隠しごとと隠れびと-1-
孤児院 春馬から、春日 蓮と渡柳 華が、居なくなって、数日が過ぎた。
当初こそ、騒いだものだが、今は、あっさりと、沈静化されている。
王室の人間や職員等を、なんやかんやと、言いくるめたのは、院長の松村 輝良だ。
結局のところ、二人が自ら出た事は誤魔化して、外部の手引きで、誘拐されたか、事件に巻き込まれたか、そんな感じで、真実をかなり、歪曲している。
結果的に、二人の捜索願いが出されたり、犯人、捜しも、始まっている。
この孤児院 春馬の内部にも、捜査の手が伸びたなら、宮須 アンナの不可解な『死』の真相にも、近付けるだろうか。
王室管轄の警備隊なら、かなりの切れ者も多いから、新たな発見は、ありそうだ。
おそらく、院長の狙いは、過去の清算をしたいのだろう。宮須 アンナの事は、院長の中で、印象が深く、身内同然に考えていた。
ただでさえ、院長、輝良と言う人は、情に厚く、孤児院 春馬の子供達を、大切にしている。過保護なぐらいだった。
もっとも、仕置きをするのは、愛情がある故だ。院長の親心である。
冬の早朝。
院長と挨拶を交わした職員が、何時もの様に、池の鯉に、餌を数回、バラ巻いた。
ひんやりとした空気。
吐いた息は、白く、職員が、冷たくなった手を摺り合わせた。
白いワンピース、白い厚手のコートを羽織った、職員、少女は、無表情だ。
「おはよう。松村 なずなさん。質問があるんだけど、女湯に細工したのは、君ですか?」
ススキ色の短い髪に、白い制服姿のアリスが、ミルク色のロングコートを、きっちり、着込んでいる。細い首には、ふわふわのロングマフラー。
寒がりなアリスを見て、なずなが、軽く、虚空を見詰めた。
ここに住む人達は、白を基調とした、装いをするのが、暗黙のルールだ。
それは、院長が、白百合に関係しているから、で、ある。
「寒がりさんなのに、わざわざ文句を言いにくるなんて、暇人なんですね。早瀬 アリスさん」
パキンと、一瞬で、空間が凍るかの様な。
なずなは、相当、怒っていた。
中庭の池の鯉に視線をやると、なずなが、外方を向いている。
どうやら、これ以上、アリスと会話をするのは、嫌らしい。
「もしかして君、院長から、何か聞いて」
「当たり前ですよ。貴方が、桜の一族の命令で、術を数回、使用したと、まぁ、知ってます」
周囲の草木が、揺れている。
突風が起こり、水面が、大きく揺れた。
「そうだね。思えば君は、院長の義理の『妹』だ。内情を知るのも、容易いか。だけど、あれは、二人を守る意味もあって。ああしないと、蓮も華も、とうに消されて」
「詳しく話さなくても、結構ですよ。二人は、アンナと親しかったから。あのままなら、勝手に、仇討ちとか、良からぬ事を、考えたでしょうね」
事は複雑で。桜の一族が絡んでいるのは、一族の手の者である、アリスを利用して、二人を『保護』する為。
悪意は無い。
逆に言えば、下手にアンナの『件』を調べたら、二人は、危険にさらされていた。
つまり、蓮と華に、殺意を持つ者もいるのだ。
「言っておくけど、私に、忘却の力は、通用しないわよ。貴方の能力を知っているし、対処法もあるわ。なんせ私は、院長の妹だもの」
渡り廊下に移動した、なずなが、小さく笑っている。
「はぁ。意地悪だね、なずなさん」
へなへなと、なずなについてきた、アリスが、しゃがみ込んでいる。
「私はね、アリスさん。院長、兄さんと同じで、みんなを守りたいだけなの。この孤児院の中は、牢獄も同然だもの。外に出たとしても、自由は無いわ」
なずなが、荒れてきた天気に、不快になっている。
「逃げられたとしても、諦めない『者』も多いからね。私はここで、無事を祈るしか無いわ。あ、潰せる範囲で『虫』は、排除するけれどね」
数分間の通り雨。
過ぎ去った後に、日が差すと、明るい声とは正反対に、なずなは、物騒だった。
たくさんの秘密を抱えるなずなは、とりあえず、逃げた二人の敵では無いらしい。
力無く立ち上がった、アリスが、久しぶりに、能力の効かない相手に出会えて、不思議と、笑みを浮かべた。
なずなと言う人は、アリスにとって、厄介で、遠慮無く、本音を言い合える、好敵手となりそうだ。
残念ながら、なんらかの理由で、今のところ、なずなは、アリスを、敵認定していた。
なずなとアリスは、晴れてきた空を見上げ、それぞれに、蓮と華の身を、案じた。




