第21話:脚は刃を超えて、夜闇を駆ける
振り下ろされる冷酷な刃。武器を失い、地に膝をついたお初に、もはや逃げ場はなかった。
(終わりだ……!)
刺客の男が歪んだ勝利を確信し、殺意の白刃を肉薄させたその瞬間――お初の瞳の中で、絶望の色が瞬時に消失した。
(――違う! 武器を失ったから何だっていうの!?)
胸元に結ばれた浅葱色のたすき。そこに宿る、血を流しながらも背中を押してくれた宗吉の熱い温度が、お初の全身の血を沸騰させる。
(私には……この脚があるッ!)
小刀など要らない。自分はただの忍びではなく、宗吉から走りの真髄を託された『八坂屋の走者』なのだ!
脳裏を、宗吉の言葉が落雷のごとく駆け巡る。
『お初、走るってのは足を前に出すことじゃねえ。体幹の真下に重心を落とし、地面からの反発力を骨盤で前への推進力に変えるんだ! 傷の痛みに囚われるな、軸さえぶれなきゃ人間はどこまでも速くなれる!』
「――はぁぁッ!!」
お初は膝をついた体勢のまま、軸足を地中に引きずり込むほどの勢いで深々と踏み込んだ!
振り下ろされた刃の軌道に対し、上体を横へかわすのではない。前傾姿勢を極限まで深め、重心を前方へ一気に崩す。倒れ込む力を利用した『爆発的な重心移動』――!
キーーンッ!
冷たい小刀の刃が、お初の頭上の空間を虚しく切り裂いた。
「なっ……何ィ!?」
刺客が瞠目した時には、すでに遅かった。
お初はかわした体勢のまま、沈み込ませた骨盤をバネのように弾けさせ、前足部での足裏着地――衝撃吸収から即座に強烈な反発力を生み出した。
回避動作そのものが、すでに最高速への『疾走開始』へと変換されていたのだ!
トッ、ドオオンッ!
「なっ……バカな!? 刀を落として膝をついていた小娘が……一瞬で立ち加速しただと!?」
刺客の残党が叫ぶ間もなく、お初は風を置き去りにして夜闇の街道へと躍り出た。
二の腕の傷からは激痛が走る。だが、宗吉に教わった呼吸法――二回吸って一回吐くリズムで深く酸素を取り込み、心拍数の乱れを論理的に制御していく。
(腕の力で走るんじゃない。肩の力を抜き、骨盤の回転で足を前へ送る……! 痛みは意識の外に置く!)
脚を前に投げ出さず、回転数を極限まで高める足さばき。急勾配の下り坂で重力を味方につけたお初の走りは、もはや忍びの隠密行動ではなく、街道を支配する圧倒的な走者の領域に達していた。
山道を抜け、前方に軽井沢宿の灯火が視界一面に広がる。
そして――街道の真ん中を、必死の形相で疾走する嶋屋の飛脚の背中が、はっきりと捉えられた!
「な……なんだあいつは!? 後ろから……疾風が追いかけてくる!?」
背後からの異常な気配に、嶋屋の飛脚が恐怖に引きつった顔で振り返る。
そこには、二の腕に薬を貼り、胸に浅葱色のたすきを力強く結び直したお初が、刃を凌駕する爆速の姿で肉薄していた。
「嶋屋ァッ! 宗吉さんが繋いでくれた八坂屋のたすき……ここで抜き去るわッ!!」
お初は骨盤の引き上げとともにさらなるスパートを掛け、圧倒的な速度差で嶋屋の飛脚の横を突き抜けた!
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
丸腰の絶体絶命から「私にはこの脚がある!」と覚醒したお初!
宗吉直伝の現代走法ロジック(爆発的重心移動・反発力・呼吸法)で刃を爆速回避し、そのまま圧倒的なスピードで逃げる嶋屋の飛脚を抜き去りました!
「お初覚醒カッコよすぎる!」「これぞ現代走法チートの真骨頂!」「スカッとしたー!」と思ってくださった方は、ぜひ作品ページ下の【ブックマーク登録】や【★★★★★評価】で応援していただけると大変励みになります!
次回、第22話もどうぞお楽しみに!




