第26話:黒き弾性ゴムの衝撃、刀を越える爆速の神
「行くぞ……最後の箱根(京)へッ!!」
大津宿の中継所。宗吉は、陣屋に保管させていた一双の『異様な靴』を取り出すと、その革紐を強く強く引き絞った。
源造親方の匠の技とお蘭の化学知見、そして千鶴が長崎から極秘裏に取り寄せた異国の素材――八坂屋の最高技術を結集した試作品『弾性黒ゴム・からくり厚底靴』。
そのソールの底面に仕込まれているのは、ただの竹皮ではない。
千鶴が手配した南蛮渡りの「生ゴム」に、お蘭が硫黄と高圧焼きの「竹炭粉末」を混ぜ合わせて練り上げ、硬質化させた黒き加硫ゴムだ。さらに内部には、極限までとしならせた『炭化竹板』と『鯨ヒゲの極薄反発板』が、源造親方の手で多層構造で密封されている。
(反発力が強すぎて、着地軸の整っていない並の飛脚が履けば一瞬で膝と足を壊す“暴れ馬”……。だからこそ、まだテスト段階のこの靴は、現代走法を身体に叩き込んだ俺にしか乗りこなせねえ!)
碓氷峠の山登りでは衝撃を和らげる『吸収型』を履いたが、疲労の残る脚で平坦な街道を爆速で駆け抜け、嶋屋を捲るには、この切り札を解禁するしかなかった。
「頼むぞ……俺の軸と、お前たちの技術で、京まで弾け飛ぶッ!」
宗吉が踏み込んだ瞬間――底面の黒ゴムが深く沈み込み、内部の炭化竹板が一気に強靭にしなる!
路面からの衝撃エネルギーが、瞬時に巨大な前方への反発力へと変換された!
ドッ――ッ!!
爆音のような初速で、宗吉の身体が大津宿を跳び出す。
碓氷峠の激坂を走り切り、早馬で大津まで移動してきた筋肉の疲労すら、高反発黒ゴムの反動がすべて前への圧倒的な推進力へと変えていく。
(待ってろ嶋屋……絶対に追いついて、引っくり返してやるッ!)
京へ向かう暗い山道を、宗吉は黒い弾性靴を叩きつけ、爆速の風となって駆け抜ける。
――だが、その行く手を遮るように、街道の暗がりからぬっと一人の男が立ち塞がった。
幕府隠密の頭領・榊だ。月光をギラリと反射させる抜刀の白刃を構え、刺すような殺気を放つ。
「ここから先は一歩も通さん。死ね、八坂屋……!」
百戦錬磨の暗殺者が放つ、居合いの一閃。
最高速で突っ込む宗吉に対し、逃げ場のない水平の斬撃が、首筋を狙って一直線に走り抜ける――!
だが、宗吉の視界には現代スポーツ科学の動体視力と、足元に宿る最高峰の技術があった。
(軸を沈めて――弾け飛ぶッ!!)
宗吉は走る勢いを殺さぬまま、重心を限界まで沈め込んで黒ゴムソールへ全重力を加えた。
横一文字に迫る刃の下を、上体を倒して間一髪で潜り抜けると同時に、沈み切った黒ゴムと炭化竹板の猛烈な反発エネルギーを一気に解放!
ガンッッ――!!
斜め前方へ向けて、弾丸のごとき鋭い跳躍が放たれる。
刃の軌道を紙一重で完全にかいくぐり、着地の黒ゴムが地面を噛んだ瞬間、反発力はそのまま異次元の直線加速へと変わった!
「な……ッ!? 斬撃の下を潜り、加速しただと……!?」
振り抜いた刀の虚しい手応えに、榊は呆然と目を見開いた。
刃が捉えたのは、宗吉の残像すら残っていない冷たい空気だけ。目の前を駆け抜けていく浅葱色の背中は、刀の間合いなど疾くに置き去りにし、遙か前方へと遠ざかっていく。
「バ、バカな……! 剣の速さを超える走者など……人間か、お前は……ッ!?」
圧倒的な速度差と、手も足も出ない走りの領域を見せつけられ、榊の手からカランと乾いた音を立てて刀が崩れ落ちた。暗殺者としての誇りを完全に打ち砕かれ、立ち尽くすことしかできない。
その背に、宗吉の咆哮が遠くこだました。
「刀なんぞで、俺たちの走りの未来は斬れねえッ!!」
一歩踏み込むたびに、黒ゴムと炭素板が弾けて前へ前へと身体を弾き飛ばす。
――そして、京の手前。
先行していた嶋屋の十区走者が、逆転勝利を確信してヘラヘラと笑いながら走っていた。
「ヘッ、八坂屋のバカどもめ! 走者が怪我で潰れて棄権じゃあ話にならん! 京の豪商からたっぷり報奨金をもらって――」
バウッ――ッ!!
背後から、空気を激しく切り裂くド迫力の足音が迫る。
「な、なんだぁッ!?」
嶋屋の走者が振り向いた瞬間、浅葱色のたすきを胸に結んだ宗吉が、黒い弾性靴を閃かせて弾丸の速度で横を吹き抜けていった!
「な……宗吉ぃぃっ!? なんでお前が走って――」
「言ったはずだ……八坂屋は棄権も失格もしねえッ!!」
目を見開く嶋屋の走者を、宗吉は一瞬にして過去のものへと置き去りにする。
黒ゴム靴の圧倒的な反発力と、辰吉から託された熱い意志が、宗吉の走りを神の領域へと押し上げていた。
再逆転――! 八坂屋が土壇場で首位を完全に奪い返した!
やがて、山道を抜けた宗吉の視界に、東の空から差し込む朝日に照らされた「京の都」が、そしてその中央に架かる「三条大橋」の姿が、鮮やかに浮かび上がった!
胸に結んだ浅葱色のたすきには、一区から繋いできた仲間の汗と、大津で倒れた辰吉の血と涙がしっかりと染み込んでいる。
そして橋の袂には、自分たちの到着を信じて待っている千鶴の姿が見えた。
(みんな……繋がったぞ! 俺たちのたすきが……京へ届くッ!)
宗吉の足元で黒ゴムが力強く弾け、栄光のゴールへ向けて最後のスパートがかかる――!
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
宗吉は胸に汗と血のたすきを抱き、千鶴が待つ朝日に輝く京・三条大橋へ――!
次回、いよいよ第27話(第二章『京の陰謀編』完結話)!
「宗吉しか乗りこなせないプロトタイプ履物アツい!」「沈み込みからの爆速回避カッコ良すぎる!」「ついに次話で京にゴール!!」と思ってくださった方は、ぜひ作品ページ下の【ブックマーク登録】や【★★★★★評価】で応援していただくと大変励みになります!
次回、第27話(第二章完結・栄光と影の結末)もどうぞお楽しみに!




