真夜中の訪問者-1ー
風の無い夜だった。
妙に物静かなのが気にはなったが、真夜中に眼を覚ました、蓮が、宿屋の泊まっている部屋から、廊下に出た。
一階に泊まる部屋が点々とあり、蓮が、ほのかと女子チームで103号室に泊まっていた。
ちなみに華は、お隣の102号室だ。男子チームなので、ほだかと、同室だ。
すっかり仲良しになったのだが、蓮は、ふと、外に出てしまった。
大人のほのかは、寝てる時も、色香が溢れてて、耐性の無い、蓮には、目の毒だった。変に緊張してしまうのだ。
そもそも、気を許しすぎなのも、如何なものか。
しかし、物音一つしない。
廊下の空気は冷えてて、薄明かりはあるけれど、不気味なくらいに、静かだ。
他の宿泊客も居るのだから、トイレに起きる音とか、少しの話し声がしても、変では無いのに。
それとも、駅近くのこの宿は、夜はこんなものなのだろうか?
疑問がる蓮が、真ん前の丸い窓ガラスを見て、ぞっとした。
前触れも無く、それは、窓をすり抜けて、蓮の前に、降り立った。
「やぁ。こんばんは、と、言うべきかな?」
長いサラサラの黒髪に、青が少し入っている。翡翠色の眼をした、青年は、灰色のロングコートを、羽織っている。
どす黒い空気。
この感じは、あの列車で漂っていた、魔族、そのものだ。
「残念ながら、助けは来ないよ。俺の『睡魔』は、この宿屋の人達全てに、及んでいるから。俺はいけ好かない大貴族らしか、狩らないから、あの二人には手を出さないよ」
まるで蛇に睨まれた蛙。
安着だが、そんな言葉が、蓮の全身を、凍り付かせた。
「だーかーらー、そんなに、怖がらないでよ。俺は、話し合いに来ただけ、なんだから。君と華に、会いたいって人が居るんだよ。ま、強制だけどね」
扉の前に追い詰められた、蓮が、歯をカタカタ鳴らしながら、手にした、白い梟のおまもりを、撫で回した。
ふわりと薫る、百合の花。
違う。
長い白髪の青年が、不機嫌そうに『転位』してきた。
「輝良、さん?」
孤児院 春馬の院長が、怖がる蓮を背中に隠すと、槍を片手に、魔族の青年と、対峙した。
「よくも『影』の分際で、蓮を、怖がらせたな!」
わりとガチメに切れた、輝良が、光の閃光を放った。
「なるほど、ね。道理で、その子から、やーな匂いがすると思った。やぁ、初めまして、百合家の松村 輝良さん。お会い出来て、光栄だよ」
指先一つで、聖なる光をいなすと、青年が、薄く笑った。
「君が出てくるとは、予想外だな。俺はただ、蓮と華を、ここから連れ出したい、だけなのに」
「うるさいですね。貴方はまだ、本体では無いのでしょう? 見た感じ、喚び出した術者の力が、まだ、未熟な様だ」
「あらま、当てられちゃった。そうだよ。俺の主は、確かに、今は未完成でね。本領発揮するまで、もうちょい、時間が掛かるんだよね」
猛烈な勢いで、輝良が、槍を突き出すと、青年の姿が、大きく揺らいだ。
「あーあ、残念だな。時間切れっぽい。けど、それは、君も同じだね」
クスリと青年が笑うと、輝良の姿が、梟のおまもりに、戻り掛けている。
「また、会いに来るよ、蓮。俺は、鯨井 きんかん。君の『味方』さ」
先に、消失したのは、魔族、きんかんと名乗る者、だった。
「院長、私は」
「ふぅ。何とかなって良かったよ。貴方が無事なら、それで良い。大丈夫。連れ戻しはしないから。私は、蓮と華の『絶対的な味方』だよ」
一際明るく笑うと、輝良が、蓮の頬を撫でて、ふっと、搔き消えた。
蓮の牛乳色の手に残ったのは、白い梟のおまもりだけ。
パキンと音を立てて、宿屋を覆った術が解けると、騒ぎを聞きつけた、ほのかや華達が、走ってきた。
極度の緊張から、解き放たれた、蓮は、一気に、気失ってしまった。
宿屋の外で、一部始終を見守っていた少女が、歯痒そうな顔をすると、背後の影と、会話している。
「やっぱり、このまま引き下がるのは、惜しいんじゃ無いのかな? 真七」
鼠色の着物姿の真七が、嘆息した。
「そもそも、アナタが、勇み足過ぎるのよ、きんかん。あれでは、警戒されて当然よ」
とんとんと路地に紛れ込むと、電柱を見上げる、真七。
周辺には、田園風景が、広がっている。
「まだ、いくらでもチャンスはあるわ。奴隷制度を無くす為に、今の王やその子達を殺す為に、二人は必要だもの」
深い暗闇に紛れる様に、小さな古びたアパートに、真七が、帰って行った。
吐いた言葉は重く、何処までも、血生臭かった。
とても刺刺しい真七を、背後に付き添う、魔族のきんかんは、気に入っていた。




