ぐみの実の訓練場 ─1─
早瀬 アリスが宿泊している、マンション、ぐみの実には、興味深い『場所』がある。
それが、地下に造られた、訓練場だ。
ここには、軍の兵士達も、体を鍛えたり、戦闘訓練の場としても、多く、利用している。
ぐみの実のオーナーは、他にも、ホテルも経営していて、やはり、同じく、地下訓練場を、設営していた。
オーナー、真のぞむも、元は、第三区の軍の上層部で、斧の使い手として、かなりの、腕前だった。
現在は、40代後半で、訓練場にて、訪れた兵士達等に、戦闘のノウハウを、教えている。
のぞむは、大柄で身長も高いが、厳つい雰囲気は、一切無く、爽やか系だ。
話し掛けやすく、マンションの常連客にも、慕われている。
かく言う、蓮も、わりと、のぞむに、懐いていた。
理由。
魅力的な『年上』の男だから。
敬慕の感情が、蓮的には、半数を占めている。
ダンジョンを思わせる、訓練場の空気に、蓮は最初は戸惑いを覚えたが、今は、慣れている。
石階段を降りて、茶色い煉瓦の壁に、蓮が、少し、わくわくしてきた。
「ここまで連れて来て、何だけど。順応力が高いよね、蓮」
先を歩くアリスは、若干、呆れていた。
「あら。習うより、慣れろよ。貴方が先に、連れて来ておいて、良く言うわね」
「これから先、蓮や華にも、自分で守る術を、身に付けるべきだと、そう判断したんだよ。ま、院長からの、総意でもある」
アリスの言葉に、引っ掛かりを感じたが、蓮は、分からない振りをした。
「巻き込まれてばかりも、癪だからね。反転応戦も大事よね」
違うところで、気合いを入れる蓮に、
「いや、そこまで、強さは、求めて無いよ。蓮の事は、華も含めて、僕達が、全力で守るからさ。あまり、強くなられても」
僕の立つ瀬がないよ。
ため息深めに、嘆くアリス。
長めの石階段を降りた先、地下訓練場は、開けた空間で、体育館並みの広さだった。
中央に円形の、かなり大きな舞台がある。まるで闘技場を『模している』
左右には、武器の保管庫や鎧置き場。やはり、休憩場所も、数カ所あり、お手洗いに、風呂場、食事処、泊まる部屋も、数個ある。
ところどころで、兵士達が、茶色い鎧を着て、武芸の稽古に、励んでいる。
無論、鎧の下には、薄茶色の着物姿だ。帯は緑。
はっ!
せいやっ!
ふん、ふん!
迸る汗、漂う熱気に、蓮が、嫌そうな顔をした。
ばっちんばっちんに、武器がかち合って、槍や剣の、火花が、散っている。
第三皇子の管下に置かれた、兵士達なので、剣の所持も、訓練場の時などは、認められている。
ただし、民間人に対して、武器を用いる事は、断じて、許諾されていない。
有事以外は、それが、ご法度なのだ。
少なくとも、第三区においては。
主に、第三皇子の意向である。
ただし、皇子及び、大貴族等に、刃向かう者は、民間人でも、容赦はされない。
即、処刑も、あり得る。
兵士達は、年配の者から、十代後半の者までと、さまざまで、稀に、女性も、在籍している。
「訓練と言っても、私は、何をしたら……」
武器の保管庫前にやってきた、蓮に、アリスがひとまず、木刀を投げた。
「取り敢えず、軽く、手合わせしようよ、ね?」
舞台横の広い空間で、軽く片目を閉じたアリスが、唐突に、打ち込んできた。
訳も分からず、咄嗟に打ち返し、木刀を片手で回転させた蓮が、片脚で、地を蹴ると、軽く木刀を振り回して、下から上へ、アリスの喉元を狙った。
カチンと、あっさりいなされて、とんっと、お腹を押された蓮が、よろけた体を直ぐに立て直し、反転すると、木刀を横から、アリスに、突いた。
二つの木刀が空に交差して、至近距離の二人が、双方、一歩も引かずに、地に、両脚を、踏ん張っている。
じゃりと踵を上げて、蓮がくるり、身を翻し、木刀を回すと、アリスの上半身の半歩先、虚空を、上空に、『切り裂いた』
わぁっと、そこかしこで、歓声が上がり、棒術や刀剣の『術』も、会得した蓮が、気が付くと、全身汗だくで、息も絶え絶えになっていた。
見事な集中力だ。
初心者とは思えない、蓮の動き。
蓮は確実に、歌の戦闘スタイルを、受け継いでいる。
蓮の全身にも、歌の戦ってきた、これまでの『記憶』が、染み込んで、刻まれているのだ。
多少なりとも、手を抜いたとは言えど、アリスも、完全に、息が、上がっていた。
「見事だね、蓮。次は…─」
アリスが言い切る前に、蓮が後ろに倒れ掛け、駆け付けた、真 のぞむが、がっしり蓮の肩を、抱え込んでいる。
「極度の脱水症状を、起こしている。休ませないと。ここまでだよ、アリス!」
マンションに泊まる客を、把握済みの、のぞむは、アリスと、親しげではあった。
スモークブルーの着物。灰色の帯。
黒鼠色の短い髪をした、のぞむが、やり過ぎだと、アリスを、叱りつけた。
「いきなり、実践はなしだよ、アリス。貴方は、強いんだから、もっと加減すべきだ。院長が、この件を知れば、激怒されるだろうね」
若草色の双眼を鈍く光らせて、のぞむが蓮を、救護室に、急いで運んだ。
ずっしり、鉛を背負わされたかの様な、貧弱な体。
蓮は、戦闘の動きは申し分無いが、深刻な、体力不足であった。
そもそも、蓮は、まだまだ成長途中の、か弱い少女なのだ。
一気に強くなれる程、甘くは無かった。
情けないなぁ。
喉からからの蓮が、薄れゆく意識の中、弱い自分を、恥じた。
と、同時に、課題も見えてきたので、悪いばかりでは無かった。
蓮はまだまだ、成長途中の『過程』であり、強くなる、伸び代は、かなりのものだ。




