おやつと小休憩と -1-
病院の近くにある、マンション ぐみの実に、とりあえず、1週間以上、寝泊まりする事にした、早瀬 アリス。
マンションの、外壁の色は、モカコーヒー色の鉄筋コンクリート。建てられて、数十年、経過している。
二階建てのマンションで、一階は事務所、受け付け場所と、コインランドリーやレストランが、設置されている。
二階の部屋数は、およそ、六部屋。
1週間単位でも、借りられるらしい。
相場は、一万から二万、一ヶ月だと、五万円程度。払っているのは、院長の、松村輝夜だ。
護衛の猫は、義理の父親代わりのところに、念の為に置いてきて、蓮の肩には、白い梟が、スタンバイしている。
このマンションは、家具家電付きだから、生活するのに、大変、便利ではある。
101号室に入った蓮が、ストンと、ガラステーブル前に、座っている。
「あのさ、蓮。突然、部屋パーティーしようって、何なの?」
一階のレストランから、テイクアウトで、色々、食べ物を調達してきた、アリスが、呆れ果てている。
「あら、忘れたの? アリスは、私と華に、酷い仕打ちをしたでしょ。これは、詫びの場を、設けた……そんな意味もあるのよ」
蓮が、悪戯っぽく、片目を閉じて、軽く、笑っている。
この程度では、まだまだ、完全に許しては、あげないけどね。
と、蓮が、付け加えて言うと、箱を開いて、歓声を上げている。
「ジューシーな、げんこつ唐揚げに、フライドポテト! ああ、何て、素晴らしいのかしら」
この感動を、誰に伝えたら良いのか、蓮の頬は、ピンク色に、染まっている。
「……いや、だよな。まぁ、気持ちは分かる。華が負傷してから、それ以前に、君は、大変だったらしいもんな。院長から、現状は、伝え聞いていたが、何て言うか、苦労したんだな」
テーブル越しに、前に脚をおろした、アリスが、ご愁傷様と、ぽそり、呟いた。
「……そうね。一人ではとても、抱えきれなくて、胸が、張り裂けそうだったわ」
蓮が、缶ジュースを空けると、コキュコキュ飲んでいる。小気味よい擬音だ。
夕方5時半。
窓のレース越しに、赤い光が注ぐ。
「ずっと、アリスに話を聞いて欲しくて、何なら、一発、殴ってやりたかったわ!」
「……うん。て、え? いやいや、暴力は、ダメだよ!?」
「あはは。そんなに激しく、動揺しないでよ。実際、あそこから逃げ出して、自分のふがいなさ、無力さを、痛感したのよ……。守りたい人をまた、守れなかったから、さ」
「蓮……」
慰めの言葉が出てこず、アリスが、ポテトを口に含んで、押し黙った。
「誰かさんは、厄介ごとを、持ち込んでくるしね。もう、考える暇も無いよ。……取り敢えず、一歩前に、進むしか、無い訳。私に、退路は残されていないもの。今だって、完全な自由とは、言い難いけどね。院長に、護られているから、私は……」
首に枷を付けられずに、済んでいる。
蓮の黄金色の瞳が、強く、瞬いた。
「蓮がこうやって、無事でいる事が、僕にとっても、院長『達』にとっても、何より、なんだよ。不幸になられるのが、一番、怖い。君や華は、僕らの『希望』だからね」
生きる意味。
目標でもあるんだよ。
……大切だから。
言葉をそっと飲み込んで、アリスが、精一杯の心情を、吐露した。
「酔っても無いのに、クサイ台詞を次々と。忘れて無いですよ。私だって、院のみんなは、『家族』なんだから。貴方も、だよ?」
ぎゅっと蓮が、温かい手で、押し黙る、アリスの両手を包み込んだ。
「許してくれるの?」
「……それは、別問題。あの子を忘れた衝撃は、それだけ、大き過ぎたの。都合良く、全てが許される訳では無いわ。……許す努力はするけど。アリスにも、それなりの、事情が、あったのでしょうし、ね」
歯切れ悪く、よそ見しながら、蓮が喋った。
なる程。
これは、お茶会であり、懺悔の場でもある。
折を見て、アリスは、華とも、話し合う必要があった。
「こうやって、お互いに、腹を割って話すのも、大事だと、思う訳よ。私は、アリスを敵だと感じた事は、一度も無いもの」
蓮が、食後の、イチゴのドームケーキを、そっと、切り分けている。
「うん。……そうだね。もう二度と、友を裏切りたくは無いよ。『二度目』は無い、よ」
少し声色を低くして、アリスが、半分このケーキを、皿に盛られたそれに、フォークを突き刺した。
アリスは既に、他者の記憶を、葬り去っている。
簡単には、思い出させ無いよう、それは、強固に。
アリスの怖ろしい側面を、理解しながら、それでもなお、大切な『友』として、歩み寄ろうとする、蓮は、相当な強者だ。
このささやかな『日常』を守る為、アリスは、蓮の『盾』になる事を、改めて、決意した。
蓮の為なら、死んでも構わない。
にっこり笑うアリスに、蓮は、不安を感じて、思わず、頭を、ぽかりと、叩いた。
「アリス! 命、大事にだからね!! 妙な考えは、起こさない事。駄目だからね!!」
わりと本気めに怒られると、アリスが、悪びれも無く、
「はぁい」
と、応えた。
蓮と過ごす、このひとときを、アリスは、余すこと無く、堪能した。
ケーキは甘いが、どこか、危なげなアリスを、ちゃんと、見張ってよう、と、蓮は、強く、決意を、固めたのだった。




