ぐみの実の訓練場─2─
マンション、ぐみの実の地下に設置された、訓練場。
では、日々、体を鍛えたい人達が、やってくる。主に、軍の兵士達が多いのだが、中には、単純に、強さを求める、一般人もいる。
間口は広く、規制を設けずに、人々を受け入れるのが、ぐみの実のオーナーの理論だ。
ただし、実地訓練の為に、怪我人はつきもの。よってここには、王室の認可が降りた、回復術士一級の、神子が、派遣されている。
ぐみの実に、常駐する、神子は、咲宮 円。二十代かなり前半。
常日頃、マンションの1階で、受け付け、つまり、事務員としても、働いている。
深いため息と共に、午前中に、救護室に運ばれてきた、蓮を、円が淡々と治した。
ぽわっと全身に、筋肉に、体の内部にも、温かな『何か』を感じて、蓮が、眼を覚ました。
懐かしい感じがする。
まるで、誰かを、彷彿とさせる様な。
「あ、目覚めましたか? 他に、痛むところは、ありませんか? ……ん。大丈夫そうですね」
薄紫の着物に、ミルク色の帯を締めた、円が、念の為、蓮の全身を、くまなく見た。
「あの、貴方は、一体……」
「はい。私は、この訓練場に、派遣された、回復術士一級の者です。名は、咲宮 円」
セピア色の長い髪に、サンイエローの大きな眼をした、円が、きびきび喋った。
「回復術士……? へぇ。名前には聞いておりましたが、生まれて初めて見ました。一流の腕前なんですね! すごく元気になりましたよ!! ありがとうございます」
にこにこ笑顔の蓮が、短い黒菫色の髪を弾ませると、円の両手を、強めに握った。
「あ、いえ、その……私の責務なので、お気になさらずに」
そっぽを向いた円の、耳の上部が、真っ赤だ。
普段、円は、当たり前の様に、怪我人や病人を治し、頭を下げられても、面と向かって、お礼を言われた事は、ほぼ、無い。
だから、率直な蓮の対応に、円が、むず痒くなっている。
ましてや、ここは、訓練場。
完全、むさ苦しい野郎ばかりを、常時、相手にしている、円は、年下の女子に対しての『免疫』が、ゼロに、近かった。
それとなく、救護室のベッドから、距離を取る円に、蓮が、手招きした。
「私は、春日 蓮です。円さんの術式は、とても効果がありますね。何だか、お風呂に入ったみたいだ!」
ちょっとずつ、また蓮の側に歩み寄った円が、人差し指を立てて、説明した。
「それは多分、蓮にとって、リラックスと言えば『お風呂』だから、ですよ。私の霊力で、体力を回復させたりする訳ですが、感じ方は、さまざまみたいです。例えば、犬を撫でてるみたいに、癒されたと、感じる患者も、居ましたし。捉え方は、それぞれですね」
「面白いね。そっか。お風呂……。確かに、私にとって、お風呂は、大事だわ。ふぅん。回復術士さんは、不思議な存在ですね。素直に、尊敬しちゃうな~」
蓮がひたすら、円に、羨望の眼差しを向けると、その魅惑的な、黄金色の瞳に、円が、ドキリとして、釘付けになった。
不覚。
同じ女性相手に、心奪われるなんて。
それはまるで、アイドルを愛でるかの様な心情で、円が、蓮に、ドキドキした。
体中に気が付くと、汗を、掻いている。
「と、すみません。別に、他意はありません。ただ単純に、無条件で、人を助けられる、円さんは凄いと思っただけです。けれど、一級ともなれば、一般人は、安易に治せないのでしたよね、確か」
ふっと、ようやく、熱気が収まると、円が、下に顔を向けた。
「蓮。……先程から、呼び捨てで、不快に感じていたら、ごめんなさい。これは、ここだけの話。決して、もらさないで下さい。我ら、所謂、神子も、人なので、こっそり、一般人も治します。心ばかりの謝礼はいただきますが。例えば、お米とか野菜とか」
ひそひそひそと、か細く言う、円は、どちらかと言えば、全く欲の無い、善良な女性だ。
円なりの事情があれど、マンションのオーナーには内緒で、『動く事もある』らしい。
「誰にも話したら、ダメですよ?」
そっと、唇に、人差し指を当てて、円が、悪戯っぽく、微笑んだ。
ああ、やっぱり。
……円は、あの子に似ている。
物悲しい気持ちを抑えて、蓮が、了解とばかりに、笑顔で、返した。
「そう言えば、顔が真っ赤になってましたけど、今は、大丈夫ですか? 円さん」
「はえ! ……じゃなくて、えっと。その、あの、私は、あんまり、年下の女子と話す機会が無くて、ね。と、言うのも、私の周囲に居る子は、同年代か、年上ばかりで。そもそも、年下の子達、神子も、生存率や、出生率が減っててね。……だから、蓮を見てたら、妹みたいだなぁって、有頂天に、なっちゃった」
毛布を引き寄せて、天井を見上げた蓮が、思い付いた様に、
「じゃあ私の事は、妹みたいに思ってくれても、構いませんよ? 私、わりかし、『お姉ちゃんず』が多いけど、それでも、良ければ」
お姉ちゃん……ず?
蓮の物言いに、思わず、首を傾げた、円。
だが、申し出を受け入れた。
「ここで知り合ったのも、何かの『縁』だし、宜しくね、蓮」
可愛い『妹』よ。
握手を求めてきた、円は、分かりやすくて、単純だ。クスクス笑いながら、蓮が、円と、初対面で、打ち解けた。
宮須アンナ。
今は亡き、友と、同じ雰囲気を持つ、円に、蓮は、親近感を覚え、素直に、仲良くなりたいと思った。
正直、親しい者を作るのは、怖い。
失ってしまう、恐怖が、蘇るからだ。
それでも蓮は、二度と『失わない』為にも、訓練を頑張ろうと、心に、誓いを立てた。
守る者が増えたら、それだけ、強くなれば良いのだ。
蓮が、握り拳を作って、気合いを入れた。
硬い決意を立てたらしい、蓮を、円はそれとなく、サポートとする事を、こっそり、誓った。




