隠しごとと隠れびと-3-
寝静まった早朝5時。
走り続ける夜行列車 誉。
一両車の座席で考え続けているのは、灯理野 ほのかだ。
夜行列車は、終着駅の下流区域 通称 茶田を目指している。
嫌な空気が車内に充満し、やはり、他の乗客を乗せなくて正解だったと、ほのかが、ほくそ笑んだ。
「今夜はやけに、ぴりついているかと思えば、魔族の気配を感じたからですか」
黒い制服姿の青年が、呆れた様に、ため息を零した。
「橘ほだか、と、来たら、興醒めな発言は、止してよ。このところ、活発化してるのは、承知でしょ?」
悪ふざけを考えついた、ほのかは、ますます、目元を緩めている。
極めて緊迫した状況なのに、ほのかは、あくまで、楽しんでいた。
鶯色の瞳に、キャラメル色の短い髪をしたほだかが、『何時もの様に』諦めている。
二両目の寝台車の二段ベッドで、すやすや眠る蓮と、華に、深めの睡眠薬を盛ったのは、ほだかだ。
数時間前。ドリンクサービスのときに。
そして、命じたのは、主のほのかだ。
「自動運転にして良かったわね。遠慮無く、やれるもの」
ガタンと大きく激しく、車体が揺れ動き、緊急ブレーキが掛かった。
キキキっと、レールの擦り切れそうな音。
交互座席に挟まれて、真ん中の狭い通路で、
妖しく微笑む、ほのかが、水柿色の長髪を優雅に動かした。
足元に灰色の文字が、蛇の様にうねり、大きな円を描くと、ヒグマの魔物が、数体、出現した。
1メートルを軽く超えた、ヒグマ。
鋭い咆哮。
至近距離に迫る、それに、ほのかが、抜刀した。
「はぁ。意気揚々と、ほのか様は、言う事を聞かない、か」
心底、面倒くさそうに、ほだかも、腰に帯びた剣を、鞘から引き抜いた。
背中合わせに、それぞれ、魔物と向き合う、ほのかとほだか。
だっと踵を上げると、ほのかが、魔物化した、黒いヒグマの首を、横一文字に斬った。
感覚は無い。
霧を払う様な。
素早く後ろに回った、ヒグマの頭部に、ほのかが、素手を押し付けた。
グルリと弧を描いた、赤い火が、『影』を燃やした。
ジリジリジリと、灰色の文字が、焼き切れて行く。
一方のほだかは、用意した、ライターで、四つに切り裂いた、ヒグマを、小さく燃やした。灯油の匂いがする。火の勢いは増した。
消化器で始末すると、灰色の文字が、消失した。
「ふぅん。傍観を決め込むって事か。本当、これを召喚した魔族は、性悪の性悪ね」
またゆるやかに、夜行列車が走行を始めると、ほのかが、少し、苛ついている。
「敵もバカでは無いだろう。お前、否、主が居るのに、無茶はしませんよ」
まるで力量を測るかの様な。
どの道、ほのかもほだかも、かなりの強者だから、遊びは通用しない。
「ま、良いわ。二人が守れたなら、満足よ。下流区域には、金木犀から隠居した、凄い方々も居るしね。きっと、二人を気に入ると思うわ。引き寄せられる『何か』があるもの」
刀を鞘におさめると、寝台で休む、蓮と華に、ほのかが視線をやった。
「あの孤児院から出て来たのなら、道中、危険では無いでしょうか?」
「ほだかったら。本気で言ってる?
あの、白百合の院長様に、抜かりは無いわよ。人知れず護衛は付けている筈よ。眼には見えないだけでね」
「彼女達の所持している、アレですね。確かに、呪いは感じますね」
「詮索するのは、止しましょう。それよりも、魔族の痕跡を辿るのが、重要よ」
全てが終わると、二人が、休憩室に入って行った。
全部を見ていた、蓮と華が、二両車の方で、ずっとずっと、声を、押し殺していた。
実は、二人共、睡眠薬を飲んだ後、酷い乗り物酔いで、トイレで吐いた。
薬も吐き切ったので、今の今まで、ほのか達の戦い振りを見ていたのだ。
灰色の文字。魔物。ヒグマ。
どこかで見た様な、見てない様な。
だが、魔族の気配には、蓮も華も、敏感だ。
「手出ししたくても、今は、出来ないって感じかな。華」
二段ベッドの上に入った、蓮が、軽く、結論付けた。
「火を出せる時点で、真っ正面からは、勝負に出ないと思うよ、蓮。それに、王家を敵にまわす、大馬鹿は居ないさ」
何処までも冷静な華。
華は先程の、信じられない光景を目の当たりにして、未だ、興奮した動悸が、おさまらなかった。
「私達のところの院長も、半端無く、強者だけど、ほのかさん達も、強いね」
未熟者な自分を、改めて振り返り、蓮が、途方に暮れている。
「蓮。そう簡単に、院長達に、追いつける筈、無いさ。オレもお前も、庇護下にあるんだから」
二段ベッドの下の段。かたいベッドに転がった、華が、尚も続けた。
「これから、ちょっとずつ、戦う力も、手に入れれば良いんだよ、蓮」
声も明るく、とことん、前向きな華。
上に向かって、拳骨を振り上げた。
「そうだね。激しく同意するよ。へへ。ありがとう、華。気が楽になったよ。だね。そろそろ、ちょこっとでも寝ろうか?」
「だな。おやすみ、蓮。また明日」
漸く、睡魔に襲われた二人が、時間差で、寝息を立てた。
二両車に入ってきた、ほのかが、明かりをパチリと消して、
「おやすみ、蓮、華。安心して良い夢を」
クスリ笑ってから、自動ドアから出て行った。




