美術館と清掃員-10-〈影に潜む者〉
ハタから渡された、絵と宝石。
それは、女神と青い鉱石だった。
神話になぞらえたものなのか。
蓮はあれこれ、思いを巡らせながら、美術館の中にある、奥の事務所に入った。
美術館の館長、司原いくえが、律儀に蓮を、待っていた。
傍らには、蓮の良く知る、早瀬アリスが居た。
どんな経緯で、ここに、アリスが居るのか。
聞くまでも無く、蓮はまず、落ち着いた様子で、館長に、盗まれていた品々を返した。正確には、ハタから、返却されたものだ。
黒茶色の短い髪に、シルバーグレイの瞳をした館長が、あきらかに、歓喜して、何なら、震えている。
「ああ……無事に、返って来て良かった! 愛しの女神よ!! ついでに、鉱石もね」
小躍りを始めた館長に、蓮が、困惑していると、アリスの解説が入った。
「あの絵画はね、女神が『二人』描かれているんだよ。かなり、レアなんだ」
アーモンドの目色のしたアリスが、蓮に、続けて耳打ちした。
「それから、青い宝石はね、異能者の『祖先』のレプリカなんだよ。つまり、女神のお姉さんの方の、旦那にあたる方だね」
蓮は合点が行くと、握り拳を、軽く作り、ぱっと、開いた。
「女神様の相手は、異能者の祖なんだね。伝承では、聞いているけど、へぇ……。しかし、女神の妹君は、あまり、ポピュラーでは無いよね」
「はは。蓮は辛辣だね。どちらかと言えば、薔薇の女神、お姉さんの方が、有名だからね。妹さんの『花』は、何だったかな?」
アリスも蓮も、頭にもやが掛かり、今は良く、思い出せなかった。
そもそも、妹女神に関しての『書物』が、皆無なのだ。
何の花の『化身』なのか、それを知る者は、限られている。
少なくとも、一般的的には、周知されては、いなかった。
女神の絵画を見ても、蓮には、ピンとも、来なかった。
姉の女神は、相当の美人だが、妹女神の方は地味に、描かれている。
対比の意味も、兼ねているのだろう。
現在の皇族、王室には、薔薇の女神の血が、色濃く流れている。異能者の血も、時に混ざり、産まれ出る事もある。
かと言って、異能者の力を持つ者は、極めて、稀だ。
妹女神の方の『血筋』は、どうだったか。
これについては、誰も、覚えていない。
……途絶えた可能性もある。
「この絵画はね、数点しか、残されていないんだよ。妹女神について、特徴を知る者が、あまりにも、少なくてね。時が経ち過ぎて、今となっては、妹女神が、『存在』したのかも、あやふやなんだ。それに、これに関しては、最大の『禁忌』だからね。あまり、触れては、いけないんだよ。だから、この絵は、ある意味では、想像上の『人物』かも、知れないね」
松原色の着物に、黒い帯を締めた、館長が、感慨深く言った。
そうだろうか?
妹女神は、居なかった??
ふと、蓮の脳裏に、疑問が過った。
あまり深掘りするのは、良く無い気がする。
蓮は、本能的に、話題を変えた。
「それでアリスは、また、誰かの記憶を、消したのよね。具体的には、軍の『あの人』を」
不意に指摘され、アリスが、直立不動になった。
「……橘さんの心を、守る為だよ。彼には、まだ、真実を受け止めるだけの、時間が無いと言うか、今は、無理なんだ。忘れる事で、得られる、安寧もあるのさ。残酷では、あるけれど」
経験者である、蓮は、思う存分、アリスを責め立てて、やりたかったが、ぐっと、堪えた。
橘直を、その心を、守る為だ。
この辺りは、不本意ながら、アリスと利害が、一致している。
それだけ、歌を殺めた、事柄は、直には、酷過ぎる。
異能者の敵の策略によるもの、だと、しても。
「第三皇子の片翼をもぎたい、輩のせいにしても、度が過ぎる。寝てる虎を起こすなど、具の骨頂だ。目覚めた、平賀 アンナは、容赦無く、殿下の敵を、排除するだろうよ、今後、ますますな」
美術館 月羽の館長は、随分と、我関せずな態度だが、静かに、怒ってはいた。
「ほんと、腹立つよ。……まだ、戻って来ていない、レアな品々が、数点あるんだよ!? あー、もう、無礼な盗賊風情を、今すぐに、殲滅してやりたいよ!!」
館長が、事務所の中で、左右に行ったり来たりすると、雄叫びを上げそうに、なっている。
慌てて、駆け寄った、アリスが、館長を宥めた。
白い着物に、黄色い帯をしたアリスが、改めて、蓮と、対面した。
「……今更、謝られても、困るけど」
「蓮や華の記憶を、一時的に奪った事は、本当に、すみませんでした。……ごめんなさい。あと、蓮には、手伝って欲しい事があって、ね」
土下座しそうな勢いで、謝られ、蓮が、そっと、視線をそらしたが、嫌な予感に、あからさまに、頬を引き攣らせた。
「逃走中の敵の捕獲と、残りの宝物を、取り返さないと、なんだ! 特に、異能者の『青玉』は」
院長、蓮の育て親は、第三皇子を、擁護している。
どうやらアリスは、院長に、駆り出されて、ここ、美術館に、やって来ていた。
そして、問答無用で、蓮はまた、騒動に、巻き込まれてしまう。
もはや、自ら、嵐の渦に、飛び込んでいる様なものだ。
蓮に、退路の文字は無く、進む、もしくは、嵐を耐え忍ぶしか、道は、無かった。
諦めよう。
蓮は、そっと、天井を見上げた。




