ぐみの実の訓練場─3─
数日後の訓練場は、何故か、大いに、賑わっていた。
それは、舞台に描かれた、灰色の『召喚魔術』が原因で、ポコポコ、沸いて出るのは、動物の姿をした、魔物だった。
熊に狼、寅に、ライオン……かなり、攻撃性の高い、灰色の毛並みの『魔物』に、兵士達が、立ち向かって行く。
止まっていたら、即、死亡。
そんなシビアな状況の中でも、怯む者は、いない。
縦横無尽に動きまわる、兵士達に、舞台外にいた、真のぞむが、幾度も、声を掛けている。
唸る獣の鳴き声、飛び散る血液。
時に、重傷も厭わずに、鉄剣を振るう、兵士達。ほとんどが、階級の低い者だ。
「うわっ……。相変わらず、容赦無いね。のぞむさん」
脇から、観戦していた、早瀬アリスが、顔を、強張らせている。
「当たり前だよ。間合いの詰め方や、立ち回り、体力の配分量を、調節したり、学ぶ事は、たくさんあるんだ。死なない程度に、鍛えるのは、もはや、鉄則だよ」
涼しげな表情を、浮かべながら、小刻みに、俊敏に動く、彼らを、のぞむはあくまでも、傍観している。助けには入らない。
照明の明かりの下、颯爽と、舞台に上がった、蓮が、よろめく兵達を、支えながら、魔物に、立ち向かって行く。
木刀から鉄剣に持ち替えて、背後に回った狼を数匹、その首筋を、断ち切った。
短く息を吐き出すと、続けて、熊、寅、ライオンと、急所を一撃死させると、蓮が、靴音を、とんっと、立てた。
蓮なりの、終了の合図だ。
「……あの子は、化け物だね。こんな短時間で、体力が尽きる前に、倒すなんて。……末恐ろしいよ」
倒された魔物達は、跡形も無く、消え去ると、召喚魔術を使ったのぞむが、舌を巻いている。
「蓮は、何と言うか、昔から、負けず嫌いなんですよ。根性があると言いますか、とにかく、努力家で。……少しも、女性らしく無いけど、それが、むしろ、蓮らしい、と、言いますか」
負傷した者達が、次々、担架で、救護室に運ばれる中、アリスが、のぞむと、内緒話を、続けている。
「言っておくけどね、アリス。疲れる事は、疲れるし、もちろん、魔物と戦うのは、怖いわよ。けれど、逃げてばかりもいられないわ。守られてばかりは、嫌なの。私だって、みんなを、守りたいんだから!」
頼もしい限りの蓮に、アリスは、一抹の不安を感じた。蓮が焦っている様に、見えたからだ。
「一足飛びで、強くならなくても、良いよ。僕も、居るんだからさ」
「アリス。案じてくれるのは、嬉しいわ。だけど私は、これ以上、悔しい思いはしたくないし、お荷物になるのも、ごめんだわ」
ああ言えばこう言う。
聞く耳を持たない蓮に、アリスが、困り果てている。
「蓮。早く強くなりたい気持ちは理解できるが、焦り過ぎると、失敗するよ。現に貴方は、顔が真っ青だ」
見かねたのぞむが、二人の間に入ると、蓮の、血の気の失せた顔色に、気が付いた。
「……ここ、数日、まともに寝ていないのだろう。ほら、こちらに、座りなさい」
武器保管庫近く、置かれた天幕の中に入ると、のぞむに促されて、蓮が、パイプ椅子に座った。
深く目を閉じた蓮が、
「意固地になり過ぎました。ごめんなさい、アリス、のぞむさん」
急に、しおらしくなった蓮が、二人に、謝罪した。
「……ふとした、きっかけで、故人を思い出して、それが原因で、良く眠れ無くて。がむしゃらに、武器を振り回せば、もやもやが、すっきりするかと思ったけど、ままならないや」
ふっと、小さく息を付くと、蓮が、二人の腕にそれぞれ手を掛けて、それから、前のめりに、倒れ掛けた。
「ぐーっ」
何とも間抜けな寝息を立てる、蓮。
ぷふっと、のぞむが、笑っている。
蓮を抱き寄せたアリスが、呆れて物も言えず、代わりに、盛大なため息を落とした。
「……ははっ。年相応に、可愛らしい一面もあるんだね」
親目線で言う、のぞむの目尻は、下がっていた。
「いつも、簡単に折れてくれたら良いのですが、僕には、遠慮しないんですよ、蓮は。気をゆるしているから、良いんだけどね。はぁ。振りまわされるのは、毎回、僕の方だ」
つくづく、貧乏クジばかり、引かされている、そんな気分だ。
面倒くさいと繰り返すアリスだが、蓮に対しては、それなりの愛着があり、結局は、仕方無いとばかりに、休憩室の方へ、蓮を移動させた。
のぞむも付き添う形で、アリスの後に続いた。
確実に、戦う術を身に付けて行く、蓮。今の実力なら、暴漢には、負けないだろう。
ただし、まだまだ、並みの兵士の『敵』では無い。しかしながら、魔物相手に、躊躇無く、急所を突けるのであれば、相当な、見込みはある。
「やはり、化け物か」
軽やかな足音を響かせながら、ぼそり、のぞむが、吐き捨てた。




