隠しごとと隠れびと-2-
春日 蓮と渡柳 華は、孤児院 春馬を出て直ぐに、最寄りの駅へと向かった。
二人は当然ながら、この後、孤児院 春馬の中で、院長達が然り気無く、手を貸してくれた事を、一切、知らないし、知りようが無かった。
蓮達が住んでいる区域は、『第三区』『柊』と呼ばれ、上流、中流、下流域と、三つに分けられている。孤児院があるのが、上流区域だ。名前の通り、ここは、金持ちクラスが多い。中流は一般、下流は貧乏な人達が暮らしている。もっとも、簡単に、一区切りは出来ない。
下流区域には、海軍の基地があるからだ。
駅の構内の人はまばらで、公共のトイレで、地味な茶色い洋服に着替えた、二人が、改札口を潜ると、豪華な夜行列車に、後ずさりした。
二両編成の列車は、黒光りし、オレンジのラインが下側に引かれて、薔薇の模様が、控えめに散っている。
王室や上流貴族の管轄の駅なので、薔薇付きなのも、頷けるが、乗るには勇気が要る。
「もしかして、夜行列車に乗るのは、初めてなのかな? 恐れなくても、この駅は、一般人も普通に利用するのだから、大丈夫よ。気がひけるのは、分かるけれどね」
停車している、夜行列車の前で、立ち止まる二人、蓮達に、駅員が近付いてくる。
「んー。貴方達、あまり見ない顔だね。育ちは良さそうだけど、家出でもしてたりして」
漆黒の制服に身を包み、水柿色の長い髪を一つに結んだ、若い女性が、からかって見せた。
「なーんてね。貴族の子供達が、こんな時間に出歩く訳無いし、なら、訳ありでしょ。内緒でここまで来たって、ところかな。どう、当たってる?」
敵か味方か、判断に困る。
蓮が呼吸を整えると、女性と向かい合った。
「知り合いが下流の方に住んでいて、今から、会いに行くんです。深い事情があって、家を追い出されたので。だから」
これ以上は、聞かないで欲しい。
蓮の目は強い気持ちを、押し出していた。
「黄金色の眼差しか。貴方の容貌、どこか、目を惹くわね。そう言えば、あの孤児院の『噂』は、聞いた事があるけれど。貴方の事ね!」
ブツブツ言いつつ、答えを導き出すと、女性が、蓮達を、夜行列車の扉の中に入れた。
「心配ご無用よ。私は、お客様には、手は出さない主義だから。むしろ、守ってあげるわ」
いちいち、リアクションが大きい女性だ。
けれど、自信満々な言いっぷりに、嘘は、感じられ無かった。
二両目の一番奥の右側の席に座った、華が、真ん中通路を挟んで、左側の寝台側に立った女性を、チロリと見た。
「オレは渡柳 華、隣りのは、春日 蓮。お前、じゃなくて、貴方の名前は?」
漆黒の上着の中も、黒いブラウス。密着したズボンを軽く撫でると、女性が、静かに応じた。
「名乗る義務は無いけれど、熱い要望だからね。仕方無いか。私は、灯理飲 ほのかと申します。夜行列車の駅員も兼任してます」
まずは、華から切符を受け取り、次は、窓際の蓮からも貰うと、ほのかが、納得した。
「貴方達、捜索願いが出てるわよ」
「「えっ」」
然り気無く言った、ほのかに、二人が、同時に、吃驚している。
「言った通り、貴方達は、大切な乗客様だもの。警備員に突き出したりはしないわよ。それに、あんな物騒な場所に、長居するのは、オススメ出来ないわ。出て正解よ」
オレンジの薔薇のバッジを、胸元に付けた、ほのかは、二人の敵では、無いらしい。
ほのかから、溢れ出る包容力は、無条件に、警戒心を二人から解くには、充分だった。
「今の院長は、奴隷制度に、反対姿勢を持っているわ。私も階級社会には、疑問視を抱いているのよ。人は人でしか無いのに、血がどうとか、バカらしいわよね」
随分サバサバした性格のほのかだ。
「灯理飲さんは、院長、松村 輝良さんと、知り合いなんですか?」
「いいえ。間接的に知ってるだけよ。ただ、孤児院 春馬だけで無く、他の場所も、それなりに、悲惨って事よ」
揺れ動く、夜行列車。
蛍光灯の下で、ほのかの声音は、冷えている。
終始、ほのかのペースに飲まれた気がして、窓際の席に居た、蓮が、勢い良く立った。
「灯理飲さん、は、宮須 アンナの事も、ご存じだったり、します、か?」
ガタンガタン。
鈍い音が響き、結構な速さで進む、夜行列車。
周辺に、乗客は居らず、たまたまなのか、この場に居るのは、三人だけ。
「期待には沿えないわ。その子に関しては、箝口令が、敷かれているの。ごめんなさいね」
私も王室の子供だから、沈黙を貫くしか無いのよ。
蓮達の耳に届かない、ボリュームで、ほのかが、唇を動かした。
「今晩は、最終便の乗客様も、他に居ないし、二人は、ゆっくり眠ると良いわ。おやすみなさい」
通路を歩き出すと、一両車に行く前に、ほのかが、背中越しに手を振って見せた。
確実に『何か』を知っている。
最重要、機密事項だから、話せない。
ほのかは、暗に、ヒントを与えている。
つまり、宮須 アンナの死には、少なくとも、王家も、絡んでいるのだ。
激しく動揺する蓮に、華は、掛ける言葉が浮かばず黙っている。
ほのかとの邂逅は、二人にとって、良いのか悪いのか、現時点では、判断の付け様が無かった。
長い長い夜は、更けていった。




