第38話:豪傑の頼もしい護衛と、波乱の旅立ち
【一】旗本の豪傑
水野景時からの極秘の密書を預かり、楓の奉公によって千鶴の嫉妬が大爆発した翌朝のことだった。
江戸・日本橋の八坂屋本店の土間に、着物の懐を大きく寛げ、刀を腰に差した豪快な男がドカリと座り込んでいた。
豪放磊落な雰囲気を纏うその男は、旗本でありながら町人や極道とも顔が広い無法ものの剣豪・勝小吉だった。
「ハハハ! おう宗吉、相変わらず忙しそうじゃねえか! 水野の旦那から『西国へ向かう八坂屋の若い衆を裏から護ってやってくれ』と頼まれてな!」
小吉は豪快に笑いながら、目の前に置かれた楓の作った握り飯を口へ放り込んだ。
「相変わらず八坂屋の飯はうめえな! 楓ちゃんの握り飯も最高だぜ! おおい宗吉、こんな気立てのいい娘に囲まれて相変わらず果報者だな!」
「勝様……水野様からのご依頼とはいえ、またお世話になります。ですが、本当に西国路までお供していただけるのですか?」
宗吉が苦笑いしながら尋ねると、小吉は膝を叩いた。
「おうよ! 黒羽屋の野郎どもが西国街道の荒くれや山賊を買い叩いてお前さんたちの足を折りにかかってるって話だ。公儀の手の届かねえ裏街道の暴力には、俺みてえな無頼の剣が一番役に立つだろ!」
旧知の勝小吉の頼もしすぎる申し出に、宗吉は「心強いです」と深く感謝した。
【二】油を注ぐ豪傑と、千鶴の冷ややかな眼光
だが、小吉の相変わらずの遠慮のない発言は、八坂屋の店内に流れる危険な空気へと容赦なく油を注ぐこととなった。
「それにしてもだ! 宗吉、お前さんは相変わらず罪な男だなあ! こっちの可愛らしい楓ちゃんにお給仕されながら、あっちのツンとした蘭学医の娘っこからも刺すような視線を向けられてやがる!」
小吉がニタリと笑いながら奥の薬研を挽く千鶴を指さすと、千鶴の手がピッタリと止まった。
「勝様……。余計なお喋りをしてお口を汚すより、そのお口には私の調合した苦い滋養薬でも詰め込んで差し上げましょうか?」
千鶴の目が笑っていない。その全身から放たれる凍てつくような冷気に、宗吉は背筋を寒くさせた。
「ち、千鶴……! 勝様はご親切で警護を引き受けてくださったんだから——」
「ええ、重々存じておりますわ。勝様の存在は大変頼もしく思っております。……ただし、どこかの誰かさんが箱根の看板娘さんに甘やかされて、本来の目的を忘れて鼻の下を伸ばさなければ、の話ですけれど」
「伸ばしてねえよ! 俺は最初から八坂屋の走りのことしか考えてねえ!」
宗吉が必死に弁明する横で、小吉は「ハハハ! 相変わらず怒らせると怖え女だ! だがな宗吉、男ってのはそれくらいでっかい修羅場をくぐってこそ強くなるんだよ!」と大笑いし、かえって千鶴の嫉妬の火を炎上させていた。
【三】西国路への再出陣と、密書の重み
波乱の朝を経て、出陣の刻限が訪れた。
宗吉と千鶴、そして裏の護衛として加わった勝小吉の三人は、八坂屋のタスキと幕府の密書を胸に抱き、大坂で待つお初や仲間たちと合流すべく、再び西国街道を目指して旅立った。
街道の道中、宗吉は胸の密書にそっと手を触れ、鋭い眼光で前方の街道を見つめた。
(表向きは黒羽屋との街道スピード勝負、そして裏では長州佐幕派への密書伝達……。どちらか一つでもしくじれば、大坂で待つお初さんや八坂屋の仲間たちも、この天下の平穏も吹き飛ぶ)
宗吉は自らの脚の感覚に集中した。
(八坂屋のみんなと汗を流し、千鶴や仲間と絆を結ぶ中で、俺もすっかり江戸の飛脚の血が通ってきた。俺たちの科学と技術、そしてこの絆で、どんな試練もぶっちぎってやる!)
「宗吉、大坂への旅路も怪しい気配よ」
千鶴の凛とした声に、宗吉はニッと不敵に笑った。
「おう、わかってるさ! 勝様、千鶴……行くぞ! 大坂の仲間たちが待つ西国路へ、八坂屋の走りの真骨頂を見せてやろうぜ!」
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