ぐみの実の訓練場 ─6─
マンション ぐみの実の、泊まり込み生活から、数週間。
確実に蓮は、強さを、身に付けつつあった。
体の変化と言えば、微妙に、筋肉が付いた事。……体力面も、向上している。前よりは、バテなくなった。
部屋食を食べ終わった蓮が、二階から一階へ。それから、地下の、訓練場に向かった。
時刻は、お昼を回っている。
「顔艶が良いな、蓮! 良く休養がとれたみたいだね」
一汗掻いたとばかりに、稽古を終えた、アリスが、蓮に、走り寄ってきた。
アリスの話によれば、屋上の『温室』で、華とアンリさんが、『特別訓練』をしているらしい。様子を見に行こうとしたが、貸し切りらしく、アリスに、静止された。
前に比べて、兵士や一般人の姿が、減った気がする。
蓮が、事情通のアリスに、聞いたところ、最近、『野良の魔物』の出現が、ここ、茶谷地区で、多発しているそうだ。
野良の魔物とは、人を介して喚ばれたものでは無く、『自動的』に『偶発的』に、生まれ出でるものだ。
それは例えば、人の悪意を元にしたり、死者や動物の死骸を『依り代』に、生まれたり……。
と言うのも、このところ、上流地区、中流地区は、まだマシだが、ここ茶谷には、物資が、不足している。
飢えた民が、餓死するケースも、増えている。
加えて、例年に無い、大寒波。中には、住居を追われた民が、野ざらしで晒される、そんな、最悪の『死』もある。
住居を無くす理由の最たるものは、税や家賃の滞納ではあるが、犠牲になるのは、ほぼ、奴隷、使用人と、呼ばれる者達だ。
治世をするべき、第三皇子や金木犀当主の力は及ばず、民の不満は、日に日に、高まっている。
「私達が、ここで訓練場に身を置いている間、苦しむ者が、増えているのね。皇室から出された、救援物資、つまり、お米等が不足するのは、どうしてかしら?」
聞くまでも無いだろう。
舞台の端っこに、腰掛けた蓮が、苦々しい顔をした。
「……中抜きね」
茶谷の貧困者に配られる、配給品を、奪う者が、居る。
そう。
茶谷の一部の『役人』だ。
「悪徳役人については、院長に頼まれて、調べは付いているよ。陛下にも、報告済みだ。既に、手は、下している。亡くなった者の遺族に関しては、手当てが行き届く様に、手配は完了している。金銭面や食料においても、な」
院長の立場は、かなり、上のクラスで、陛下に、謁見出来る、上位者だ。それは、院長、松村輝夜が、第三皇子のお目付役でもあるからに、関係がある。
今回の『落ち度』について、第三皇子があまり、陛下から、罰を受けないのは、間に、輝夜が、入るからだ。
ある理由から、院長の椅子に座る、輝良は、元々、そこに『在籍』していた、金木犀の一族の者を退けて、今に、至る。
それに行き着いたのは、『十六年』の事だ。
松村 輝夜は元は、今もだが、『百合家』の一族だ。大貴族の出である。
白百合の一族だからこそ、蓮や華、アリスは、『白をまとう事』が、許されている。
白に関して言えば、死者を弔う時など、場合に応じては、色の使用も、認められている。
これは、黒を始め、他の色に対しても、同じ事が言える。
「……ある程度は、下級の者に対しても、施しが、盛んになっている。けれど、一時的だと感じてしまうのは、私が、皮肉れているからね」
「皇室のパフォーマンスと言えば、まぁ、そうだろうね。国民の機運や気概って、そんなものを、高めたいのだろうよ。もう時期、年が明けるだろ? それも、見越して」
顎に手を添えて、蓮が、冷ややかな眼をした。
「……ならば、いっその事、奴隷制度を、無くしてしまえば良いのに。そうしたら、院の子供達は、私も、含めて自由だわ。……アリスも華も、同じ気持ちでしょ?」
一度は無くなっていた、廃れていた筈の制度。
復活したのは、それこそ、院長が交代した『時期』だ。
「しっ、……蓮。『禁忌』に触れるな」
公に、皇室、皇家を侮辱する事は、禁止されている。
誰かに聞かれたら、それこそ、死罪だ。
「大丈夫よ、アリス。……バレない様に、密かに、話しているのよ。ね?」
赤い唇に、そっと、牛乳色の指を置き、悪戯っぽく、蓮が、片目を閉じた。
少し離れたところに、ぽつぽつと居た、兵士達が、美しい佇まいの蓮に、眼を奪われている。
極々、稀に、蓮は、色香を放つ時があるのだ。
アリスが慌てて、持参したタオルを、蓮の頭に掛けると、舞台から、降りた。
ひゅん。
それは、一瞬の事。
蓮達が、先程まで、座っていた舞台に、無数の、灰色の『魔方陣』が浮かび上がると、夥しい量の魔物が、出現した!




