美術館と清掃員-9-〈影に潜む者〉
美術館での強盗事件、強奪騒動、暴行容疑者。ずらりと言葉を並べるだけでも、実に、不穏だ。
蓮はずっと、考えていた。
思考を止める事無く、ずっと。
工事中の美術館に来て、庭園まで歩くと、蓮が、たびたび感じていた『気配』に話掛けた。
朝の10時過ぎ。
日差しが程良く、暖かい。
陽光を浴びていた、一人の少年が、まだ癒えていない、お腹の傷を押さえつつ、姿を見せた。
黒土色の大きな眼をした少年は、蓮が、探していた『人物』だ。
「私の知らないところで、逃げた先で、暗躍するなんて、姑息ですね。次島ハタ」
奴隷商人や暗殺業務をこなす、ハタが、へへと、悪びれ無く笑った。
「いや~、いつ、気付いたの? 否、薄々、勘付いていたよね」
灰色の着物に、細めの黒い帯を締めた、ハタが、蓮と、一定の距離を、保っている。
「何となく、今回の黒幕に、貴方も一枚噛んでいると、結論付けただけよ。絶対また、会えるとは、思っていたもの」
薄茶色の着物に、白い上品な帯を結んだ蓮が、嫌そうに、頭を振った。
「ふぅん。関わりたく無かったって、風だね。オレはまた会えて、とても、光栄だよ。大丈夫。お前の本当の事は、誰にも、話さないよ。神獣の事とかね」
ハタは、厄介な連中と、深く、繋がっている。完全な悪人だとは言い切れず、そこは、グレーだ。
どちらとも言えない。
まるで、トランプのジョーカーの様な。
ハタは、善人でも、悪人……とも、断定出来ない、側面がある。
ハタは、表向き、奴隷商人ではあるが、裏で、奴隷にされた人達を助け、何なら、『解放』しているのだ。
ハタが、狙うのは、貴族や上流階級が、殆どで、庶民には、手を出さない。
ハタなりのポリシーみたいだ。
蓮にとっては、率先して関わりたく無いし、可能なら、遠ざけたい。
しかし、ハタから、情報を引き出す、必要がある。今後の為にも。
「これは、推測だけど、貴方の異能力は、少なからず、人に対して、何らかの『影響』を、及ぼすものでしょう? 簡単に言うなら、誘惑や魅力、かな」
トンっと、蓮との距離を一気に詰めると、大正解と、ハタが、何度も眼を閉じた。瞬いている。
「まぁ、そんな解釈で、合っているよ。かなり便利だよ。逃走する時とか、特に。けれど、お前や、協力者の様に、効かない者も、居るけどね。異能の『能力』が上がれば、精度も増す気は、するけどね」
庭園の周囲に、複数の人が居る。
工事現場の人も、含めて。
様々なガヤが生まれる中、蓮は、冷静で、更に、話を続けた。
「今の貴方からは、私に対しての敵意は、感じないわ。それは、どうしてかしら?」
「単に、蓮を気に入ったのと、オレがお前の敵になるのは、嫌だからだよ。違う形で、蓮には、力を貸して欲しいんだ」
緩いアーチを描いた、橋の上、蓮は、ハタの言葉を、吟味した。
「……ごめんなさい。間違ってたら、悪いんだけど、先に、謝罪するわ。……その上で、訪ねるんだけど、もしかして貴方は、奴隷制度に、異議を唱えるつもり、かな?」
サンド色の短い髪が、静かな風に流れた。
口をパクパクさせたのち、ハタが、小さく、息を吐いた。
ハタは、正義の味方では無い。
自分の持論で、人を暗殺するし、時には、臓器も、闇市で売る。
しかし、奴隷にされた人達を、明確に救いたい、意思は、感じ取れた。
……蓮は思案する。
ハタには、まだまだ、聞きたい事があるが、ここは、一旦、協定を結んだ方が、良さそうだ。
と、言うのも、蓮の中には、華の顔が、チラついているから、だ。
華を『奴隷』にと、望む『誰か』が存在する以上、とことん、反抗したい気持ちが、蓮にはある。華を守る意味でも、ハタから、情報を仕入れるのは、非常に、便利だ。
「良いわ。奴隷うんぬんに関しては、貴方の味方になります。だけど、悪い事、つまり、悪事には、加担しないからね! そこは、絶対に、譲れません!!」
かなり強調して、やや、怒り気味に言った蓮に、ハタは、何とも言えない複雑な顔をした。
「……ここで、オレを見逃す時点で、蓮だって結構な、奴なのに」
「うるさいな。私だって、善人では無いもの。守るべき仲間や家族が居るの。これ以上、失うのは、二度と、ごめん……だわ」
言葉を濁し、涙目になった蓮。
ハタは、この場所で起きた、悲劇を、知っている。いや、協力者から、聞き及んだと言う方が、正しいか。
蓮にとって、歌は、大切な友だ。
尊い命を奪ったのは、ハタが知る、冷酷者達だ。
ハタは、正確に言えば、歌殺しとは、無関係だ。強いて言えば、強盗事件で、彼らが盗んだ『代物』を、一時的に、預かっている。
「すまない。これが慰めになるか、分からないが、受け取ってくれ」
謝罪のつもりなのか、蓮はハタから、品物を数点、渡された。
「絵と宝石、これって、『レプリカ』の」
「ここの美術館の館長から、そう聞かされていたのか。違うよ。この二つに関しては、本物。正確には、以前の金木犀の当主から、寄贈された、宝物だ。それを館長に、返すと良い。だけど、返せない代物もあるんだ。それに関しては、時期を見て、必ず、返却するから、今は、待ってくれ」
ハタが、蓮に、連絡法法を耳打ちして『伝える』と、美術館から、影みたいにふっと、消え失せた。
蓮は、手にした物を持って、館長の姿を探し、美術館の中に、入った。




