隠しごとと隠れびと-5-
朝風呂と言うものは、存外、開放的な気持ちになるものだなぁと、男湯にて、ぼやいたのは、橘 ほだかだ。
鍛えられた躰に、長く伸びた手足。そこそこ良い顔立ちをした、ほだかは、妙な頼もしさがある。
言葉遣いに、隙が無いと言うか、いつでも、ぴりついた空気があるのだ。
多分それは、普段から、何かと注目される、主の灯理野 ほのかを、守る為だろう。
腕や脚に傷があるのは、身を挺して、主を庇った証でもある。
何となく、流れでここまで来たが、今更ながら、渡柳 華は、非常に気まずかった。
華的には、身の置き場が無いのだ。
細っこい自身の体に、華は、一種のコンプレックスを抱いている。
おまけに、よく女性に間違われる、顔立ちも、居たたまれなさを、増長させた。
大浴場の湯船。
端っこで固まっている華に、遠慮も無く、ほだかが、詰め寄った。
「はは。懐かしいな。オレもお前グライの時は、弱っちい体付きだったよ。なかなか背も伸びなくてな。そりゃあ、ほのかを守るのは、相当、骨を折ったよ。あの方を狙う、不埒な輩が多くてな。ま、今もだけど、さ」
タオルを腰に巻き付けて、思い出語りを始めた、ほだか。
随分としんみりしている。
「ここだけの話、オレとほのかは、二十歳を過ぎている。まぁ、前半とだけ、伝えておこう。幼馴染みでな。あっちは、王家、『王華』の姫。オレは大貴族の一つ、金木犀の分家である、銀木犀の当主の次男坊なんだ」
たまたま大浴場に二人きりなのが、良かったのか、ほだかは、ゆるやかに、内情を吐露した。
ここだけの話。
確かに。
賢い華は、口を噤んでいる。
「実践で鍛えるのが一番だが、ほのかは、自由人でね。思う我慢に生きているのさ。決して己を曲げない。一見すると、とんだワガママだが、そこがいい。弱い者いじめをヨシとしないから、な。イヤ、痺れたよ。格好良いなぁって。心奪われて、さ」
関係性は変えられない。
心に確り鍵を掛けて、ほだかは、主への『恋情』を殺した。
「側にあり続ける為に、己を磨くしか無いんだよね。必要とされている間は、ほのかの一番近くに立ち続けたい。一生は無理でもな。なーんて、たまに、吐き出さないと、こぼれちゃいそうで、堪らないんだよ。ご静聴ありがとう。華」
熱いお湯のせいなのか、単にのぼせたのか、ほだかの瞳は潤んでいる。
子供相手に、ぴりついても仕方ないと、判断したのか、無防備だ。
二階の男湯、大浴場。窓際に寄った華が、少しだけ、遣り切れないほだかの心が、分かった気がした。
「ほだかさん。オレが、あの孤児院に連れて行かれたのは、3~4歳の時です。その当時の事を、よく、覚えていなくて。正直、両親が誰かさえ、搔き消えて、分からない。ですが、最近、思い出したんです。オレ、宮須 アンナの事が好きでした」
ままならない。行き場の無い。持て合わした気持ちを、未だに、華は、消化しきれず、表情が、曇りがちだった。
奇っ怪な『術』とやらが解けて、アンナを思い返しても、全ては、遅くて、絶望しか無かった。
孤児院 春馬を脱走して、自暴自棄な華を、助けたのが、春日 蓮だった。
成り行きで、彼女と一緒に居るが、気が紛れているのは、確かだった。
「子供でも大人でも、生きる事が、たまに疲れますが、それでも、生きて見るかって思いますね。守りたい人が一人でも居たら。そう言う『存在』が、男に、『らしさ』を産むのかも知れませんね。オレもまだまだ、成長しますよ。恩人を守り切りたいので」
「ふっ。だな。直ぐにくよくよしがちだが、強さを求めるのは、相手が居てこそ、だ。華も未来は明るいな」
ばしっと背中を叩かれて、華が、咳き込むと、ほだかが快活に笑った。
最初はあんなに、互いに警戒していたのに、裸の付き合いは、やはり、友情を少しだけ、育んでくれるらしい。
スッキリした顔で、華とほだかが、お風呂を後にした。
近くの食堂では、蓮とほのかが、朝食を取っていたので、二人も合流した。
取り敢えず、今日一日は、宿屋に泊まる事に、改めて決めた、蓮と華であった。




