おやつと小休憩と ─2─
寒い冬の夜の時間。
病院の中は、静まり返っている。
個室の渡柳華は、ずっと考えていた。
宮須アンナは、華の事も、案じていた。不自由になる『将来』を、うれえて、そして、命を『誰か』に、奪われた。
無くしていた記憶が、蘇った時、華の頭の中に浮かんだのは、無惨な、アンナの亡骸だった。
コンコンと扉を叩き、そっと入って来たのは、華から、記憶を奪っていた、早瀬アリスだった。
「蓮と話してて、完全に和解はしていないけど、何となく、わだかまりは、解けた気がする。けど、僕は、君にちゃんと、謝っていないから、だから、来たんだ」
えらく殊勝だ。
反省の色も、目に見えるかの様だった。
もっと言えば、相当、沈み込んでいる。
「……良いよ。どうせ、今の院長の『指示』でしょ。お前に、逆らえる筈が無い」
相手の立場になって考える。
華には、それなりの、優しさがある。
それは、蓮にも言える事だ。
……アリスは、二人の優しさに甘えて、結果的に、傷付けてしまった。
アリスにとって、それは、本意では無い。
アリスにとっても、アンナの死は、想定外であった。
左胸を抉り取られていた、その後の遺体の処置が、どうであったのか、実際のところ、院長や数人の者しか、ほんとのところを、知らないのだ。
ただアリスは、身体的なショックが大きかった、蓮と華の心を守る為に、一時的に、記憶を消した。
実際のところ、何かの拍子に、二人が、アンナを思い出す事は、予想していたのだ。
……アンナは、蓮と華の大切な友であり、華にとっては、好きな相手である。
長い長い沈黙の後で、アリスが、華のベッド側まで歩くと、それは深く、頭を下げた。
「……ごめんなさい。命令とは言え、華から、アンナを忘れさせたのは、間違いだった! 誰だって、思い人の事は、忘れたく無いよな」
何度も頭を下げて、謝罪するアリスに、華は、赤くなったり青くなっり、まるで、信号機の様な、ありさまになった。
華のアンナへの淡い『初恋』は、孤児院の中では、わりと、筒抜けで、誰もが、その初恋を、そっと、見守っていたクライだ。
わーっと、羞恥で叫びそうになり、華が、両手でほっぺたを緩く叩くと、冷静になった。
「……止めてくれ。恥ずかしくて、死んでしまいそうだ。……はぁ、蓮にも当然、バレバレか。ま、からかわれなかっただけ、マシか」
平常心を取り戻し、咳払いを一つ、しばらくして華が、窓の夜空に、視線を向けた。
「どうせまた、蓮は、厄介ごとに、遭遇して、渦中の中に居るんだろ? アリスには、確りと、サポートをお願いしたい」
驚く程に、華は、過去には追求せずに、あっさりと、アリスの『行為』を許した。
「は、華は、僕を責めないのかい?」
「? そもそも最初から、恨んでもいないよ。院長が、オレ達を思っての事なら、仕方が無いさ。……寂しかったけど、今は、不思議と心が凪いでいるから、結果的に、良かったのさ、きっとね。……時間はまだ、必要だけど、蓮も本当は、苦しいアリスの胸の内を、理解してるさ。あの子は、優しいから」
染み渡る様に、星が瞬く夜空を、菫色の穏やかな瞳に映した、華は、ここには居ない、蓮の心情も、それとなく、口にした。
蓮の本音は分からないが、時間の経過と共に、アリスのしでかした事も、いつかは、許すだろう。……かなり先になりそうではあるが。蓮は頑固な一面もあった。
とさっと、地べたに膝を落とした、アリスが、静かに、泣きじゃくっている。
「……あのな、アリス。男がそう簡単に、涙を見せるものでは無いよ。けど、ああ、そうか。オレ達を傷付けた事を、ずっと、後悔していたんだな。それから、亡きアンナも、偲んでいるのだろ」
敢えて言葉尻を切ると、ベッドの上の華が、痛む両脚に、目を走らせた。
「きっと、アンナも、オレのこの痛み以上に、激痛を感じて、精神的に苦しめられた筈だ。なぁ、アリス。オレは、オレ達は、宮須 アンナの『死』を、二度と忘れないよ。それから、アンナを死に追いやった『者達』を、見つけ出さないと行けないんだ」
アンナの死。
それは、華にとっての生きる指標になった。
アリスは、何とも言えない顔をした。
院長も、アンナの死には、責任を持ち、犯人を数人、特定したが、どうも、『裏』がありそうで、雲を掴まされた感覚なのだ。
真犯人は、別にいる。
……しかも、複数。
涙を拭いたアリスが、立ち上がると、華の手を取った。
「心配しないで良いよ。僕も、華に協力するから!」
声高に宣言するアリスが、何だか可笑しくて、華が、ふふっと、笑っている。
和やかな空気が、病室、個室の中に、流れていた。
華とアリスの友情は、この晩、強固なものになった。




