隠しごとと隠れびと-4-
朝の7時過ぎ。
夜行列車 誉は、下流区域、茶田駅に到着した。
まだ寝惚けている蓮が、改札口に来たほのかに、挨拶した。
「昨夜は助けていただきまして、ありがとうございます」
ぺこりと蓮が一礼すると、華も後に続いた。
「わざわいが去ったとは、言い難いと思うわよ。今も嫌な気配を感じるしね」
果たしてこのまま、二人を行かせて良いものか、一抹の不安が過る。
「そうね。茶田駅近くに、宿があるから、そこに一晩、泊まったらどうかしら。あ、私も同行するわよ? 数日、仕事が休みだもの」
有無を言わさず、勢いに飲まれた蓮が、頷きそうになっている。
「こら、ほのかさん! 子供を脅かしてどうするんです。みっともない!!」
ピタリと背中に貼り付いた、黒い制服、駅員姿のほだかが、ほのかを嗜めた。
「いやね、ほだかったら。私はほら、二人と親睦を深めたいのよ。まだ放置するには、心許ないもの」
がっしりと蓮と華の腕に両手を巻き付けると、ほのかは、何が何でも、わがままを通すつもりだ。
始発の普通電車が、既に、発車している。
改札口から離れた、蓮達は、すぐ近くの、宿屋 かまどの前で、しばし、立ち止まった。
夜勤明けでほのかもほだかも、どこか、眠そうだ。交互に欠伸をしている。
「あの、せっかくですから、宿屋に泊まるので、朝風呂に入りませんか?」
蓮の申し出に、ほのかが、眼を輝かせた。
「良いわね、それ。じゃあ、女子と男子で、分かれて入りましょう。心配しないで。二人の宿代は、お優しい、ほだかが払うから」
眩しい朝日を浴びながら、勝手気ままなほのかに、従者であるほだかは、逆らえず、同意するしか無かった。
がっくり肩を落とす、ほだかを、隣りの華が、精一杯に励ましている。
「お前は良い奴だな、確か、華だったか?
昨夜はお前達に、変な真似をして、すまない」
罰が悪そうな、ほだかだが、睡眠薬の件をさっぱり知らない華は、心底、不思議顔だ。
「まぁ、アレだ。お前も我の強い女性には、くれぐれも、注意しろよ? 将来、オレみたいに苦労するからな」
何度目かの力無い吐息に、ほだかの哀愁感が、漂っている。
華は同じ男として、大人になるのも大変だな、更に、大人の女性に振りまわされるのも、悲惨だと、結論付けた。
宿屋 かまどは、木造建築の二階建てだ。老舗の宿で、お忍びで、上流貴族も来るらしい。
ここのお湯は、美肌効果が抜群で、別名『佳人の湯』と名高い。
実際、どんな色黒でも、数日間、湯船に浸かると、肌が美白になる。もちろん、色の黒さによる。個人差が出るのだ。
他の効能としては、疲労回復、開運効果なども高く、出世した者も多い。事業の成功、中には、宝くじが当たった者もいる。
なので、宿屋 かまどは、客足が途絶えず、人気の宿となっている。
「はー、生き返るわ~。最高ね!」
二階の大浴場、女湯、露天風呂にて、鳥の子色の、長くキレイな両足をさらしたほのかが、のんきに、鼻歌をうたった。
「ほのかさんは、二十代ですよね。どうやったら、素敵な体になれますか?」
発展途上の蓮の胸元は、さみしげだ。
短い墨色の髪を、しゅんと垂らすと、蓮が、落ち込んでいる。
「素敵な体て。あははっ。面白い事を言うわね! 大丈夫よ。あと数年もすれば、蓮も、誰もが振り向く、美女になれるわ。見た目はね、化粧でどうとでもなるから、やっぱり、内面を磨くのは大事よね」
「正論だけど、私はよく、男の人に間違えられるから、何気にコンプレックスなんですよ。中性的なのは構わないけど、少しは、女らしくなりたいです」
「ふぅん。思春期特有のものね。可愛いなぁ。格好いいのも、良いと思うけどね。あんまり、女性的なのも、このご時世、良いとは言えないわ。誘拐事件も多いのよ」
ほのか自身の腕っぷしがまさっているのは、自己防衛の意味もあった。
「それは、いわんとする事は、分かります。私が髪を伸ばさないのは、人の眼を、欺く為でも、ありますから。院長達からも、振る舞いには気を付けろと、何度も、言われてきました」
「よーく見ると、整ってるものね。血色も良いし、均整の取れた肉体。安全対策を取るのは、間違ってはいないわ。真実って、なるべく、大事に隠した方が、無難なのよ?」
しーっと、ほのかが、色っぽく、唇に人差し指を当てた。
「分かってますが、やっぱり、ほのかさんは狡いと思います」
「まぁまぁ。むくれないの。慌てずに、ゆっくり、年を重ねていけば良いのよ。だけど、鍛錬は怠らない事。自分を守るだけの、強さは必要よ」
ちゃぷんと湯船を揺らすと、ほのかが、蓮に、釘を刺した。
「う、分かりました! きちんと武術を学びます」
か弱い右手を突き出した、蓮を見ていると、ほのかが、子供の頃を思い出して、小さく、笑みを零した。
「それこそ、心配無用よ。貴方達の『講師』になる人は、達人の達人『達』だから」
ほのかの言っている事が、誰を指しているのか、この時の蓮には、なんにも分からなかった。
ただ蓮とほのかは、一緒にお風呂に入った事で、少しは、仲良くなれたのだった。
ついでに、男風呂の、ほだかと華も。




