第40話:出陣の刻と、西国路の号砲
【一】前夜の軍議と、着差発走の取り決め
西国街道『大坂〜萩 三十区間天下最速勝負』の幕が上がる前夜。
大坂・京橋の八坂屋支店の奥座敷には、一番走者の熊五郎や源造親方、お蘭といった残留組の幹部が集まっていた。すでに第二区から第二十七区、および第二十九区を担当する飛脚たちは、それぞれの待機宿場へあらかじめ旅立っている。
宗吉は畳の上に広げられた三十区間の街道図を指差し、一同を見渡した。
「みんな、明日からの勝負の決まりを最後におさらいしておくぞ。走るのは日が昇っている昼間のみだ。各日の目的地へ到着した際、一番手と二番手の着差を厳密に計る。翌朝はその着差の分だけ、先着した組が先に繰り出す時差発走の形をとる」
「なるほどな! 先に到着した分だけ翌朝早く飛び出せるってわけかい。こいつは一刻でも一分でも先へ進む甲斐があるぜ!」
一番走者を務める熊五郎が拳を握りしめた。
「ああ。最後の三十区を走る俺と勝様、千鶴、そして第二十八区を担当するお初の四人は、早駕籠を乗り継いで先回りや追走を行い、各宿場でみんなの手当てや裏の警戒、監督にあたる。第三十区のアンカーは俺が務めるから、それまでみんなで無事にタスキを繋いでくれ!」
宗吉の力強い言葉に、熊五郎たちが「おうッ!」と熱い雄叫びを上げた。
座敷の隅では、千鶴と勝小吉が静かに頷き合っていた。
タスキの裏地に縫い込まれた「長州佐幕派重臣への密書」——その秘密を知る宗吉、千鶴、小吉の三人は、視線だけで固い覚悟を交わした。
「千鶴ちゃん、俺たちの乗り継ぐ早駕籠の手配も万全だ。走者たちにピタリとついて、手当てと裏の警戒にあたるぞ」
「ええ、勝様。お初さんにも手伝っていただけますし心強いです。宗吉たちが命を削って繋ぐタスキですもの。私の調合した滋養水と手当てで、絶対に全員を完走させてみせます」
【二】朝靄の京橋と、第一区の緊張
翌朝、東の空が白み始めた大坂・京橋の街道口。
お蘭が仕立てた漆黒の走りの着物を身に纏い、背中に梅塩水を入れた竹筒、そして足元には源造親方特製の新型厚底草鞋を履いた第一区担当・熊五郎が、出立の標石の前に立っていた。
その胸には、八坂屋の誇りと幕府の密書が縫い込まれた朱色のタスキが固く結ばれている。
「熊五郎、尼崎宿までの第一区(約3里)はお前の爆発的な加速にかかっている。周囲の歓声に惑わされず、自分の呼吸と足裏の感覚に集中しろ!」
「へッ、任せときな宗吉! 俺の足と新型草鞋の噛み合わせを見せてやるぜ!」
熊五郎がニッと不敵に笑う。その姿を見届けた宗吉、千鶴、勝小吉、お初の四人は、第一区の追走のため、街道脇に待機させていた早駕籠へと乗り込んだ。
「宗吉殿、後ろの警戒は私にお任せください。勝様と共に不審な影を払います」
お初が頼もしくそう呟くと、千鶴も隣で「さあ、気をつけて向かいましょう」と強く頷いた。
「ああ。行こう、みんな!」
宗吉は自らの胸に手を当て、深く息を吐き出した。
(……八坂屋の仲間たちと汗を流し、試練を越えていく中で、すっかりこの時代の熱い血が通ってきたな。科学の力と仲間の絆で、この西国路を必ず制してみせる!)
【三】西国街道の号砲
街道沿いには、八坂屋と黒羽屋の天下最速勝負を一目見ようと、早朝から大勢の大坂町人たちが押し寄せていた。
少し離れた出立位置には、黒羽屋の第一区走者が立ち、不気味な笑みを浮かべて熊五郎を睨みつけている。
やがて、街道の楼閣から出立を告げる太鼓の音が轟いた。
ド……ン! ド……ン! ドドン!
「西国街道三十区間勝負……出立ッ!」
淀屋徳兵衛の威厳ある声が響き渡った瞬間、熊五郎の脚が爆発的な力で地を蹴った。
「いっけぇぇぇぇ、熊五郎ッ!!」
宗吉の魂を込めた大歓声に背中を押され、熊五郎は新型厚底草鞋の推進力を極限まで活かし、弾丸のような速度で第一区の尼崎宿へ向けて飛び出していった。
大歓声と土煙の中、天下の命運を賭けた西国街道『大坂〜萩』三十区間の壮大な勝負が、ついに火蓋を切ったのだった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
淀屋徳兵衛の号砲のもと一番走者・熊五郎が出走し、宗吉・勝小吉・千鶴・お初の4名も早駕籠で追走・サポート態勢を整えました!
天下の命運を賭けた『大坂〜萩』三十区間の壮大な街道勝負がいよいよ開幕です。
次回第41話、第一区での激闘と、黒羽屋「黒疾風」の凶悪な妨害工作が襲いかかります!
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