたはたくさんの言葉をかけて私と逢瀬をしても、夫婦にはなってくださらない。わたしはまるで実のならない徒花のようであることよ。

華やかな花がなくても鮮やかな実がなるさねかづらのように、私がほしいのはあなたの真実であるのに。



【解説】

「徒花(あだはな)」は実がならない花のこと。

たくさん繁った「葉」は、たくさん交わした「言葉」の隠喩。

サネカズラは「さ寝」に通じることから、共に寝ること、つまり関係を持つことの隠喩として良く使われる。

また、「さね」は本質や真実という意味の「実(さね)」をも思わせ、二重に意味が掛かってくる。

実が欲しい、というのは、真実や、夫婦になるという事実を望んでいるということ。さらに深読みをするなら、子供を授かりたいという意味にも取れるかもしれない。


表面的に見れば、

「この花はどんどん美しさを増して光り輝くばかりに育ってゆくけれども、実がなることはない。葉っぱばかりがたくさん繁るサネカズラのように、実がなって欲しいのだ、私は。」

と、植物のことだけを言っているようである。


しかし、和歌はこのように「例え話」で本来言いたかった意味を隠すことがお洒落だと思われる文化でもある。掛詞、隠喩…あらゆる高度な修辞法を縦横に楽しめるところが和歌の魅力のひとつだ。


つまり詠み手が隠した、本当に言いたかったことを想像してみると、

「私は貴方のためにこんなにも美しくなりました。しかし、あなたは甘い言葉をたくさんくれて、そして抱いてくれるけれども、そこに真実はありません。私は貴方と公に夫婦として結ばれ、まことに幸せな家庭を築きたいのです」

のようなところが浮かび出ては来ないだろうか。


もちろん、陰の意味は読む人によって多様に解釈することができるのが、こういった和歌のおもしろいところである。


読む人が、自分の境遇にかさねて読むことができる、和歌ならではの一首。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
あらすじの一文だけで、もうすでにすごく良かったです。 古典教本のような世界観が楽しすぎました。 とくに読む人や解説によって色変わりしそうなこの一首が素敵でこちらへコメントさせていただきました。 こち…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。