第23話:漆黒の信州路、繋がれる科学の灯火
「はぁ……はぁ……! 風が……冷たい……ッ!」
お初から一番手でたすきを受け取り、中継所の宿を飛び出した連次。
だが、その先に待ち受けていたのは、秋の信州路が突きつける身を刺すような冷えと、月光すら遮る深い漆黒だった。
標高一千メートルを超える諏訪街道の山あいは、夜が深まるにつれ気温が急降下する。
後方からは、遅れて中継所を出た嶋屋の飛脚が、提灯を掲げた伴走者を従えて追いすがってくるが、揺れる光に目が眩み、焦って前半から飛ばしたことで足が引きつり始めていた。
だが、八坂屋の首位を阻む本当の脅威は、街道の暗がりに潜んでいた。
「くくく……かかったな、八坂屋」
闇の中から、幕府隠密・榊の手下たちが冷酷なささやきを漏らす。
刺客たちは道標の灯籠を吹き消しただけでなく、細い山道の足元に低い張り縄を仕掛け、大きな丸太を横たえていた。暗闇の中、最高速で突っ込めば足をすくわれ、崖下へと滑落する死の罠――。
「前が見えねえ……! だが、気配がおかしいッ!」
箱根で夜間走行を経験している連次は、街道の異常な静けさと殺気を敏感に察知した。
弱気になりかけた瞬間、宗吉の教えが脳裏に力強く響く。
『絶対に焦ったらダメだ連次さん! 前半は徹底的に体温と糖分を温存し、後半に最高速へ持ち込む――この後半加速型こそが、寒冷地を制する科学だ!』
(そうだ……! 宗吉の言う通り、俺にはこれがあるッ!)
連次は深く息を吐いて腹式呼吸で全身を締め直すと、疾走の速度を落とすことなく、胸元に固定されたお蘭の『からくり照光具』のダイヤルを指先でカチリと回した。
――瞬間!
内部の凹面鏡とレンズが集光した強烈な一束の光矢が胸元から一直線に放たれ、漆黒の諏訪街道を遥か先まで白日のもとに晒し出した!
「うわッ!? な、なんだこの光はァッ!?」
闇に潜んでいた榊の刺客たちは、突然の強烈な閃光を直視し、目を押さえて悶絶した。
そして一束の光は、足元に仕掛けられた凶悪な張り縄と横たわる丸太を鮮やかに浮かび上がらせる。
「刺客の罠か! だが、見えてしまえば箱根の山を越えた俺の敵じゃねえッ!」
連次は走るリズムを一切乱すことなく、胸元からの光で足元をしっかりと捉えた。
箱根の激坂で培った圧倒的な歩幅調整と踏み込み――連次は地面を力強く蹴り上げると、仕掛けられた張り縄と丸太を流れるような跳躍で軽々と飛び越えてみせた!
「ば、ばかな……!? 罠を飛び越えただと……ッ!?」
目を眩ませ、地面にへたり込む刺客たちを、連次は一瞬にして置き去りにする。
前半で体力を温存していた連次の脚力は、後半の緩やかな下りに入った瞬間、爆発的な推進力へと変わっていた。
追撃してきた嶋屋の飛脚も、闇で蠢く刺客どもも、すべてを過去のものに置き去りにして、連次は浅葱色の風となって信州の闇を独走していく!
「宗吉……! 俺は走れてるぞ! 八坂屋の一番……絶対に守り切ってみせるッ!」
後続との差を絶望的なまでに広げ、連次の覚醒した爆走が夜闇を駆け抜ける、まさにその頃――。
遥か後方、碓氷峠の救護本陣で傷を癒やした宗吉は、千鶴から差し出された紙面を強く握り締めていた。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
暗闇の信州路で仕掛けられた榊の手下の卑劣な罠!
しかし、連次は、胸元のお蘭特製「からくり照光具」で刺客の目を眩ませて罠を暴き、宗吉直伝の「後半加速」で切り抜けました!
そしてラスト――傷の癒えた主人公・宗吉が、千鶴から渡された謎の紙面を手に何やら動き出す気配……!?
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次回、第24話(明かされる宗吉の秘策&大津への決意!)もどうぞお楽しみに!




