第39話:東海道の襲撃と、黒き刺客の影
【一】東海道の襲撃と、勝小吉の白刃
江戸・日本橋を出発し、徒歩で大坂へと向かう東海道の道中。
箱根の峠を越えたあたりの深い木立で、宗吉たちの前方に暗い殺気が走った。
「待ちやがれ! 八坂屋のガキどもだな!」
木々の陰から躍り出たのは、黒羽屋の手先である刺客集団「黒疾風」の先遣隊——ドスや鉄棒を手にした六人の荒くれ者たちだった。
「くっ、追っ手か……! 邪魔立てする気か——」
宗吉が身構えたその瞬間、前に躍り出たのは豪快な笑みを浮かべた勝小吉だった。
「ハハハ! 宗吉、お前さんは手を出すな! ここは俺の出番だ!」
小吉は腰の刀を抜き放つやいなや、くるりと刀身を返して峰打ちの構えを取った。直心影流の真骨頂である目にも留まらぬ踏み込みで一番手の腕を叩き折り、返す刃で二人の脚を払い倒した。
「ぎゃあああッ!?」
ギラリと閃く白刃の冴えと、一切の無駄がない峰打ちの連続。わずか数瞬のうちに、六人の刺客は悲鳴を上げて転がった。
「ふん、手応えのねえ奴らだ。宗吉、千鶴ちゃん、大坂まで急いで足を進めるぞ!」
「は、はいッ! 助かりました、勝様!」
小吉の圧巻の実戦剣術に支えられ、宗吉と千鶴は無事に大坂・京橋の八坂屋支店へと帰還を果たしたのだった。
【二】大坂合流と、三人だけの極秘事項
「宗吉殿、千鶴殿……! 無事のご帰還、何よりです」
大坂支店で留守を預かっていたお初が、背筋をすっと伸ばして二人を出迎えた。
水野景時より託された長州の佐幕派重臣への密書——その真の存在を知っているのは、江戸で直接命を受けた宗吉と千鶴、そして護衛として同行する勝小吉の三人だけだった。
「勝様、千鶴……この密書の件は、お初さんや八坂屋の飛脚たちにも秘匿のままで行く。余計な情報を与えれば、万一の際に仲間を危険に晒すことになるからな」
「ええ、分かっているわ。表向きはあくまで黒羽屋との街道スピード勝負……。その陰で、私たちが必ず長州まで届けるのね」
千鶴の言葉に、勝小吉もニタリと不敵に微笑み、密書の縫い込まれたタスキに視線を注いだ。
「おうよ。仲間を巻き込まず、秘密を胸に抱いて走るってのも悪くねえ。飛脚の勝負の裏で襲いかかってくる黒羽屋の暴徒どもは、俺とあのお嬢さん(お初)の剣で根こそぎ叩き伏せてやるさ!」
三人で固く頷き合った後、宗吉は店内に集まった三十名の雑草軍団の飛脚たちに向き合った。
「みんな! 来月に迫った西国街道本番は、八坂屋の存亡をかけた最大の勝負だ! 相手がどんな卑劣な手を使ってこようが、俺たちの足でぶっちぎるぞ!」
「おうッ!!」
三十名の男たちの熱気が大坂支店の中に充満した。
【三】完璧なる新装と、黒き暗雲
そこへ、店の奥から汗だくの源造親方とお蘭が、大きな行李を抱えて現れた。
「宗吉、待たせたな! 大坂で留守を守ってる間、お蘭ちゃんと一緒に西国路の悪路に合わせた『新型の厚底草鞋』を三十人分、完成させたぜ!」
源造親方が差し出した草鞋は、従来の厚底構造に加え、底面に麻縄とイグサを特殊な結び目で交差させた「グリップ機能」が施されていた。濡れた石畳や泥道でも一切滑らず、地面の反動をダイレクトに推進力に変える極上の逸品だ。
「すごい……! これで走りの着物、背負い給水筒、そしてこの新型厚底草鞋……。走りのための三種の神器が完全に揃った! 来月の本番まで、この新しい道具で徹底的に走り込みを進めよう!」
宗吉は胸の奥から湧き上がる興奮と確信に拳を握りしめた。
……だが同じ頃。大坂の反対側に位置する黒羽屋の巨大な陣屋では、不気味な沈黙が広がっていた。
「くくく……八坂屋の小僧どもめ。西国街道の勝負を受けて立つ気満々のようだな」
暗がりの中で、黒羽屋の当主・成三が冷酷な笑みを浮かべていた。
その背後には、異様な体躯をした男たちがズラリと佇んでいる。阿片や怪しい薬物で肉体を極限まで痛めつけ、異常な脚力と耐久力を手に入れた黒羽屋の異形飛脚隊——「黒疾風」の本隊だった。
「奴らの新しい道具も、走りの絆とやらも……来月の本番、西国街道の山嶺ですべて打ち砕いてやる。八坂屋のタスキも、宗吉の命もな……」
成三はまだ知る由もない。八坂屋のタスキの裏に、天下の平穏を左右する幕府の密書が隠されていることを。
完璧な装備と練習期間を得た八坂屋の三十名と、異形の刺客を従える黒羽屋。
来月に迫る西国街道の決戦へ向け、双方は静かに爪を研ぎ澄ませるのだった。
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