第41話:破られた罠、絆の厚底
【一】新型草鞋の威力と、熊五郎の快走
淀屋徳兵衛の轟くような号砲とともに大坂・京橋を飛び出した一番走者・熊五郎の脚は、かつてない軽快さと爆発的な推進力を生み出していた。
「すげえ……! 地面を蹴るたびに、勝手に身体が前へ押し出されるみたいだぞ!」
源造親方とお蘭が作り上げた新型の厚底草鞋——その底面に施された特殊な麻縄の噛み合わせは、硬い石畳も柔らかい土手道もガッチリと捉え、蹴り出す力を一切逃さずに推進力へと変えていた。
背中に背負った竹筒から時折冷えた梅塩水を口に含み、呼吸を整える。
「千鶴ちゃんの栄養水も効いてやがる! 喉も干からびねえし、脚の痛みが全く来ねえ!」
熊五郎は街道沿いの群衆から上がる大歓声を背に受けながら、後続の黒羽屋の走者をぐんぐんと突き放していった。
一方、その少し後方を追う早駕籠の中。宗吉は小窓から前方の街道を見つめ、熊五郎の力強い走りに思わず笑みをこぼした。
【二】黒疾風の罠と、脳裏に蘇る宗吉の言葉
尼崎宿の中継所まで、あと残り半里。八坂屋の首位独走は揺るぎないものと思われたその時、街道脇の竹林から、どす黒い装束を纏った黒疾風の刺客が二人、ぬっと姿を現した。
刺客の一人が不気味な笑みを浮かべ、熊五郎の足元へ向けて大量の撒き菱とドロドロの油を撒き散らす。
「くくく、八坂屋のガキめ! ここで足を滑らせて転げ回りやがれ!」
「なっ……油と撒き菱だと!?」
一瞬、熊五郎の顔に焦りと恐怖が走った。油の上に乗れば滑落して命に関わる。撒き菱を踏めば足裏を貫かれ、飛脚としての命を絶たれかねない。死の罠が目の前に広がっていた。
だが、速度を落としかけたその瞬間——熊五郎の脳裏に、出陣前夜に宗吉からかけられたあの言葉が鮮烈に蘇った。
『熊五郎。黒羽屋は必ず汚い手を仕掛けてくる。だが覚えておいてくれ。源造親方の削り出した厚底の底面は、撒き菱の針なんて鼻で笑うほど分厚くて頑丈だ。お蘭さんの仕掛けた溝は油を完全に切り裂く。そして、俺が教えた身体の真下に足を落とす着地軸さえ保てば、絶対に滑らない』
『……自分の脚と、親方たちの技術、そして俺の言葉を信じてくれ。お前なら絶対に踏み破れる』
(そうだ……! 宗吉が嘘をつくはずがねえ! 親方とお蘭さんの草鞋が負けるはずがねえッ!)
熊五郎の目に宿った迷いが一瞬で消え去り、覚悟の鬼神と化した。
「甘えんだよ、黒羽屋ァ! 俺たちの草鞋と絆を舐めるんじゃねえぞッ!!」
熊五郎は一切減速することなく、言葉を信じてそのまま凶悪な罠の渦中へ力強く踏み込んだ!
【三】絆のタスキリレー
ガチッ、ガチガチッ!
鈍い音が足元で響いたが、熊五郎の足裏に痛みは一切走らなかった。
分厚い多層ソールが撒き菱の鋭い針を完全に弾き返し、特殊な溝が滑る油を切り裂いて地面を力強く捉えたのだ。さらに体幹の真下に足を置く軸のおかげで、横滑りする力をそのまま強烈な前方への推進力へと変えて弾け飛ぶ。
「な、なにぃぃッ!? 撒き菱も油も効かねえだと!?」
驚愕で目を見開く刺客二人を、熊五郎は地鳴りのような猛進で蹴散らし、一瞬で置き去りにした。
追走する早駕籠から飛び出した勝小吉とお初が、残された刺客たちを後方で速やかに無力化していく。
難所を完全に突破した熊五郎は、圧倒的なリードを保ったまま尼崎宿の中継所へと滑り込んだ。
「頼んだぞ、第二区!!」
「おうよ、受け取ったぜ!」
八坂屋の誇りと幕府の密書が縫い込まれた朱色のタスキは、信頼の熱い叫びとともに、第二区の走者へ完璧な流れで引き継がれたのだった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
第一区・尼崎宿への道中で仕掛けられた「黒疾風」の油と撒き菱の罠!
しかし、源造親方の新型厚底草鞋が見事にこれを粉砕し、圧倒的なリードでタスキを繋ぎました!
次回第42話、第二区〜兵庫宿での高速レースと、追い詰められた黒羽屋のさらなる凶策!
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