ぐみの実の訓練場 ─8─
凄まじい闘気を、たからから、感じる。蓮は有利な立場に居るのに、不安な感じが何処か、拭いきれなかった。
……何かを『見落としている』?
何を?
バクバクバク。
心音が激しくなってくる。
蓮が大量に溢れる冷や汗に、ぞっとした。
咲宮円が居ない!
まだ魔物達が複数、蠢く中、蓮が、冷酷に笑う、たからを、駆け付けた、アリスに預けると、身を、翻した。
間に合え! 間に合え!! 間に合え!!!
それは、時間との、勝負だった。
訓練場の階段近く、一匹の灰色狼が、その鋭い牙が、負傷した子供の兵士を庇う、円の、眼前に迫った。
目を閉じる、円。
……?
痛みは無い。
代わりに、蓮の喉元に、二本の牙が、深々と食い込んでいた。
蓮は、ありったけの力で、狼の太い首を、鉄剣で、真っ二つに、切り裂いた。
いやぁぁぁぁ!
鋭い悲鳴が上がる。
血飛沫と共に、倒れ込んだ蓮を、必死になって、円が、支えた。
「……は、は。良かっ……た。今度は間に合った……よね?」
バカだろうか? 愚かと罵られるだろうか? いや、蓮を責める者は、誰も居ない。
直ぐに回復魔術を受けながら、蓮の意識は、途切れがちになっている。
死ぬのかな?
蓮は、そんな事を考えた。
高らかに、嘲う、たからの声が聞こえる。アリスの制止を振り払い、懲りずに、魔方陣を、生み出している。
「お姉ちゃん、あの、白い『梟』は?」
肩を怪我した、子供の兵士が、降り立った梟に、眼を、奪われている。
「ええっと、確か、蓮の守り手の獣よ。……て、え?」
円の回復魔術の『中』に、術式の中に、梟が溶け込むと、一つの『人の形』を成した。
蓮に『何処か似たその人』は、傷口を全て見る間に治すと、子供は元より、この場にいる、全ての者達の、負傷者を、完治させた。
それは、円以上の回復魔術者で、恐らくは、『特級』だ。
真っ白い法衣をまとい、フードを被った、その人が、麗しの黄金色の瞳を、鈍く輝かせると、ふわりと、一気に、たからの元へ、辿り着いた。
バサバサバサバサ。
白い羽音が、耳の奥に響いて、離れない。
気が付くと蓮は、一階の、救護室に運ばれていた。屋上への出入りは、禁止されているが、どうやら、蓮の、蓮達の戦いは、終わったらしい。
……首謀者のたからは、警備兵の者に連れて行かれ、マンション、ぐみの実には居ない。
たからの身柄は、一旦、オーナーの元に、託される事となる。
あれから、どれだけの時が、流れていたのか。窓からは、月が覗いている。
とても心配そうに、ベッドの蓮に、寄り添うのは、お疲れ気味のアリスだ。
「私が、気を失っている間に、何が?」
頭の奥が、ぼぅっとする。思い出そうとすると、ツキンと、頭痛が起こった。
「掻い摘まんで話すと、梟に、『何者かが憑依して』神の御業の如く、戦いを終わらせた、かな。ほぼ、強制的とも言える。あそこまでの強者は、……王にも匹敵する。次元が違うよ」
瞬く間に、消えて行く、魔物達。消失する、魔方陣。
眼に終えない、速さ。人間離れしている。
……背中に生えた、白い、梟の羽。
神々しいまでの、強さを発揮した『その人』は、事を終えると、さっと、その身を消した。残ったのは、蓮を守る、何時もの梟だ。
えらく真剣に話すアリスに、蓮が、ふと考え込んだ。
懐かしい感じがした。
……どこかで聞いた、あの『優しい声』だ。
しかし、どれ程、考えあぐねても、蓮はまだ、答えに『辿り着けなかった』のだ。
それはまだ、その時では、無いから。
答えは、蓮の『中』に、眠っている。
眠り続けている。
「とにかく、あの、凄惨な闘いが、閉じたのなら、良かった。それで、私もこうして、生き長らえたのなら、御の字ね」
「それは、円さんが、頑張ったからだよ。魔術を使い果たして、今は別室で、休んでいるよ」
「他の兵士や、一般人の人達は?」
「うん。……多数の死者以外は、怪我人全員、完治している。きちんと弔われるから、蓮がそこまで、気に病まなくても良いよ」
アリスとの会話のやり取りで、蓮は何だか、どっと、疲れてしまった。
安堵、悲しみ、無力感……。
全身にズシンと、重さがやってきて、蓮が、眼を擦ると、アリスに、何かを言い掛けて、眠りに落ちた。
「しかし、院長も、人が悪い。己の寄越した、あの『梟』に、貴い『御方』を、忍ばせるなんて。ああ、でも、屋上のあの『花々』の影響も、あるのか」
かなり重要な案件を、そっと、胸の中に、隠すと、アリスが、ひそり零した。
ひとまず、紺たからは、捕まえたが、屋上の問題は、残っている。
……上がれないのだ。
現状、屋上の二人を信じるしか無いので、アリスは、蓮と共に、仮眠を取る事とした。




