ぐみの実の訓練場─5─(追加参加者達)
マンション ぐみの実の屋上。
夕飯を終えた、華とアンリが、松葉杖をお供に、温室の中へ入った。
「この中には、微量の『魔力』が流れていてな。ま、アレだ。『異空間』ってやつだな」
緩い緑色の着物を着た、アンリが、黒灰色の帯は、きちんと、締めている。
「一杯ひっかけて、言う台詞とは、違う気がするけど。……真面目に訓練する気が、ありますか?」
同じ着物姿でも、華の方が、きっちりしている。
「何を言うか! 友に頼んで、二人だけの貸し切り状態なんだぞ。高額な金は払ったけど」
何故だろう。
三十代前半のアンリの片方の眼には、うっすら、悲哀の涙が、浮かんでいた。
「いや、それって結局、友達の価格を、超えているのでは……? 騙されてません??」
心配になった華が、絶妙に、突っ込みを入れた。
「まぁ、悪意は無いんだよ。院長も館長も、人を、おちょくっているだけさ」
アンリに言わせれば、『二人』は『悪友』そして、志を同じくする、『同士』でもある。
温室の小さな花々の真ん中に座ると、アンリが、腰掛ける様に、華を、促した。
「オレも華も、東病院で、ほとんど昏睡状態だったから、これまでの経緯が、飲み込めていないよな。そこで、おさらいと、状況整理のお時間だ」
薄らと、白い灯りがともる、温室で、アンリが、話し始めた。
事の発端は、美術館襲撃事件。
襲ったのは、他の皇子の『手の者』だ。単なる、窃盗犯では無い。
そこで、応戦したアンリと、娘の歌だが、客を庇いながらでは、儘ならず、負傷。重軽傷を負った。幸い、客に、怪我人はいない。
そして、現場に居合わせたのが、華ともう一人。華が、咄嗟に、襲撃者から、歌を守り、大怪我をした。
それから、二人は、東病院へ……。
敵は、現在も、逃亡中だ。
ここからは、何個かの疑問点。
敵の中に、異能者が居ること。
その異能の力が『複数』の可能性だ。
敵は、何らかの力で、『歌』と『敵』の体を、すり替えて、殺害させた。
この際、巻き込まれたのが、橘直だ。
直は、衝撃的な出来事を、現在は、『忘れている』
この時に、聞こえたと言う、銃声。
歌に成り代わった『誰か』の『存在』
それは、瞬時で、巧妙過ぎる。
華が、深く深く、考え込んだ。
「何だか、相当、厄介と言うだけしか、言えないね」
思わず、華が、タメ口になった。
「そうだね。現時点で、分かる事と言えば、敵の狙いが『オレ』で、精神を、破壊したかったのだろう……。最愛の娘の死は、そのショックは、確かに、計り知れないし、今も、引き摺っている」
黙って話を聞いていた、華に寄り添う、白狼が、そっと、アンリに、すり寄った。
「?」
ふわっと、白い毛並みに、アンリが、小さく微笑んだ。
「……悲しいし、辛いが、今は、新しい『家族』が、出来たからな」
アンリの、優しい眼差しに、華が、照れている。
「いや、その、はい。……ですね」
こしょばゆい。
飲んだくれに、絆されてしまった!
屈辱とばかりに、華が、右手をぎゅっと、握り込めた。
「ま、そんな感じで、敵、もしくは、襲撃者が、異様なのは、理解出来ただろう。簡単に、解決の糸口を見付けるのは、難しい。オレが言いたいのは、改めて、結束を固めたいんだよ」
目の前で、凄く、真面目な顔で、アンリが、正座している。
「オレは、華達の『味方』だ。絶対的に!」
「あ、はい。……最初から、知ってます」
熱く語るアンリに対して、氷の様に、冷たい、華の対応。
華は内心。
あまりのアンリへの、執着心で、赤面するのを、必死に、堪えていた。
どう考えても、酒の勢いで、言った様に、見て取れる。
取れる……が、アンリの、必死さだけは、伝わってきた。
要するに、華に、嫌われたく無いのだ。
「ぷっ。あははっ。……大人でも、ムキになる事があるんですね。分かりました! オレも蓮も、貴方を信じますよ。……これで、良いですか?」
右手の長い、人差し指を、ビシッと、紅潮した、アンリの眼前に、突き出すと、どうにか、納得してくれた様だ。
答え。
緊張から、アンリは、お酒を飲んできた。
しらふで話すには、キッツい『内容』だから。
そのまま、アンリが、花畑に、横倒しになると、すぅすぅ寝息を立てている。
そっと、アンリの様子を、見守っていた、瑠璃色の猫が、そのほっぺたを、ペロリと舐めた。
この猫の名前は『美鈴』
蓮から、派遣された、実は、『神獣』だ。
足を崩した、華が、まだ完治してない、片方の足を、そっと撫でた。
「……アンリさんも、まだ足が痛いクセに、無茶して。どうしようもない『大人』だな」
いい加減、警戒心は、解いても良いか。
改めて、華が、アンリを味方として、受け入れた。渋々、家族(借り)としても。
足元で、小さく揺れ動く、どこか『懐かしい』淡い紫の花畑に、華は、ふと、泣きたくなったが、その理由は、分からなかった。
腹を割って話した事で、緊張のゆるんだ、華が、花畑に埋もれて、うとうと、眠りについた。
至近距離で、眠りこける二人を、とても温かい眼差しで、猫と、白狼が、見守っていた。
穏やかな夜は、静かに流れて行った。




