ぐみの実の訓練場─4─ 〈追加参加者達〉
かなり長い時間、東病院に、入院していた、渡柳華と、平賀アンリは、特例で、回復術士の施術を受け、松葉杖を付いて、歩けるぐらいには、回復した。
あくまでも、仮退院ではあるが、二人は、一旦、あるマンションの前に、来ていた。
華は、朧気ではあるが、蓮から、アンリが、一時的な『保護者』兼『仮親』になると、聞かされていた。
かなり気まずいな。
冬の日にも関わらず、華が、冷や汗を掻いている。
「美術館から、少し離れているけど、この、ぐみの実のオーナーとは、懇意でね。しばらくの間、仮住まいする事にしたんだ。あ、蓮も、そのお友達も居るから、賑やかだよね!」
マンションの名前は、ぐみの実だ。
馬車で、ここまで移動した、華が、じっと、親しげに話すアンリを、様子を、伺っている。
「あ、の、オレも貴方も、まだ、全快では、無いですよね。どんな意図で、ここへ?」
早過ぎる展開に、全く、ついて行けない華が、警戒心を、丸出しで、刺々しく言い放った。
烏茶色の短い髪を、短い爪で、ガシガシすると、アンリが、人差し指を立てた。
「今のままだと、華は、か弱過ぎるんだよ。一生懸命、強くなろうと足掻く、蓮を、見習うべきだ」
山葵色の双眸に、強い光を宿した、アンリが、もっともらしい、言葉を並べた。
「そもそも、美術館で、襲撃されたのは、たまたまで。どちらかと言えば、オレ、滅茶苦茶に、被害者なんですけど!!」
理不尽な事に、巻き込まれる前に、華が、思いっ切り、牽制して、怒りに怒っている。
「あー……だね。華は、かつて、愛娘を、救ってくれた、英雄だ。故に、今度は、現実と向き合い、強さを、『求める』べきだよ」
アンリは、軍人だ。かつて、だが。それでも、実行力はあり、今でも、第三皇子の片腕として、軍隊を率いる事もある。完全に、軍人を、辞してはいない。
一人娘の歌を、亡くしてからは、ことさら、復讐心を、滾らせていた。
表向きは、美術館の清掃員として、働く、アンリだが、現段階で最優先は、敵の『排除命令』である。
騙されて。
……付き添う形で、華が、マンションの屋上に、やってきた。
温室がひとつ。
中は、現在、空洞である。
「ここは……?」
迂闊に、中へ入ろうとする、華を、アンリが止めた。
「もう一つの『訓練場』かな。華とオレの様な怪我人でも、体を、鍛えられるんだよ」
空には少し、雲が流れて、隙間に、紺碧が、広がっている。
一応、昼ご飯を、済ませてきた、二人だが、やけに静かな温室の前で、しばし、立ち止まった。
「はー……、貴方の言い分も分かりますよ、アンリさん。確かに、今のオレは弱い。認めてしまえば、びっくりするぐらい、ザコだ。そして、役立たずです……」
ここで、引き返すのも可能だ。
しかしそれでは、現状は、何も、変えられない。癪だが、非常に、不本意ではあるが、胡散臭い、アンリの『提案』に、乗るしか無い。
華の本音としては、拒否したいが。……受け入れるしか無いし、引き返せない。
尻尾巻いて逃げるのが、一番、恥ずかしい!
松葉杖で、かっと地を叩くと、華が、温室のドアノブを、軽く回した。
ふっ。
ろうそくの灯りを消すかの様に、温室の中が、黒に包まれた。
ぱっと、次の瞬間、温室の中に、名も無き『花』が、花畑が、生まれた。
擬似的に、天井に、青が、広がっている。
「……相変わらず、精度が高いな。あの花を、使うなんて。亡き方へのリスペクトかな」
とても小さな、花々に、その色に、アンリが、口元をゆるめた。
「それで、アンリさん。強くなるって、どうやって?」
訳が分からない様子の華に、そりゃあそうかと、アンリが、肩で、呼吸した。
「何れ、戦闘訓練に入るが、まずは、松葉杖を、使ってみようか」
言うが早いか、俊足で片足で跳ぶと、松葉杖が、華の後頭部に、当たり掛けた。
ほぼ無意識で、華が、自分の松葉杖で、咄嗟に、打ち返した。
「うん。反応は、悪く無いね。これなら、どうかな?」
完治した左足で、軽くアンリが、回し蹴りを食らわせた。
地面に落ち掛けた、華が、反射で、松葉杖を使うと、体の向きを変えて、とんっと、片足で、後ろに跳んだ。
一気に、間合いを詰めて、松葉杖を打ち出してくるアンリを、華が必死に、いなした。
二本の松葉杖が、何度もクロスして、不意に、胸を突かれた華が、尻もちを付いた。
びっと鼻先に、松葉杖の先端を、向けられている。悔しそうな華の顔。
「初手にしては、見込みありだね! これはまた、鍛えるのが楽しみだよ!!」
頭上のアンリには、余裕がたっぷりで、まったくもって、稽古の相手にすらなれない華は、不機嫌極まり無かったが、同時に、アンリを、少しは、敬うべきかと、見直しては、いた。
嫌な『仮親』だ。
そうぼやきつつも、こうして華は、アンリと、訓練を開始した。
戦う術を、得るべき時が、来たのだ。




