真夜中の訪問者-2ー
宿屋の一室。
住み込みで働いている少女が、客室の扉を、数回、ノックした。
間を置いて、顔を見せたのは、蓮だった。
えらく顔色が悪い。
黄緑の宿屋の制服姿の少女が、しばらく、思案した。
昨晩から妙な事が続いている。
甘ったるい香りが漂い、嫌な気配を感じてはいたが、少女は、スルーしていた。
ただ一つ言える事は、宿屋の宿泊客が、昏睡状態にある。
つまり、未だ目覚めないのだ。
外部の介入があったのか。
どの道、少女には、何も効いていないし、それは、蓮も一緒の様だ。
「普通はこの宿も、魔族達への耐性があるのですが、昨夜は、何らかの誤作動が、生じたみたいですね」
宿屋の主も、これ見よがしに休んでいるし、しらを切るつもりらしい。
だったら少女も、のらりくらりとかわすつもりだ。
「案じなくても、これぐらいの眠り薬、もしくは、術式でしたら、朝には、目を覚ますでしょう。遅くとも昼前には」
そう言えば、現在の宿の時間は、いつだろう。少女が、廊下の柱時計を見た。
朝方の4時過ぎ。
しまった。
思いのほか、早く、起こしにきてしまった。
違う。
時間が数時間、遡っているのだ。
「どうやら、真夜中の訪問者は、他の嫌がらせも、している様ですね。ご用心下さい。お客様。不用意に出歩いてはいけません」
短い雀色の髪。大きな黒目の少女が、廊下の周辺に、気を配った。
とても小さな生き物の気配だ。
それがこの宿に、時の術式を、放っている。
「あ、の、貴方は一体?」
「申し遅れました。あたしは、有坂 おろしです。宿屋にて、住み込みで働いております。ちなみに魔族、魔物に、耐性があるので、何も影響はありません。それはお客様も、同じですかね」
奇妙な事件に、巻き込まれてばかりの、蓮が、どう答えるべきか、迷っている。
「ここ最近、列車や電車でもそうですが、貴族を狙ったケースが、増えております。この宿屋にお忍びで来る、貴族を狙ったのか、それにしては、お粗末ですかね」
広い廊下の隅々に注意を走らせると、おろしが、小蜘蛛を一匹、蹴散らした。
しゅうと、灰色の文字が浮かび上がると、空間に、歪みが生まれて消えた。
「術者が未熟なのは、見て取れますが、厄介なのは、どれだけ、蜘蛛さんがいるか。気長に倒すしか無さそうですね」
黄緑のロングスカート。白い指をひらひら動かすと、おろしが、面倒くさそうな顔をした。
「私にも、出来る事はありますか?」
「その言葉だけでも、充分です。ありがとうございます。心配しなくても、他の従業員も、動いているでしょうから、大丈夫ですよ。取り敢えずは、あたしと一緒に、行動して下さい」
蓮がひとまず、部屋を出ると、おろしの後ろに続いた。
宿屋の廊下は細長く、窓から覗く月には、薄雲がかかっている。
柱時計の秒針の音が、やけに、響いている。
「そう言えば、お客様は、綺麗な瞳の色を、お持ちですね。この下流区域、茶田では、めったにお目にかかりません」
利発な、おろしだ。
年齢的に、十代。蓮とあまり、変わらない感じがする。
のわりに、達観した口振りは、既に、働いているから、か。
「私は、込み入った事情があって、ここまで来ました。眠っているみんなには、色々と助けられて。だから早く、今の状況を、何とかしたいです」
「あたしの従業員仲間が、他の小蜘蛛も、退治しているから、もう少ししたら、朝がきますよ」
ちょっとずつ、時を歪ませた術が、消えて、正常に、戻りつつあった。
不思議な少女、おろし。
蓮がすっかり感心して、立ち止まったおろしに、話し掛けた。
「すみません。こんな状況で言うのも、変なんですけど、ごめんなさい。私、貴方と友達になりたいです!」
頭を下げながら、深く請われると、おろしが、ふふっと、笑った。
「今は、お客様の立場ですからね。今、言われても困りますが、考えておきましょう。貴方も何れ、明日葉高校に来れば、その時は、改めて、宜しくお願い致します」
対峙したおろしに、前もって、握手を求められ、蓮が思わず、反応した。
かたい握手を交わした二人。
蓮は長く付き合う事になる、おろしと、運命的な出逢いを果たした。




