第47話:錦帯橋の誓いと、決戦の前夜
【一】広島突破と、岩国への先頭走破
備後路での千鶴救出劇。見事に追手を蹴散らして合流した勝小吉とお初の支援のもと、八坂屋の飛脚たちは怒涛の快進撃を見せていた。尾道、三原、そして安芸・広島城下(第二十五区)の街道を圧倒的なペースで駆け抜け、首位の座を一度たりとも黒羽屋へ譲ることなく防衛し続けた。
そして、安芸と周防の国境を越えた八坂屋の朱色のタスキは、五重のアーチが美しく夕映えに浮かぶ名勝・錦帯橋の袂——第二十七区『岩国宿』へと持ち込まれていた。
「八坂屋、第一着で錦帯橋を通過ッ!」
宿場の記録係が声を張り上げる。後方追走の黒羽屋とは、なおも半刻以上の時差アドバンテージを維持していた。
手当てを終えた飛脚たちを労い、旅籠の奥の座敷へ集まった宗吉、千鶴、勝小吉、お初の四人。
窓の外には、錦川のせせらぎと月明かりに照らされた錦帯橋の雄姿が広がっていた。
【二】タスキ裏の秘密と、千鶴の想い
お初が明日の走破に向け、自身の草鞋の手入れをするため部屋を辞したのを見届けると、宗吉は行灯の明かりの下で胸元から朱色のタスキを取り出した。
「いよいよ明日が最終日だ。周防から長州・萩の城下へ至る、最後の三区間……」
勝小吉が煙管の煙をくゆらせながら、タスキの裏地を鋭い目で見つめた。お初や他の飛脚たちには伏せられているが、このタスキには水野景時様から託された長州佐幕派重臣への極秘の文が仕込まれているのだ。
「ああ。ここまでは首位を守り抜いた。だが、本当の勝負は明日だ。お前たちの走る本当の意味がかかっているからな」
宗吉がタスキの縫い目をそっと指でなぞり、決意を新たにする。
千鶴が宗吉の前にそっと膝折り、新しい草鞋と予備の麻縄を取り出した。
「宗吉、明日の最終区……第三十区はあなたが走るのよね。足元を見せて」
「千鶴……」
千鶴は宗吉の足元に低くかがみ込むと、丁寧に足首の筋肉を揉みほぐし、明日履くための新型厚底草鞋の紐を、心を込めて一つひとつ結び直していった。
「あの備後での恐ろしい出来事の時、私を背負って走ってくれた宗吉の背中の温もり……一生忘れないわ。私はどんなことがあっても、宗吉を信じて萩で待っているから」
「千鶴……ああ、約束する。俺たちの走りで、八坂屋の天下最速を証明して見せる。そして、必ず無事にお前の元へ帰ってくる」
二人の視線が交差し、固い決意と深い愛しさが行灯の光の中に溶け込んでいった。
【三】お初の秘密と、密謀の萩へ向けた覚悟
一方、隣の部屋で静かに草鞋の紐を整えていたお初は、胸元に忍ばせた短刀の柄を、着物越しにそっと握りしめていた。
(黒羽屋成三……そして紫乃様は、すでに毛利佐幕派・倒幕派双方の蠢く萩の城下に入り、極秘の密談に及んでいる……)
お初は真田の忍びとしての情報網を通じ、成三が紫乃を「豊臣の血を引く象徴」として旗印に掲げ、長州の勢力を巻き込んで巨大な暗闘を仕掛けようとしている事実を密かに掴んでいた。
成三は紫乃の身を盾にお初を縛り付け、この欽明路峠で八坂屋の走りを潰そうと目論んでいる。だが、お初の心はすでに別の覚悟で固まっていた。
(成三の言いなりになって八坂屋を裏切るつもりなど毛頭ない。この欽明路峠を己の脚で走り抜き、宗吉殿にタスキを繋ぐ。そして萩の地で、成三の暗躍と悪事をすべて白日の下に晒し……紫乃様をあの男の掌から救い出す!)
たとえ豊臣の再興という果てしない運命が立ち塞がろうとも、血を流さずに豊臣の血脈を守る別の道を模索する——それが、宗吉たちの真っ直ぐな生き方に触れたお初が出した答だった。
(紫乃様……どうか待っていてください。私は八坂屋の走者として、そして貴女を守る忍びとして、必ず萩へ辿り着きます……!)
部屋へ戻ってきたお初は、宗吉と千鶴に向けて、いつもの涼やかな笑みを浮かべた。
「宗吉殿。明日の第二十八区・欽明路峠、このお初にすべてお任せください。どんな刺客や難所が立ち塞がろうと、必ず第二十九区へタスキを繋いで見せます」
「頼んだぞ、お初!」
明日、最終日。運命が待つ萩の城下へ向け、最後の死闘が幕を開けようとしていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
黒羽屋による卑劣な罠と妨害が立ちはだかる中
舞台はついに最終日、長州路(山口)への突入へ!
萩を目指す八坂屋の前に、さらなる試練と暗雲が押し寄せます。
次回第48話、孤立無援の欽明路峠でお初を襲う刺客、そして鉄への魂のタスキ渡し!
クライマックスへ向けて怒濤の展開が続きます。ぜひ【評価】や【ブックマーク登録】で応援していただけると嬉しいです!




