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美術館と清掃員-5-


月羽美術館の庭園は、手入れが行き届いている。庭師が毎日、欠かさずに、花壇や樹木、鯉や金魚の餌やりまで、こなしているらしい。


小さな橋の上から、泳ぐ鯉や金魚を眺めていた蓮が、隠し事の多い歌を、物言いたげに見詰みつめた。


「そうね。あの館長の話し方だと、ま、説明を求めたくなるか。簡単に言うと、この第三区の『領域』は、第三皇子の管轄かんかつで、補佐するのが、現 金木犀の当主なのよ」


所謂いわゆる、政治的な絡みがあって、数日前に、美術館を襲撃しゅうげきした連中は、第三皇子の足を引っ張る、そんな『狙い』もあるのだと、簡潔かんけつに歌が話した。


「あたしと言うより、あたしのお父さんは、海軍の左官さかんの中でも、大将クラス、元帥げんすいである皇子様の、片腕なのよ。目眩めくらましで、この美術館の清掃員としても、働いてたりするの」


果たしてどこまで耳に入れて良いものか、考えあぐねる蓮に、歌が、苦笑した。


「本当に、ね。ここまで巻き込むつもりは、無かったのよ。けど、これも『必然』と呼ぶべきか、貴方には、『何か』を感じるのよね」


草叢くさむらの影から、無数の矢が降って来ると、歌が、蓮の腕を引っ張り、虚空こくうに舞った。


いくつかの銃声の音。怒号どごう

そして、鼻を付く、血の匂い。


「ご無事でしたか? 歌さん。それから、貴方も」


物陰から出て来たのは、黒緑の軍服姿の、少年だった。手には、刀を持っている。


ココア色の肌に、翡翠かわせみ色の瞳、黒に灰色が混じった長髪を高く結んだ少年は、二人を、見比べている。


男勝おとこまさりの歌さんにも、キレイな女性のご友人が居たんですね! 驚きです」


明るく微笑ましそうに言いながらも、少年は、どことなく、失礼でもあった。


たちばな なお。貴方ったら、相変わらず、失礼ね! 礼を欠きすぎよ。腹立つな!」


ずかずか直まで歩くと、怒った歌が、わりと強めに、鉄拳を、頭部に食らわせた。


「酷いな。事実なのに。歌さんって普段、男友達とばかりつるんでて、同性の友達、皆無じゃ無いですか。隣の方は、とても希少きしょうな存在ですよ。大事にしないと」


頬に付いた、返り血を、ハンカチで拭くと、直が、楽しそうに、歌をからかっている。


蓮は、直の片手にある、死体から、眼をそらした。


「……直。早くその『侵入者』を、館長のところまで、運びなさい。それから、さっきの銃声は、何事?」


おびえる蓮を、肩を支えると、歌が、状況を把握すべく、直を問い詰めた。


「銃はとても、粗末な『醜悪品』ぐに壊れたよ。弓にかんしては、犯人がまだ、捕まっていないんだ。かすみの様に、消えちゃった……」


けむかすみ。草場に居た『何か』は、正体不明で、不気味だ。


「ふぅ。撹乱目的かくらんもくてきかしら。不用意に動くべきでは無いわね。貴方も気を付けなさいよ、直」


「誰に言ってるんです? 油断なんかしませんって。あとでそちらの方を、改めて、紹介して下さいね、歌さん」


頭から血を流した遺体を、引きりながら、直が、庭園から居なくなった。


周囲に観客が集まっている。

ざわめきが広がる前に、歌が、蓮を連れて、美術館の中に戻った。


事務所の中の休憩室。

お茶をれると、歌が、蓮に湯飲みを渡した。


ガラステーブルを挟み、向かい合わせに、木製の長椅子に腰掛けた、歌が、気の利いた事が言えず、困り果てた。


「ごめんなさい……。私、人の『死』にれて無くて。やっぱり、こわいです」


至極しごく真っ当な蓮の言葉に、歌が、頭を抱えた。


なぐさめの言葉が、思い付かない。

直の指摘通り。歌の周辺には、同じ年嵩としかさの女性が居ないから、蓮の繊細せんさいさに、対応が仕切れないのだ。


ぱくりと、お茶請けの苺大福を食べると、蓮が、そっと、顔を上げた。


「慣れたくはありませんが、これも、現実。分かっています。何時だって、『死』は、日常の中にあるって事を。……眼をそむける事ばかりが、正解ではありません。軍には軍の仕事があるのでしょうし。大丈夫。私、受け止めて見せます!」


甘い物を摂取せっしゅして、ようやっと、蓮が、立ち直った。

まだ死に対しての恐怖はあるが、蓮なりに、向き合おうとしている。


すっかり冷めてしまった、苦めのお茶を飲み干して、歌も、苺大福を一気にしょくすと、


「ごめんね、蓮。あたしはどうも、ズボラだから、蓮に対して、どう接するべきか、めちゃくちゃ悩んだよ~。掛ける言葉も無くて。敵に対しては『処理』しないと行けないのは、こちら側の事実で、本来、殺人はダメだ。だから、死に、慣れなくて良い。存分に怖がるべきだ、蓮。それが、正常なんだから」


真っ当な、物凄く、ど正論をやっと口にすると、歌が、悲しそうに頬をゆるめた。


「何も無いのが一番なんだけど、今はどうにも、きな臭くてね。けれどせめて、蓮と華は、命懸いのちがけで守るよ。仲間だからね」


とんっと、自分の左胸を拳で叩くと、軽く笑った歌が、呪文じゅもんの様に言った。


武骨者ぶこつものな歌は、やはり、敵では無いだろう。


歌の中に、うっすらとあやうさも感じ取れる気がして、蓮が訂正を入れた。


「いえ、大丈夫です! 絶対に命は懸けないで下さい。私だって、歌も華も、守れる様に、精一杯、頑張りますから!!」


ガラステーブルに手をやって、蓮が、力強く、誓いを立てた。


亀の歩みながら、蓮も確実に、前に、進もうとしていた。


忍び寄る『見えない敵』に、立ち向かう為に。





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